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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年6月12日(日)

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31-1「早朝の風と静寂の物置」

 王国歴622年6月12日(日)

 ・紅茶の試飲会(冒険者ギルド)

 ・シーラと打合せ


 ガタガタ バタバタ


 店舗の出入口に着けた鐘と、それに続く階下の足音で目が覚めた。


 カーテン越しに差し込む外光はすでに明るく、しっかりと日が昇っている感じがした。

 枕元の置時計を見れば7時前だ。

 随分と早い時間に二人が来ているな。今日は昼から休みにしてくれとサノスもロザンナも言っていたから、それまでに作業を進めようと早めに来たのだろう。


 そんなことを思いながら、ぼんやりと昨夜の風呂屋と大衆食堂での出来事を思い返していると、次第に記憶が鮮明になって来た。


 風呂屋でも大衆食堂でも知った顔の冒険者に絡まれてしまった。どの冒険者も俺の店で水出しを買ってくれた連中で、そんな連中が知りたがっていたのは、古代遺跡についてだ。


 何処から話が漏れたのかは分からないが、冒険者としての勘の良さからか、ワイアット、アルフレッド、ブライアン、そして俺の四人で古代遺跡の調査に行ったか否かを問われたのだ。


 そこまで思い返したところで、尿意の限界が襲ってきた。

 俺は手早く着替えを済ませ、階下にあるトイレで用を足し、手を洗おうと台所へ向かったところで、サノスとロザンナにばったり出くわした。


「あれ? 師匠、おはようございます」

「イチノスさん、おはようございます」


「おはよう。二人とも随分と早いな」


「はい。今日は昼までですから」

「センパイと相談して早めに来ました。迷惑でしたか?」


「いや、大丈夫だぞ。早く来ると思ってなかったから、驚いただけだよ(笑」


「あっ! 師匠に言ってませんでしたっけ?」


「いや、聞いてないが⋯」


 そう答えると、ロザンナは無意識にほんの軽い呆れの表情を浮かべ、サノスに目を向けていた。


「イチノスさん、朝のお茶にしますか?」


 ロザンナの言葉に改めて二人を見れば、サノスは箒を手にしており、ロザンナは如雨露じょうろを手にしていた。


「いや、いつもの朝の作業が済んでからにしよう」


 それだけ応えて俺は2階の寝室へ、物置に使っている隣の空き家の鍵を取りに行くことにした。


 昨夜、大衆食堂から戻った時に店舗に置かれたままの木箱を見て、片付けるつもりだったのを、今になって思い出したのだ。


 今日の昼過ぎにはシーラが来る予定だし、隣の空き家へ木箱を移動するだけだから、サノスとロザンナが朝の掃除や水やりを済ませる間に終わるだろう。


 2階の寝室に向かった俺は、隣の物置にしている空き家の鍵を手にして再び階下へ降りた。ロザンナは裏庭に水やりに行ったのか、サノスが一人で作業場の掃き掃除をしていた。


「サノス、店に置いてある木箱は隣の物置に移していいんだよな?」


「木箱⋯ 隣の物置⋯ ちょ、ちょっと待ってください」


 サノスは箒を持ったまま台所へ向かった。ロザンナに確かめに行ったのだろう。


 俺はサノスが戻るのを待たずに、まずは鍵を開けておこうと考えて、物置にしている隣の空き家へ向かった。


 カランコロン


 店の戸を押し開けて外に出ると、ひんやりとした朝の空気が俺を包み込んだ。風は頬をそっと撫で、昨日の熱を静かに洗い流してくれるようだった。空は透き通り、柔らかな光が屋根や路地に淡く差し込んでいる。


 チチチッ


 遠くから小鳥のさえずりが聞こえ、かすかに誰かの戸を開ける音が響いた。こんなに早い時間に外へ出るのは久しぶりで、静かな朝の気配が胸の奥にじんわりと染み込んでいった。


「では、交代とさせていただきます!」


 突然、向かいの交番所から聞こえた声に意識が引かれる。目を向けると、二人の男性街兵士と、二人の女性街兵士が王国式の敬礼を交わしていた。どうやら街兵士の交代に偶然出くわしたようだ。


 中肉中背の女性街兵士、細身で背が高めの女性街兵士、それに二人の男性街兵士の四人が、俺に気づいたのか、揃って王国式の敬礼を繰り出した。

 こんな早朝に敬礼されるとは思わなかったが、普段から見守ってくれているのだ。礼を返すのが礼儀だろう。


 軽い敬礼で応えると、彼らはすっと敬礼を解いた。

 俺は視線を外して、隣の物置にしている空き家へと歩き出した。


 ガチャガチャ


 物置にしている隣の空き家の扉に鍵を差し込み、戸を開けると、幾分、埃っぽい空気が鼻をついた。


 最後にここを開けたのは、いつだっただろうか。もう四ヶ月以上前かもしれない。

 今年の二月に店を開けてから、この物置の扉を開けた記憶がない。思わず、ふっと笑いが漏れた。


 中に入って室内を見渡すと四ヶ月前と何ひとつ変わっていない。


 それにしても、何もない空間というのは、こんなにも広く感じるものか。


 隣の店舗と大きさは同じはずなのに、こうして何もないと、特にそう感じる。

 もっとも、ここは工房にしようと考えていた場所だ。隣の店のように、作業場と店舗を区切る壁もないし、カウンターのような設備も拵えてはいない。


 室内にあるのは、俺がこれまで描いてきた魔法円を収めた棚と、工房にしようと用意した作業机、そして椅子が四つだけであった。

 そうしたこともあって、この物置にしている空き家はやけに広々と感じられるのだろう。


「こうなってたんですね」

「本当に何もないんですね」


 サノスとロザンナの声に振り返ると、開け放った扉から二人が入ってきた。中に一歩足を踏み入れ、室内を見回している。どうやら、自分たちの目で物置にしている空き家を確かめたくなって、俺の後を追って来たらしい。


「サノス、ロザンナ、店の木箱はここに運んどけば良いだろ?」


「そうですね。まだ植える準備を何もしてませんから、それまではここですね」


 そう答えるサノスをよそに、ロザンナは俺の描いた『魔法円』が置かれている棚に目を留め、まじまじと見つめていた。


「ロザンナ、それが気になるのか?」


「えぇ。これって『魔法円』ですよね?」


「そうだな。以前に描いた『魔法円』を置いてるんだよ」


「どんな『魔法円』なんですか?」


「まあ、それはおいおい教えるから、今は木箱を運ぶぞ(笑」


「なになに、どんなのがあるの?」


 今度はサノスが参戦して来てしまった。


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