30-13「水出しの魔法円、初起動」
「「よろしくお願いします」」
二人の声を聞きながら、俺は胸元の『エルフの魔石』に意識を向けた。魔素が滲み出す感覚を、そのまま指先へ導いた。
俺はそのまま、指先に纏った魔素を『魔法円』の魔素注入口へ添えると、スルスルと指先に纏った魔素が流れ込んでいく。
魔素が『神への感謝』へ行き渡ると、『神への感謝』が励起し始めた。わずかに淡く、しかし確かに、励起の気配が見てとれた。
俺はそれを感じ取り、すかさず指を離すと共に、魔素の供給を止めた。
「「!!」」
サノスとロザンナが、俺の指先の動きに反応してピクリと体を動かしたのがわかった。
二人に視線を向けると、サノスもロザンナも、俺の顔をまっすぐに見詰めていた。
「サノスもロザンナも、何か見えたか?」
「はい、見えました」
俺の問い掛けに、即答してきたのはロザンナだ。
そんなロザンナに続いて、今度はサノスが『水出しの魔法円』の『神への感謝』の描かれた部分を指差す。
「私も見えました。ここから、ここら辺全体が、ボーっと光って行くのが見えました」
「えっ?!」
サノスの言葉に、ロザンナが驚きを返してきた。
なるほど、サノスは『神への感謝』の励起まで見えて、ロザンナは、未だそこまでは見えていないか⋯
この差は、魔素がどこまで見えるかの、明らかな差だな。
「改めて確認するが、サノスは、この付近が光った感じに見えたんだな?」
「はい。師匠が魔素を流して、直ぐにそこが明るくなった感じがしました」
「そうか。ロザンナは、どんな感じだ?」
「私はイチノスさんの指から『魔法円』に魔素が流れたのまでは見えたんですが、センパイが言ってる部分に魔素が流れてくのも、そこが明るくなるのも⋯ 見えたのかなぁ?」
ロザンナの方は、明確に見えていなかったのか、返ってきた言葉は自信なさげだ。
まあ、ロザンナは魔素の見え始めだから、正直に答えている感じだな。
「うん、二人とも問題ないぞ。サノスが指差した部分が『神への感謝』だな」
「ここがそうなんですか?」
「そこが『神への感謝』ですか⋯」
「厳密には、そこは『神への感謝』の入口だな。俺から話しておいて何だが、『神への感謝』の詳しい話は別の機会にさせてくれるか?」
「そうですね。今はロザンナが描いたこの水出しで、水が出るかの確認が先ですね」
「うんうん」
サノスがあっさりと引き下がり、ロザンナが笑顔で頷いてきた。
「じゃあ、これからいよいよ水が出せるかを確かめるんだが⋯」
ガタガタ ガタガタ
俺がそこまで告げて二人の顔を見ると、何かを察したかのように急に席から立ち上がった。
「イチノスさん、鍋で良いですか?」
「いや、あの金属製のお皿の方が良いんじゃない?」
二人がそんな会話をしながら、小走りに台所へ向かった。
一人、作業場に残された俺は、ロザンナの描いた『水出しの魔法円』を細かく見て行く。
それにしても、たった一回の試行で『神への感謝』が反応するとは、ロザンナの描いたこの『魔法円』はかなり完成度が高いな。サノスの時には、もっと繋がっていない部分があったりしたよな。
これは喜ばしいことだし、ロザンナを褒め称えるべきだが、その際にサノスと比較しないように注意して言葉を選ぶべきだな。
そんなことを考えながら、水出しの機能部分を眺めて行く。
この部分もかなり完成度が高く、格別に怪しい部分が見当たらない。これならば、実際に出した水を飲んでも問題ないだろう。
この完成度の高さは、ロザンナが普段から俺の描いた水出しを使って経験してきた可能性もあるのだろう。
ロザンナは魔素が流れているのは見えていないと口にするが、それは見えているかどうかが曖昧だから見えていないと口にしている可能性があるな。
それが先生の施術を受けて、それなりに見えているものが魔素であるとわかって来たのかもしれない。
そうしたことを考えながら、一通り眺め終えたら、『神への感謝』と『水出しの機能』の接続部分を見て行く。
やはりこの『水出しの魔法円』は完成度が高く、『神への感謝』と『水出しの機能』の接続に問題があるようには見えない。
多分だが、このまま魔素を流し続ければ、この『水出しの魔法円』は飲める水を出すだろう。
「イチノスさん、持って来ましたぁ~」
俺の思考を遮るようにそう告げて作業場に戻って来たロザンナの手には、両手鍋が見てとれた。
ガチャガチャ
そんなロザンナの後ろには、サノスが両手持ちのトレイに、以前に使ったことのある金属製の皿と片手鍋が乗っていた。
どうやら二人は、何に水を出すか、そしてその水をどうするかを、それぞれに考えて、準備して来たようだ。
「なんかイロイロ持ってきたな(笑」
「はい、まずはこの鍋に出して」
「その後で調整ですよね」
手にした鍋や金属製の皿やらが乗ったトレイを作業机において、二人がこの先の予定を話してくる。
二人の言葉と心には、既にこの『魔法円』が水を出せるほどに完成しているという気持ちがあるのだろう。
「わかった、その順番で試そう」
「はい、お願いします」
ロザンナが胸を張って、堂々と両手鍋を『水出しの魔法円』の中央に乗せてきた。




