30-4「疑念と証明の交差点」
交番所の内部は、店の作業場と同じくらいの広さに感じられた。そんな空間には、壁際に書棚が置かれ、その反対側の壁には、女性街兵士が事務仕事で使っていた机、それに椅子が三脚置かれていた。
普段、外に立つ女性街兵士がこういう場所で何をやっているのかなんて考えたこともなかったが、今は若干気になってしまう。
入口から見て奥側の椅子に班長が座り、机を挟んで俺が向かい側に腰を下ろす。やはりこの班長と向き合って座るのは、なんとも落ち着かない雰囲気だ。
青年街兵士は、もう一つの椅子を壁際の書棚の前に運び、俺と班長の会話にはわざと加わらないようにしている。よく気がつく奴だ。
事情聴取の口火は、当然のように班長から始まった。
「イチノス殿、単刀直入に伺います。イチノス殿は『魔石の転売』に手を貸していませんよね?」
班長の声が、空気を切り裂くように響いた。
いや、正直言って驚いた。こんな質問が飛んでくるなんて、俺は予想していなかった。
この班長からの質問は、俺に対する疑念には聞こえない。だとしても、こんなに真っ直ぐの問い掛けをしてくるなんて⋯
答えとしては『手を貸していない』の一択だ。だが、それを即答するのが正しいのかどうか、なぜか少し迷う。
どうして、街兵士の班長がこんなことを聞いてくるんだ?
俺が関わっていると思っているのか?
それとも、ただの確認の意味合いなのか?
端的な答えよりも、むしろそうした疑問の答えを引き出すような返答をしたほうが良さそうだ。
もちろん、しっかりと魔石の転売には関わっていない事実を伝えなければならない。
この問い掛けへの答えには、俺の立場や考えを明確に乗せて伝える必要があるはずだ。
「その問いには答えれます。ですが、なぜ、そんな事をお聞きになるのですか? もしかして街兵士の方々が『魔石の転売』について調査をされているのですか?」
「イチノス殿、まずは『魔石の転売』に手を貸しているか、否かをお答えいただくのは難しいでしょうか?」
「答えれます。ですが、なぜ、そんな事を私に問いかけるのですか?」
「⋯⋯」
交番所の中を沈黙が包み込む。
この沈黙は、俺と班長が何かの駆け引きをしているように、壁際の青年街兵士には聞こえるだろう。
「失礼しました。質問を変えさせていただきます」
沈黙を破ったのは班長だった。
「『イチノス殿が魔石の転売に手を出すなどあり得ない』。イル副長はそう口にしております。ですが、とある者の証言の裏付けを取る必要があるのです」
なるほど。これは商工会ギルドでの『魔石の入札』が中止された件に関わりがありそうだ。
「では、今回の事情聴取は、その何者かの証言の裏付けのための聞き取りということですね?」
「はい、そうお考えください」
「はぁ~」
俺は班長にも青年街兵士にも聞こえるように、大きめの溜め息をついてから言葉を続けた。
「それにしても、随分と無礼な方がいるもんですね。魔導師を名乗る者が『魔石の転売』に手を染めていると唱えるとは、魔導師や魔道具師の心情や実状、さらには信条を理解していない方でしょう」
「⋯⋯」
俺の言葉に班長が黙ってしまった。
『心情』や『信条』の言葉では、班長には伝わらないようだ。少し話の向きを変えた方が良さそうだ。
「そうした嫌疑を向ける方には、店に来て欲しくありませんし、接点を持ちたくありませんね。差し支えなければ、まずはその方のお名前を聞かせていただけませんか?」
「⋯⋯」
班長の沈黙は、誰が唱えたかを答えられないという意味だよな?
「わかりました。答えられないのですね。それであれば、私も答えられないとしますか?(笑」
「い、いや、それは⋯」
「いえいえ、冗談ですよ。今の班長殿は、私に嫌疑を掛けた者の言葉で動かれているんですよね?」
「えぇ、そのとおりです」
「そして、私の答えを聞いて、私に嫌疑を掛けた者、その者の言葉の真偽を確かめると言うわけですね?」
「ま、まあ、そうなりますね」
「では、班長殿の問い掛けにお答えしましょう。私は『魔石の転売』には、一切、手を貸していません。むしろ、転売目的らしき方々は、表に立っている街兵士の方々へ不審者として引き渡しています。そうした事実を班長はご存じですよね?」
「はい、それも聞いております。ですので、私自身もイチノス殿が魔石の転売に手を貸しているとは思っておりません」
班長のこの言葉で、ひとつの決着が付いた気がした。
壁際の青年街兵士も同じ気持ちなのだろうか。視界の端に見えた表情から、それまで漂っていた緊張が消えている気がした。
それにしても、俺に魔石転売の嫌疑を被せてきたのは、どこのどいつだ!
今の俺の心の奥には、強い怒りが沸いているのを強く感じる。
これが、あの捕まった元魔道具屋の主だったりしたら、最悪だ。
あいつのことは、本当に考えたくない。
あんな奴から嫌疑を掛けられたこと自体が、凄く煩わしく思う。
「班長、これであいつの話は嘘だと確定しましたね」
それまで黙していた青年街兵士が、急に口を挟んできた。その口調は、とても軽く感じた。
「まあ、そうだな。マジムリス殿も否定していたしな」
えっ! マジムリス殿も否定したって⋯
もしかして東町の魔道具屋にまで疑いを向けたのか?
「そうですよ。挙げ句の果てには、先生にまで疑いを被せようとしたんですよ。でも、これであいつの証言はまったくのデタラメだと決定ですね」
おいおい、先生ってローズマリー先生のことか?
いくらなんでも、それは無理だろう。
いや、あいつならやりかねない。
自分への疑いを、他の者に向けて、なんとか生き延びようとしている可能性がある。
それに、今の二人は緊張が完全に解れていて、絶好の機会な気がしてきた。
「班長殿、お聞きしてよろしいですか?」
「はい、何でしょうか?」
「私に疑いを掛けてきた者の身柄は、既に押さえているのですか?」
「「!!」」
青年街兵士が顔色を変えた。そして、班長も一瞬だが顔に緊張を走らせた。
「おっと、これは変な質問でしたね。失礼しました(笑」
「いえいえ、イチノス殿がそう考えるのも無理はありませんな ハハハ」
班長は微妙に言葉を濁したが、二人の様子から、この話がどこから出たのかがハッキリした気がした。




