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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年6月11日(土)

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30-3「雨音に紛れた気配」


「ししょ~ お願いしま~す」


 サノスの声に促されて、椅子から体を起こす。


 いよいよ、フェリスさんからの懲罰の書状を携え、アイザックが姿を見せたのだろうか。


 いや、馬車の音がしなかった。それにサノスは『騎士の人』と言わなかった。そうなるとアイザックの可能性は低いのか。


 そんなことを思いながら、階下へ降りて作業場へ入ると、ロザンナは相変わらず『水出しの魔法円』に取り組んでいた。

 一方のサノスは、なぜか自分の席に座らず、立ったままで俺を迎えた。


「俺をご指名か?」


「コクコク」


 サノスは何も応えず、頷くだけだ。

 これは、アイザックの可能性は低いな。


 いや、もしかして、転売目的で魔石を買いに来た連中の可能性があるな。


 そう思いながら、店舗へ顔を出すと、女性街兵士が立っていた。店の向かいにある交番所に立つ、中肉中背の女性街兵士だ。


「こんにちは、イチノスさん」


「こんにちは、いつもお疲れ様です。昨日は戻れずにすいませんでした(笑」


「いえいえ、気にしないでください。イチノスさんが忙しいのは、皆が理解していますから(笑」


 実に優しい言葉ではある。しかも穏やかな口調と朗らかな笑顔だ。だが、少しだけ棘を感じる台詞だった。


 俺としては、昨日、一旦戻る予定だと告げておきながら商工会ギルドから風呂屋へ直行したことを詫びたつもりだったが、どこか棘のある言葉が返ってきた。


 まあ、身勝手な行動の結果なのだから、これは素直に受け止めるべきだな。


「何かありましたか?」


「実はですね、副長からの指令でお邪魔したんです」


 副長からの指令?

 どっちの副長だ?

 イル・デ・パンかそれともパトリシアか?


 どちらにせよ、イルデパンからなら、捕らえられた元魔道具屋の主、今のあいつの様子を聞き出すことが出来るかもしれない。


「副長と言うのは、イル副長ですか?」


「はい。実はですね⋯」


 そこまで口にした女性街兵士が、俺との目線を外し、俺の背後を見やった気がした。これはサノスかロザンナが、作業場から覗いているな。


「わかりました。交番所でお話を聞いた方が良さそうですね」


「はい、ありがとうございます(笑」


 ハイハイ、そこで笑顔で王国式の敬礼を出すんですね。


 ◆


 カランコロン


 俺はサノスとロザンナに、向かいの交番所に行くことを伝え、女性街兵士の後を追うように店を出た。


 外に出た瞬間、冷たいものがポツリと落ちる。空を見上げれば、なるほど、ロザンナの言ってた通り、霧みたいな雨に混ざってポツリポツリと降っている感じで面倒くさい天気だ。


 とはいえ、交番所は道を渡ったすぐ向かいだ。店に戻って傘を持ち出す距離でもないなと思って足を進めたら目に入ったのは簡易テント。懐かしい。

 これ、前に使ってたやつだな。雨対策で出したんだろうな。ある意味合理的なことだ。


 ミャァミャァ


 ん?


 足元、じゃない。物置にしている隣の空き家の床下あたりか?

 聞き間違いかもしれないけど、今、子猫っぽい鳴き声が聞こえたような。気のせい?

 でも二回鳴いたぞ?

 さすがに幻聴ってことはないと思う。


 まあいいか。帰りにでも見てみよう。


 とりあえず、俺は雨粒を気にしながら交番所に向かった。


「イチノスさん、お疲れ様です」

「急なお願いですいません」


 声の主は、細身で背が高めな女性街兵士と、先ほど店に来た中肉中背の女性街兵士だ。


 王国式の敬礼で迎えてくれる二人に、俺も敬礼で応えた。


「こちらこそ、いつもありがとうございます」


 二人の女性街兵士は、交番所の入口の簡易テントの下で待機していたようで、軽く微笑みながら俺を見つめ、敬礼を解くと、交番所の中へと視線を向けた。


 交番所の中にイルデパンが待っているのだろうか?


「この奥で良いのですか?」


「「はい、お願いします」」


 二人の女性街兵士に促されて、俺は簡易テントをくぐり交番所の中へ足を踏み入れようとして止まった。


 外から見える交番所の中には、街兵士の制服に身を包んだ男性二人が立っているのが見える。


 その横顔からするに、一人は青年街兵士で、以前に言葉も交わして面識もある街兵士だ。

 俺の店で『魔法円』と『魔石』を購入した際に、この交番所に立つ女性街兵士に財布にされた⋯ 名前は何だったかな?


 もう一人は、中年に差し掛かった男性街兵士で⋯ ああ、この男か。


 以前、俺が襲撃を受けた際に、無駄に長い『事情聴取』をしてきた班長だ。


 思わずため息が漏れそうになったが、ぐっと堪えて顔に出さないようにして、俺は二人へ声をかけた。


「こんにちは。魔導師のイチノスです。私に用があると聞きましたが?」


 問い掛けると、二人が一斉に慌てた顔をこちらに向けた。あまりにも素直すぎる反応に、少しだけ微妙な気分になる。最初に口を開いたのは班長だった。


「イチノス殿、急にお呼び立てして本当に申し訳ありません」


 言葉だけでなく、表情にも申し訳なさがにじんでいる。見慣れた光景だが、正直面倒だと感じる。


 二人は直立不動で王国式の敬礼を交わし、しばらく沈黙した後、班長が口を開いた。


「長引かぬよう注意しますので、どうかご協力をお願いします」


 その顔と言葉に、いつもの通り申し訳なさそうな気配を感じる。どこか機械的だが、今は気にせずにおこう。


 こちらも仕方なく、簡単に敬礼で応えると、ようやく班長が敬礼を解いてくれた。


 けれど、青年街兵士は俺を見てしばらく黙っていた後、班長へ向き直ると改めて王国式の敬礼を繰り出した。


「班長殿、私は退席が必要でしょうか?」


 ああ、まただ。こいつもきっちりしてるな。そう思いながら、俺はそのまま黙っている。


「いや、君にはイチノス殿からの事情聴取の立ち会いを勤めて欲しい。だが、ここで聞いた話はイル副長以外には一切他言無用だ」


「はい! 同席させていただきます」


 班長が指示を出すと、青年街兵士はしっかりと返事をして敬礼を解いた。


 青年街兵士の言葉を聞いた班長は、また俺の方に向き直り、少しだけ頭を下げる。


「イチノス殿、申し訳ないが彼が同席することを許していただきたい」


 まあ、致し方ないだろう。話の内容にもよるが、青年街兵士が立ち会うことに格別問題があるわけじゃない。


 ただ、少しだけため息が出る。


 またしても事情聴取か。どうやら、この班長はそういう役回りのようだ。


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