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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年6月11日(土)

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30-11「洗濯物と心の整理」


「イチノスさん、お帰りなさい」


 交番所の前に立つ女性街兵士と目が合った瞬間、声を掛けられた。どうやら今の時間は、中肉中背の女性街兵士が一人で立番のようだ。


「お疲れ様です。いつもありがとうございます。どうですか、何事もなくですか(笑」


「ええ。今日も静かですよ。あ、洗濯屋さんが荷物を持ってきました(笑」


「そうですか。ありがとうございます(笑」


 軽く敬礼を交わしながら会話を終え、俺は店へ向かった。女性街兵士がいつもの朗らかな笑顔を返してくれたおかげで、俺は日常へ戻れたような気がした。


 白い子猫を店で飼えないと断ったことで、女性街兵士達を敵に回したかと思ったが、実際はそうならずに済んだ。あの子猫の愛らしさを思えば飼いたくなる気持ちは理解できる。だが、その命を預かる覚悟を持てるかどうかは別の話だ。


 カランコロン


 道を渡って店の扉を開けると、いつもの鐘の音が俺を迎えてくれた。


「「いらっしゃいませ~」」


 そして、いつもの声だ。


 その声に続いて店舗に顔を出してきたのは、サノスだった。


「師匠、おかえりなさ~い」


「おう、戻ったぞ」


 サノスが俺の手にするキッシュの入った紙袋に目を寄せた。


「何か買ってきたんですか?」


「あぁ、大衆食堂でキッシュをもらったんだ」


「大衆食堂でキッシュ⋯ ですか?」


 ん? サノスの顔が曇った気がする。

 以前、キッシュをめぐって何かあったのかもしれない。そんな空気がサノスの表情から伝わってきた。


「ロザンナ~ 師匠が戻ったよ~」


 話を切り上げ踵を返したサノスが作業場へ戻って行った。

 そんなサノスを追いかけるように、俺も作業場へ入ると、作業机の上に『魔法円』が二枚置かれていた。


「イチノスさん、おかえりなさい」


「おう、戻ったぞ」


 ロザンナの声に応えながら、作業机に並べられた『魔法円』を確かめると、二つ共に『水出しの魔法円』だった。

 改めてロザンナへ目をやると、『魔法円』を描く際に使うペンを手にしていた。


 どうやらロザンナは『水出しの魔法円』の仕上げに入ったようだ。


 そのまま、いつも俺が座る席へ目をやると、シーラが使っていた席との間に、跨がるように毛布と布袋が置かれていた。

 どちらも、見覚えのあるやつだ。


「サノス、洗濯物が届いたんだな」


「はい。少し前に届けに来ましたよ。『今回は遅くなって、すいませんでした』って言ってました」


「そうか。手間を掛けさせたな」


「いえいえ。二階に運んだ方が良かったですか?」


「いや、ここで良いよ。自分で運ぶから」


 そう言いながら、紙袋をサノスに渡すと、明らかに首を傾げてきた。


「氷冷蔵庫に入れといてくれるか? なんだったら、三時のお茶の時に食べても良いぞ」


「はぁ⋯」


 何だろう。サノスの返事が曖昧だな。

 やはりサノスは、キッシュに何かの想いがあるのだろうか?


