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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年6月10日(金)

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29-15「回復のひととき」


「メリッサさん、肩と腕の力を抜いてくださいね」


「は、はい」


 丸椅子に腰を下ろしたメリッサさんはそう答えたが、緊張のせいか背筋がピンと伸びたままだ。回復魔法を施す際には、もう少し力を抜いてくれないと、こっちもやりづらいんだよな⋯。


 回復魔法を受けるのが初めてだと言うのだから、仕方がない。今の俺の役目は、ただ一つ。メリッサさんに回復魔法を経験してもらうことだ。このまま進めよう。


 両手をそっとメリッサさんの肩に置き、静かに回復魔法を施していく。手のひらに少しだけ返ってくる反応に集中しながら、深さと強さを微調整していく。


 一方、視界の端では、応接に座ったレオナさんが肩を回しながらシーラと感想を言い合っていた。


「こんなに気持ちいいんですね。騎士学校の時に受けましたけど、全然違いますね」


「でしょ? イチノス君の回復魔法って、こうジワジワ~っと沁みる感じがして気持ちいいのよぉ~」


 ありがたいことだ、感想をもらえるのは。だが、ちょっとだけ気が散る。


「ぅう⋯ うぅ⋯」


 メリッサさんの声が漏れた瞬間、空気が凍りついたように二人の会話がぴたりと止まる。


(ククク)

(フフフ)


 そして二人の笑い声が漏れ聞こえる。そんなにおかしいか?


「ぁあ⋯ あぁ⋯」


 また漏れるメリッサさんの声。俺はただ、真面目に回復魔法を施してるだけなのに、なんでこうなるんだ。


 始まりは、ナタリアさんに回復魔法をかけていた俺を見たシーラが、『メリッサさんとレオナさんにも』と言い出したことが始まりだった。


 それは二人が急に席を外したとき、俺が半分冗談で


 〉メリッサさんも、このところの業務で疲れが出てるんじゃないのか?(笑


 なんて言ったのが、いけなかったのかもしれない。


 シーラはそれを真に受けて、メリッサさんとレオナさんに回復魔法をかけようと言い出したのだ。


 その背景には、ナタリアさんが俺の回復魔法で不思議な声を漏らし、メリッサさんがそれを咎めたのをシーラが止めるために説得した結果が、この状況だ。


 そして、まずはレオナさんに回復魔法を施し、次にメリッサさん。


「ぅぅ⋯ 気持ちいいわぁ⋯」


 ああ、やめてほしい。こういう状況でそんな声を出されると、俺の立場がかなり危うくなる。


 ――それからしばらくして。


 皆で応接に座り直し、シーラが淹れてくれた紅茶を口にする。


 ティーセットをワゴンに乗せて運んでくれたナタリアさんは、メリッサさんに咎められたことで、そそくさと応接室を出て行ってしまった。そんなわけで、シーラが代わりに紅茶を用意してくれたというわけだ。


「ふぅ⋯」


 未だに回復魔法の余韻に浸っているのか、メリッサさんは紅茶を一口含んで、深く息を吐く。さっきまでとは違う、どこか落ち着いた吐息だ。


 肩を軽く回してみせるその姿は、先ほどまでの緊張が嘘みたいに見える。

 表情も柔らかくなっていて、ようやく心の底からホッとしたらしい。


「なんだか、頭の中まで軽くなった気がするわ」


 額に手を当てながらそう呟く姿は、まるで長年の緊張が解けたかのようだった。


「良かったです。やっぱり疲れが溜まってたんじゃないですか?」


 シーラがそう声を掛けると、メリッサさんは少し苦笑いを浮かべる。


「まあ、そうね。気付かないうちに力が入りっぱなしだったのかも」


 それに続けて、レオナさんまで


「私もそうだったかもしれない」


 と素直に認める始末。


 まあ、無理もない。仕事熱心な二人のことだ。周囲に気を配りながら、自分のことは二の次にして山ほどの仕事をこなしてきたんだろう。


「これで少しは楽になりましたか?」


 俺がそう尋ねると、メリッサさんもレオナさんも顔を見合わせてから、ふっと笑みを浮かべた。


「ええ。ずっと詰まってたものが抜けたみたい」


「本当に、そのとおりね」


 ついさっきまでの尖った感じや、焦りに似た雰囲気は影を潜めている。今は肩の力が抜けた分だけ、二人の自然な表情が戻っている。


 そんな二人を見て、俺も少しだけ安心した。


 ――と、思ったのも束の間。


「さあ、回復魔法でスッキリしたなら、氷室建設の話に戻りましょうか?」


 シーラがにっこりと微笑みながらそう言った。


 回復魔法で緊張がほぐれたのは良かったが、俺の心の平穏はどうやらもう少し先になりそうだ。


 その後、メリッサさんとレオナさんから話された内容は、俺やシーラが想定していたとおりだった。


 以前の魔道具屋の老夫婦は、販売した魔道具を動かすのに魔石か魔石壺でのフォローをしていたというのだ。


 魔石に理解を示す人々には魔石を販売し、面倒臭がる人々には魔石壺を毎月渡す方法で面倒をみていたというのだ。


 その範囲は多岐に渡っており、ベネディクト・ラインハルト氷商会のような製氷業者を始めとして、精肉業者から飲食店までと幅広いという。


「じゃあ『噂の魔道具屋』はその後を引き継いだんですか?」


「はい。ですが魔石の値段が上がって、魔石壺に切り替えるのが多くなったみたいなんです」


 シーラの問い掛けに、メリッサさんがハッキリと答えた。

 なるほどな。あの捕まった元魔道具屋の考えそうなことだ。


「そうした事実はわかりましたが、それと氷室建設の関わりは何でしょうか?」


 シーラが踏み込んで問い掛けると、レオナさんが口を開いた。


「そこでなんですが、サカキシルに氷室が建てられる件を聞きつけた精肉業者組合から、要求が出てきたんです」


「精肉業者組合ですか?」


「はい。リアルデイルの街の精肉業の方々に加えて、隣領への精肉卸しや流通を担っている方々で組まれた組合です」


 なんとなく話が拡がってきた気がする。


「その精肉業者組合から、サカキシルに氷室を建てるなら、その側に食肉用の冷蔵倉庫を作って欲しいと」


 おいおい、完全に氷室建設の話が漏れてるだろ。


「ところが話はそこで終わらないんです」


 まだあるのか?


「規模は小さいんですが、リアルデイルには、海産物業者組合があるのもご存じですか?」


 レオナさん。少し待ってください。どこまで話を拡げるんですか?


「そう考えると、リアルデイルには青果業組合もあるんですか?」


 待て待て。シーラも話を拡げるのに参戦ですか?


「はい、さすがはシーラさんです。そうした食料品とか食材を扱う業種、その組合の方々が、サカキシルでの氷室建設の話を聞きつけ、皆が一様に冷蔵倉庫の建設を願い出てきたんです」


 終わった。

 ここまで話が広まったら、氷室を建てました。製氷の魔道具や冷却の魔道具を準備しました。そうした形では、終わらないだろう。


「そんなに規模の大きな話になってるんですか?」


「そうなんです。けれど、それだけじゃおさまらないんです」


 ん?


「そうした氷室を始めとして、冷蔵倉庫をサカキシルに建てたとして、それらを継続するにはどれだけ魔石が必要になるのか⋯」


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