29-18「魔導師の誓いと裏社会の組織」
「株式会社⋯」
「なるほどね。ありえそうな話ね」
俺の言葉を聞いて、シーラは納得したように頷いた。どうやらシーラも同じことを考えたようだ。
いや、もしかするとシーラのほうが少し先を読んでいるのかもしれない。
「けど、そうしたことは今ここで私達が考えてもしょうがないことよね?」
まったくもってその通りだ。未来のことなんて考えてもどうにもならないことのほうが多い。
「まあ、確かにそうだな。今はまず足元を見て行くべきだな」
こういうときは、余計なことを考えず目の前の一歩に集中したほうがいい。
「まずは、メリッサさんやレオナさんが口にした『相談役』の意味や範囲を、どう考えているのかを聞き出すのが先だな」
「そうよね。イチノス君は、どんな感じでそこを確認するのが良いと思う?」
「まずは雇用関係だな。西方再開発事業はウィリアム様が雇用主だけど、今回は商工会ギルドが俺たちを雇うことになるのか? それとも、また別の形で雇用契約が交わされるのか?」
「メリッサさんが言い出しているから、やっぱり商工会ギルドなのかな?」
そうした言葉を交わしていると、シーラはコサッシュから商工会ギルドの印が入った封筒と共にペンを取り出した。
封筒の中の手紙を抜き出したシーラは、その裏側にスラスラと書き込んでいく。
「他にあるかな? 雇用形態だけじゃなくてお給金も、ハッキリさせておいた方が良いわよね?」
そんなふうにシーラと会話を重ねながら、俺は並列思考を使って、ここまでのシーラの言葉を振り返っていく。
ここまでのシーラの言葉や姿勢は、魔導師としての矜持をきちんと持っていた。そうなると、今のシーラはかなり本気で氷室建設や冷蔵倉庫の建設に、何らかの意思や期待を持って挑もうとしている気がする。
特に魔導師としての矜持は、議事録の作成の段階で既にあの二人に伝えている。そうなると、シーラが魔導師の仕事として今回の話をどう考えているのかだが⋯
「イチノス君、他に聞き出すべきことってあるかな?」
「なあ、シーラ」
「ん?」
「シーラは新たな氷室や冷蔵倉庫で、何か試したいことでもあるのか?」
「⋯⋯」
俺は思い切って問い掛けたが、シーラは俺を見るだけで何も答えない。
「俺たちは魔導師だろ? 今回の話で製氷の魔道具や冷却、冷蔵の魔道具を作るだけ、それでシーラは満足するのか? それで終わらせるつもりじゃないんだろ?」
「ふぅ~」
ため息にも似た声を漏らしたシーラが、言葉を続けた。
「やっぱりイチノス君は、そういうことに思いが至るのね」
「シーラのやる気を見ていると、どうしてもそう考えちゃうんだよ(笑」
「ちょっとやる気を見せ過ぎたかな?(笑」
「ククク」
「フフフ」
互いに笑い声を漏らすと、シーラが先に口を開いた。
「イチノス君が『魔導師の仕事』と言ったのは、実はそこを問いかけてるんでしょ?」
「そうだな。シーラは実際に、何かを考えているんだろ? 例えば俺たちのような魔導師が魔法を考えて、それを魔道具師に道具化してもらうとかを考えてるのか?」
「魔導師と魔道具師の差、というか違いの話だね」
「そうしたことを含めて、今回の件をシーラがどう考えているかを知りたいんだ」
「うん、当然考えてるよ。でも実現するにはイチノス君の協力が必要なんだよねぇ~」
そこでその話に戻すのか?