「イチノスさん、それって何ですか?」


 ロザンナが、俺とサノスのやり取りに口を出してきた。


「大衆食堂でもらったキッシュなんだ。食べるか?」


「えっ! キッシュですか?!」


 サノスとロザンナが、互いに目を見合わせると、二人が共に顔を曇らせた。


 あぁ〜 そういうことか。


 その曇った顔の理由に、俺は一つの心当たりが浮かんだ。二人の昼食は、大衆食堂のオリビアさん特製のキッシュだったんだと、俺は気が付いた。

 サノスが、朝一番で大衆食堂で手に入れてきたキッシュで、二人は昼食を済ませたのだろう。


 とにかく、お土産のキッシュはサノスに任せて、椅子の上に置かれた洗濯物の入った布袋と毛布を抱えて、二人に声をかける。


「じゃあ、俺は二階にいるから、何かあったら呼んでくれ」


「「はい」」


 二人の返事を聞きながら、俺は二階の寝室へ向かった。


 寝室に足を踏み入れた俺は、布袋と毛布をクローゼットの前に置いて、ベッドの枕元にある置時計へ目をやり、三時少し前だと気づいた。


 外の光を取り入れるため、窓に掛かったカーテンを開けると、カーテン越しに感じていた光が、部屋にまっすぐ差し込んでくる。

 ついでに空気の入れ換えをしようと窓を開けた途端、湿った外気が流れ込んできて、外に見える木々の葉が、その風に揺れていた。

 強くない日差しと同じように、風の気配も控えめだ。静かな空気のなかで、雨の名残が薄れていくのを、俺は再び感じた。


 俺は、ベッドに腰を降ろして、この後のことを考えた。


 大衆食堂で受けた注文の件を、サノスとロザンナにどう話したものか?


 サノスは喜ぶだろうが、その話をロザンナが同席する場で聞かせても良いのだろうか?


 俺の心の中には、サノスとロザンナに差をつけるような扱いをしたくはない気持ちが、何処かにある。


 弟子入りしているサノスと、従業員であるロザンナという違いはあるだろうし、年齢差で考えれば、1年の差はあるのだろう。


 だからと言って、どちらか一方を優遇しているように、二人には考えて欲しくない。


 例えば、今回の『製氷の魔法円』の注文の件で、サノスに製作者利益を渡すとなると⋯

 以前に、サノスの描いた『湯出しの魔法円』が売れた際に、サノスに製作者利益を渡した。あの時に、ロザンナが何処か羨ましそうな目で見ていた。


 あの時の顔を思い出すと、ロザンナの前でサノスの描いた『魔法円』が売れる話は、避けるべきだろうかと思えてしまうのだ。


 いや、どうせいつかはロザンナに知れる話なのだ。


 それに、ロザンナの描いた『水出しの魔法円』が売れれば、その時には、今度はロザンナだけが製作者利益を受け取るのだ。

 変に隠し立てをせずに、正直に話した方が良いだろう。


 ただ、サノスが製作者利益を母親のオリビアさんに伝えていない件については、サノスに話さなくてはならない気がする。

 その話については、ロザンナには聞かせない方が良い気がするな。


 今日、二人の帰りがけにでも、サノスだけ残して少し話すか⋯


 おおよその考えをまとめ終えたところで、俺は腰を上げて、仕上がった洗濯物の整理を優先させる。


 洗濯屋の届けてくれた布袋から、仕上がった洗濯物をクローゼットへ納めていく。全ての衣類を収め、毛布も放り込もうとして、手が止まった。


 この毛布を、再び持って古代遺跡へ行くことがあるのだろうか?


 いや、有り得ない。たぶん無いだろう。


 あの藪漕ぎの行軍を、俺がもう一度するとは考えにくい。確かに、古代遺跡で手に入れた黒っぽい石は追加で欲しいが、それも調査隊に依頼する予定だ。俺があの古代遺跡へ足を運ぶ予定は無いのだ。


 そうなると、この毛布は使い道が無くなるのか?


 地べたに敷いて使ったものだが、洗濯もされているのだ。今年の秋頃に、再び使うかどうかを考えよう。


 仕上がった洗濯物や毛布を片付けた俺は、窓を閉め、カーテンを引いて寝室を後にし、廊下へ出た。


「ししょ~ お茶にしませんか~」


 廊下に出た途端に、階下からサノスの声が聞こえる。

 そうか、もう三時を過ぎてるんだ。サノスやロザンナは、お茶の時間だな。


「わかった~ 直ぐに行くぞ~」


 そう答えながら、俺は階下へ降りて行った。


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