30-5「転売の影と街兵士の真意」
イルデパンの名に釣られて交番所に出向くと、街兵士の班長から、事情聴取の名目で予想外の問い掛けを受けた。
〉魔石の転売に関わっていないか
前置きもなく核心を突いてきた班長の質問は、俺に対する疑いというより、何かを確認するためのものに思えた。
話を聞くうちに、それはある人物の証言についての裏付けを取るための問い掛けであると判明した。
もちろん俺は、魔石の転売行為には一切関与していない。むしろ、店に来たそれらしき連中を街兵士に引き渡してきた立場だ。
そのことを伝えると、班長も青年街兵士も、目に見えて疑念を解いたようだった。
だが、自分がそんな疑いを掛けられていたという事実に、俺は怒りを感じた。
そしてさらに、その疑いを持ち出した証言者が――直接名前は出なかったが――あの捕まった元魔道具屋の主である可能性に思い至った。
あいつは、自分の罪を逃れようと、無関係な俺を巻き込んだばかりか、東町の魔道具屋、さらにはローズマリー先生にまで嫌疑を向けていたと聞く。
俺は、慎重に様子を伺いながら、証言者の身柄が既に確保されているのかどうかを探るように尋ねてみた。
すると、班長と青年街兵士の両者が一瞬の緊張を見せた。
その反応だけで、俺の中ではこの嫌疑が元魔道具屋の主が持ち出した物であるとの確信を得た。
◆
「イチノス殿、お時間を取らせて申し訳ありませんでした」
班長が事情聴取の終わりを告げながら、頭を下げてきた。
だが、俺としては更に踏み込んで確認しておきたい事がある。
それは、なぜ街兵士が『魔石の転売』にも調査の手を広げているのか、という点だ。
元魔道具屋の主の証言、その裏取りと述べているが、俺の考えではそれだけではないと思っている。可能性があるとすれば、『魔石の転売』の裏には『魔石シンジケート』が関わっていることだ。
「班長殿、私への事情聴取はこれで終わりですか?」
「えぇ、終わりですが?」
椅子から腰を上げ掛けた班長は、あっさりと返してきた。壁際の青年街兵士に至っては、明らかに帰り支度を始めようとしている。
「では、私からの事情聴取をさせてもらってもよろしいですか?」
「えっ?!」
「イチノス殿から?」
青年街兵士は驚きを顔に浮かべるが、一方の班長は、それほどでもない様子だった。
「はい、今回の事情聴取そのものに関わることですので、もう少しお付き合い願えれば嬉しいのですが?」
俺は班長と青年街兵士に、手振りで着席を促した。
二人はそれぞれの疑問を顔に滲ませながらも、再び椅子に腰を降ろしてくれた。
「では、お許しをいただけたようですので、班長殿にお聞きします。もちろんお隣の彼が答えても問題ありません。私はお二人からの言葉で、先程のように勝手に推測させていただきますので(笑」
「「⋯⋯」」
二人は黙ったが、その顔付きは違っていた。青年街兵士は釈然としない顔をしており、班長の方は何かの思考を巡らせている感じだ。
これは班長からは素直に聞き出せない気もする。
だが、その気持ちを振り払うように、俺は班長へ問い掛けた。
「班長殿、なぜ街兵士であるお二人が、魔石の転売を調べているのでしょうか?」
「それは、既に先ほど証言の裏付けのためだと、班長は述べていますが?」
割り込むように率先して、青年街兵士が答えてきた。うん、良い感じで釣れた気がするぞ。
俺は青年街兵士へ向き直り、言葉を続けた。
「魔石の転売行為は、街兵士であるお二人が調査するような事案でしょうか?」
「?!」
「そもそも、魔石の転売行為そのものは、国王様や領主であるウィリアム様の命令で明確に禁じられている行為ではありませんよね?」
「⋯⋯」
「そうした禁じられていない行為の調査のために、街兵士であるお二人が奮闘していることに、私は疑問を感じたのです」
「そ、それは班長殿が申し上げたとおりに、証言の裏付けを⋯」
そこまで答えた青年街兵士を、班長が手を出して制してしまった。
「イチノス殿、少し確認してもよろしいですか?」
「はい、どうぞ」
「もしかして、私共、街兵士が『何を調べるために』行動しているのかを、既にイチノス殿はご存じなのでは?」
これは、あの無駄に話の長い班長にしては、思いの外に鋭い質問だ。
いや、もしかしたら⋯
この班長、無駄に話が長いと感じるのは、独特な作戦だったのか?
相手がどこまで知っているのか、それらを聞き出すための釣り針とエサ⋯
いや、撒き餌だったのか?
あぁ、なんか面倒臭くなってきた。
それに幾何かの空腹も感じ始めている。
ここは笑って誤魔化し、一旦、話を打ち切った方が良さそうな気がしてきたぞ。
「ククク」
「フフフ」
「⋯⋯⋯」
俺の笑い声に応えるように、班長の笑い声が聞こえる。
けれども当の班長の目は、明らかに笑っていない。
この班長は、こんな芸当が出来たのか?
どうやらこの班長、俺が感じていたよりも、思いの外に切れる気がしてきたぞ。
それに、ここで俺の気にしている『魔石シンジケート』との関わりを掘り下げても、この班長が口を滑らせるとは思えなくなってきた。
「班長、宜しいでしょうか?」
班長との駆け引きをどうするかを迷っていると、交番所の入口の方から、聞き覚えのある女性街兵士の声が掛かった。
「私が対応します!」
そう告げて、青年街兵士が直ぐに椅子から立ち上がり、交番所の外へと出て行く。
俺と班長だけが残った交番所の中を、再び静寂が支配した。
そのわずかな静寂を破って来たのは、班長だった。
「イチノス殿、幾多の事を気にされているようですが、今暫くは我々にお任せいただけませんか?」
この班長の言葉には、重みがある。
ここで俺が踏み込むのは、正解だとは思えなくなって来た。
むしろ『魔石の転売』だとか『魔石シンジケート』の件に関しては、この班長を含めた街兵士の方々に任せた方が、良い気がしてきた。
「そうですね。ですが私が、街兵士の方々を邪魔する気が無いことは、ご理解いただけますか? むしろそうした、魔石の転売行為に手を出す方々というか、組織とは接点を持ちたくないと考えているのです」
俺はわざと『組織』という言葉を添えて班長へ問い掛けた。
「もちろんです。我々は、イチノス殿が邪魔立てするとは一切考えておりません。イチノス殿のような魔導師の方や、マジムリス殿のような魔道具師の方々にとっては、魔石は重要な品であると理解しております。そして魔導師や魔道具師の方々が行使する魔法が、市井の人々の暮らしをより良くしているのも知っております。そして、その魔法を行使するために、魔石が要になるのも理解しております。私共街兵士は、イチノス殿やマジムリス殿を含めて、このリアルデイルの街に住む方々に、より良い暮らし、安心して暮らせる日々を届けるにはどうすれば良いか。そのために我々街兵士は何をすべきか。それを常に考え実行する。それが、我々街兵士の使命だと考えております」
この班長、やっぱり話が長くないか?
それでも、微妙に嬉しいことを口にするじゃないか。
確かに街兵士の名のとおりに、この街――リアルデイルの街、そしてそこに住む人々が要らぬ危険に遇わぬように戦うのが街兵士の役目だ。