そう思っていると、シーラが語り始めた。
「イチノス君には、サルタンの私の店が半分魔道具屋だった話をしたよね?」
「あぁ、聞いてるよ」
「正直に言うと、最初は製氷の魔道具と冷却の魔道具を作って終わりぐらいに考えてた。もしくはそれらを魔道具師さんに依頼するのもありかと考えてた。でも、やっぱり私が自分で考えた魔法を活かして直接関わりたいという気持ちが強くなってる。実際に冷蔵倉庫まで話が膨らんだでしょ?」
「まあ、そうだな」
「それなら、ぜひとも試したいことがあると思ったの」
「ククク やっぱりシーラは魔導師だな。自分で考えた魔法を、今回の事業に組み込んで達成したいんだな?」
「コクコク」
シーラが期待を込めた瞳で俺を見つめながら頷いた。
「実は、私が試したいのは、今の冷却魔法の一歩先を行く魔法なんだ」
「一歩先?」
「そう。現在の冷却魔法は単に気温を温度を下げるだけ。でも、私はもっと効率的で持続的な冷却方法を作れると考えてるの」
「なるほど。それが今回の話にどんな影響を与えるんだ?」
「それによって、確実な冷却を長時間にわたって実行しつつ、魔素の消費を最小限に抑えられるようになるわ」
「それは確かに革新的だな。冷蔵倉庫や氷室での魔石にかかる費用がぐっと下がりそうだ」
「だから、この魔法理論を完成させるには、イチノス君の協力が必要なの」
「もちろん協力するよ。シーラの考えた新しい冷却方法を実現させるために、できる限り支援する」
「ありがとう、イチノス君」
「じゃあ、商工会ギルドとの詰めについてはシーラに任せても良いかな?」
まあ、正直なところ、シーラに任せてしまった方が話が早いだろう。今回はシーラが魔導師として進める事業だ。俺がうっかり余計なことを言って話をこじらせるくらいなら、大人しく口を閉じておく方が良いだろう。
「そうよね、わかったわ。今回の氷室建設と冷蔵倉庫の建設は、私の考える魔法を中心に進めるから、商工会ギルドとの交渉については暫くは私が詰めておくわ」
シーラの声はいつも通り落ち着いていて、何やら自信満々な感じだった。俺は相槌を打ちながらも、胸の奥でひそかに思う。ああ、頼もしいもんだな、と。
「そうしてくれると助かるよ」
交渉の席に着くたびに、あれやらこれやら考えるぐらいなら、シーラの手腕に任せておくのが最善策ってやつだ。それに俺も幾らか楽ができそうだしな。
「けど、イチノス君が手伝うことが約束よ」
はいはい、楽できるかもなんてのは、甘い考えと言うことですね(笑
「わかった。技術的な相談なら、いくらでも受けるよ(笑」
まったく、世の中そんなに都合良くはいかないな(笑
「じゃあ次の話にする?」
「そうしよう。シーラの知っている範囲で、『魔石シンジケート』の話を聞かせてくれるか?」
シーラは少し目を細めて、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「ほら、イチノス君はやっぱり気になってるじゃん(笑」
「そりゃあ気になるだろ。『シンジケート』なんて言葉、そんなに身近に聞くことはないだろ?(笑」
いや、正直に言うと、言葉自体はなんとなく知ってた気もする。でも、それが魔石と絡んでるって話になると、さすがに無視できない。
『魔石シンジケート』
その名前だけで十分に物騒な感じだ。まるで悪の組織のような印象を感じる言葉だ。
「で、どんな組織なんだ?」
シーラは少し考えるように視線を宙に彷徨わせた後、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「うーん、簡単に言えば、魔石を巡る裏社会の組織って感じかな」
やっぱり、そういう類の話か。
「非合法のやつか?」
「うん。普通に流通してる魔石だけじゃなくて、出所の怪しい物も扱ってるらしいの。場合によっては、ギルドや貴族も巻き込んでるらしいって聞いたわね」
なるほど。魔石の価値を考えれば、それくらいの組織がいてもおかしくはない。とはいえ、そんな連中に関わるのはできれば避けたいところだ。
「まあ、そういうのに首を突っ込むつもりはないけど、知っておくのは悪くないか」
俺の言葉を聞いたシーラは軽く肩をすくめてみせた。
「少なくとも、知ってて損はないよ。知らないうちに巻き込まれたら大変だからね」
全くだ。俺の平和な日常が、こんな物騒な話に染まらないことを願うばかりだ。
「あの会合ってさ、『魔石』についての話だったよね?」
「そうだったな」
「会合の取りまとめって聞いたから、『魔石シンジケート』の話が出るかと思ってたんだけど、シンジケートのシの字もなかったのよ」
シーラはそう言って、わざとらしく首をかしげた。
なるほど。そういうことか。
俺が何も言わないのを見て、シーラは薄く笑う。
まったく、どこまで先を読んでるんだか。




