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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年6月11日(土)

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30-10「雨上がりの街と魔法円の可能性」


 俺はお土産に持たされたキッシュの入った紙袋を手に、大衆食堂を後にした。


 昼前に降っていた雨は綺麗に止んでいて、雲の切れ間から淡い陽射しが差し込みはじめている。


 それでも、車道も歩道も一面に敷き詰められた石畳はしっとりと濡れたままで、静かに光を受けて鈍く輝いていた。


 雨に洗われた石の色はわずかに深まり、街全体が穏やかな気配を纏っている。


 車道の所々にはごく浅い水たまりが点々と残り、石の窪みに沿って細く陽を映していた。


 昼前までの雨水はすでに引きはじめており、陽射しのぬくもりに少しずつ蒸発していく様子が、どこか安らぎを感じさせる。


 昨夜からの雨の影響か、通りはいつもより静かだったが、歩道に張り出したテントは相変わらずそこにあり、街の営みの一端を保っていた。


 人の少なさから、誰かの足音が石畳を叩く音が静かに響き、それもすぐに風に紛れて消えていく。


 どこか湿った柔らかな風が頬をかすめる。


 雨上がりの空気には清らかな匂いが漂い、静けさのなかで街が少しずつ目を覚ましていく気配を感じた。


 婆さんとオリビアさんの話し合いを反芻しながら店に向かって歩いて行く


 元魔道具屋で、今は交番所の前で街兵士に軽く敬礼を交わしたところで、雑貨屋に寄っていないことに気が付いた。

 一瞬、雑貨屋へ戻って店の入口に着ける鐘を見に行くか迷ったが、手にしたキッシュの入った紙袋を見て、また明日でも良いだろうと気持ちを切り替えて店へ向かった。


 店へ向かって歩きながらも、頭の中には幾つかの事が回っていた。


 まず考えたのは、俺の描いた『神への感謝』を備えていない『製氷の魔法円』を、大衆食堂で給仕頭の婆さんがお客に貸し出すことに本当に問題が無いかということだ。


 頭に強く浮かぶのは『魔力切れ』の問題だ。


 婆さんとオリビアさんの話し合いの場では口にしなかったが、魔素の扱いに慣れていない者や魔素を扱えない者が俺の描いた『魔法円』を使用することには懸念がある。


 その懸念とは『魔力切れ』だ。


 時に『魔力切れ』は人の命に関わる事態を引き起こす。


 実際にロザンナの両親は魔力切れで亡くなり、シーラの父親で爵位持ちの魔導師も魔力切れで亡くなっているときく。

 当のシーラも、魔力切れで生彩を欠いた姿でウィリアム叔父さんの公表の場に姿を見せていた。

 その後、シーラは先生からの治療を受けたことで、今は何事もなかったかのような様子を取り戻している。

 だが、シーラも1つ間違えば、魔力切れが原因で亡くなっていたかもしれない。


 そんな魔力切れが、大衆食堂の客に発生する可能性は考えるべきなのだが⋯


 俺の提供する『魔法円』は『神への感謝』を備えていない。

 そんな『神への感謝』を備えていない『魔法円』に、魔石を身に付けず無理矢理魔素を流そうとするのは、体内魔素を絞り出して魔素を流す行為であり、これが過剰な負担となって、魔力切れを引き起こす可能性がある。


 大衆食堂は冒険者ギルドの前という立地状況もあって、来店者の比率は圧倒的に冒険者が多い。

 冒険者の連中は身体強化が主体となるが、それなりに魔素を扱える連中が多い。

 また冒険者のほぼ全員は、その身体強化に用いる魔素は身に付けた魔石から得ている。


 いわば、冒険者の連中はそれなりに魔素が扱え、魔石を身に付けていると言うことだ。


 俺が店を開く際に、そんな冒険者に視点をあてたのも、その特性や装備性を考慮したからだ。


 そうした状況から考えれば、魔素の扱いに慣れていない者、魔素が扱えない者の大衆食堂への来店は少ない気がする。


 魔石を身に付け魔素の扱いに慣れている冒険者の連中が多い大衆食堂で、『製氷の魔法円』を貸し出すのならば、魔力切れの危険性を過剰に心配する必要は無い気もする。


 これは、魔力切れの危険性を完全に無視しているわけではない。


 しかし、冒険者たちは常に魔石を身に付けており、普段から魔素を扱うのに慣れているだろう。

 だからこそ、俺は彼らに対して過信している部分もあるのかもしれない。

 それでも、大衆食堂ならば何かが起きればすぐに食事が出せる環境が整っているのだから、最悪の事態にはならないだろう。


 そうなれば、重度の魔力切れに陥る可能性は低いと、俺は考えたのだ。


 俺はあの打ち合わせの最中も、並列思考で魔力切れが発生する可能性については考えていた。


 それでも俺は、婆さんやオリビアさんが動き出したことを止める考えには至らなかった。


 なぜなら、俺が描いた『製氷の魔法円』を大衆食堂の婆さんが貸し出すのは、一種の試験というか宣伝になり、後々に俺の利益に繋がるからだ。


 大衆食堂を考えた場合、1枚の『製氷の魔法円』では足りないだろう。

 あの座席数を考慮すると、少なくとも2枚か3枚は注文されるはずだ。


 それに、大衆食堂の利用者は、圧倒的に冒険者たちが多い。

 冒険者たちが『製氷の魔法円』の存在を知り、実際に使っている姿を周囲に晒すことは、俺にとって大きな宣伝効果となる。


 冷えた飲み物にありつけた冒険者たちは、きっと心地よさを実感するだろう。

 そして、過酷な探索や護衛任務に出る際、自ら同じ快適さを求めて『製氷の魔法円』を欲しがるに違いないと俺は考えている。


 暑い日差しの中、氷で冷やされた飲み物で喉の渇きを癒す手段が手元にあれば、どれだけ助かるか。


 そんな想像を自然に抱かせる効果が、食堂での体験にはあるはずだ。


 例えば、これからの暑い季節、長時間の商隊護衛や探索の後には、冷たい飲み物を求めるだろう。


 そうなれば、今回の件で『製氷の魔法円』を知ってもらえれば、確実に注文が入ると俺は踏んでいる。


 さらに、冒険者たちが実際に使っている様子を目にすれば、彼らに商隊の護衛を依頼する商人たちも『これは便利だ』と気づくだろう。


 灼熱の中を行軍する護衛任務では、護衛される側の商人たちにとっても、冷えた飲料水の確保は死活問題だ。


 冒険者たちが使う便利な道具を目にした商人たちは、きっと自分たちのためにもこの『製氷の魔法円』を欲しがるのではなかろうか?


 もし、商人たちがこの『製氷の魔法円』を何らかの形で取り入れたら、さらに商人自身が販促の役割を果たし、需要は一気に高まるだろう。


 まあ商人達では魔素の扱いは難しいだろうから、魔石を用意してサノスの描いている『神への感謝』を備えた物になるのだろうが、それでも俺の店の収益に繋がるだろう。


 そんな欲にまみれた考えを振り返りながら歩いていると、店が見えてきた。


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