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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年6月11日(土)

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30-14「想いが水を生む時」


 俺はロザンナの描いた『水出しの魔法円』の魔素注入口に指を添え、敢えて呟いた。


「水が欲しい」


 胸元の『エルフの魔石』から、静かに魔素が流れ出しロザンナの描いた『魔法円』全体がわずかに輝き出す。


 次の瞬間、『魔法円』の上に置かれた両手鍋の中に、無色透明な水が静かに湧き上がる。ロザンナの描いた『魔法円』は、予想通り正常に機能したのだ。


 俺は鍋底を見つめていたサノスとロザンナに目を向けた。サノスもロザンナも両目を見開き、少し波打つ水面に視線を注いでいる。


「すごいです」


 サノスの言葉に、ロザンナは一層嬉しそうに顔を輝かせた。

 ロザンナは手をぎゅっと握りしめ、瞳にはさらに強い輝きが宿っている。その表情には、達成感と安堵が浮かんでいた。


 ロザンナは鍋の中で揺れる水面を見つめながら、小さく呟いた。


「出ました⋯ 本当に水が出ました」


 そんなロザンナの肩に手を添えたサノスが、ゆっくりと頷くと称える言葉を口にした。


「ロザンナ、ちゃんと水が出たね。成功だよ」


 ロザンナは深く息をつきながら答えた。


「はい、本当に不安で⋯ でも⋯ こうして、やっと⋯」


 ロザンナの声が震え、目尻に涙が浮かんでいるのが見えた。

 俺は言葉を挟まず、その姿を黙って見守った。


 サノスの影響もあるのだろうが、自ら『魔法円』を描きたいと言い出したロザンナ。

 治療回復術師の道を選ばず、自分の将来を、魔導師や魔道具師として歩むことを思い描いたロザンナ。


 そして今、そんなロザンナが、魔導師や魔道具師としての第一歩とも言える、ひとつの成果を目の前にしている。


 ロザンナは延々と『魔法円』の型紙を起こし、そこから写し取った線を、一つひとつ確認しながら、描き進めてきた。

 全ての線が繋がっているか、何度も、何度も確かめた。

 毎日毎日、そうした地道な作業を、コツコツと続けてきた。


 その途中には、きっと、幾多の思いもあったはずだ。それらの想いも含めた積み重ねが、今ここに結実しているのだ。


 幾多の感情が湧き出すのも当然のことなのだろう。


 ロザンナは鍋の中の水をじっと見つめている。サノスもまた、黙ったまま、水面の揺らぎを追っている。


 俺はふたりの様子を見守りながら、静かに問いかけた。


「で、これから、どうするんだ?」


 俺の投げ掛けにロザンナがゆっくり顔を上げ、サノスと一瞬だけ視線を交わす。その瞳の奥に、わずかな戸惑いが滲んだ。


「見た目は問題なさそうですよね?」


「これって、飲める水なんですよね?」


 二人の会話はこの『水出しの魔法円』の意図を議論するようにすら聞こえるな(笑


 するとロザンナが意を決したようにゆっくりと手を伸ばし、鍋の中の水を指先に着けると自分自身の口へ運んだ。


 その動作は、誰かに促されたものではない。サノスにも、俺にも、視線を向けないまま、ただ自らの手で、作り出したものの行方を、確かめようとしていた。


 指先の水をそっと唇に触れさせたあと、舌の先でほんの少し、その感触を確かめるように味わっている。


 しばらくの静寂のあと、ロザンナは、ほんのわずかに頷いた。


「⋯⋯うん。きっと大丈夫」


 その言葉は、誰かへの確認ではなく、己の中にある不安を押し返すための、静かな宣言のように聞こえた。


「ロザンナ、その水は飲める水か?」


「はい、大丈夫です」

「うんうん」


 俺の問い掛けにロザンナが胸を張って答え、サノスがそれに頷く。


「じゃあ、皆で飲んでみようか?」


「マグカップで良いですか?」


 そう応えたサノスが席を離れて、台所へ向かった。


 それを目で追っていると、ロザンナが大胆な行動に出た。

 両手鍋に手を入れて水を掬い、口へ運んだのだ。

 そして喜びを滲ませた顔で俺を見てきた。


「大丈夫です。この水は飲めます」


「そうか、だがなロザンナ。ロザンナはその手を入れた水を、皆に飲ませるのか?(笑」


「あっ! そうですね。一旦、捨ててきます」


 そう告げたロザンナが両手鍋を手にして台所へと消えていった。


 ◆


 ロザンナの描いた『水出しの魔法円』で出した水を飲む。


 今の俺は特に喉が乾いているわけではない。

 一緒に自分達のマグカップで水を飲むサノスとロザンナも同じで、喉は渇いてはいないだろう。


 今はロザンナの描いた『水出しの魔法円』の成果を確かめる時だ。


「うん、大丈夫だね。変な味も匂いも無いね」

「よかったです。無事に水が出せて、本当に嬉しいです」


 サノスとロザンナの会話がとても微笑ましく、二人の顔は満面の笑みだ。


「師匠、ロザンナは凄いですよね?」


 サノスが急に俺に話を振って来た。

 サノスの言う『凄い』は、一回目の試行で水を出せたことでロザンナを称えているのだろう。


「そうだな。初めて魔素を流して水が出るとは素晴らしいことだ。頑張ったなロザンナ」


「ありがとうございます。これでヘルヤさんとそのお仲間さんに使ってもらえます」


「そうだな。これなら、少し調整すれば、お客さんにお渡しできるだろう」


「師匠、その調整の方法は⋯」


 そこまで口にしたサノスが再び俺に視線を向けたので軽く頷くと、その先を告げずに言葉を止めた。


「ロザンナ。この後の調整だが、俺からじゃなくて、サノスから教わってくれるか?」


「はい、そうですね。センパイから教えてもらいます」

「うんうん」


 ロザンナの言葉にサノスが嬉しそうに頷いた。


 ロザンナは以前にサノスが調整しているのを見ている。二人の間には、そうした部分の、何らかの会話が既にあったのだろう。


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