29-13「商工会ギルドの公平性」
「イチノスさん、『本当に申し訳ありません』」
声を揃えて頭を下げるのは、商工会ギルドのメリッサさんと、西方再開発事業における商工会ギルド担当文官のレオナさんだ。
二人の言い分としては、持ち込まれた相談に応じる形で東町の魔道具屋を紹介し、場合によっては、商工会ギルドが魔石を販売した。
それらの行為が結果的に、俺の店の商売を邪魔してしまったと考えているらしい。
だが、俺としては、頭を下げられてまで謝られるような話でもないと思っている。
むしろ、魔道具を使う人たちが自分で魔石を入手し、自分達で交換できるように商工会ギルドが後押ししてくれたと考えている。そう考えると謝罪される方が困る。
とはいえ、こうやって頭を下げられてしまうと、俺も何かしら対応しないといけない気がしてくる。
まずはこの場を穏便に収めて、この先に待っているであろうサカキシルでの氷室建設の話へ進めた方が良い気がしてきた。
うん。少なくとも、この場は平穏に済ませよう。
「わかりました。お二人の判断、それに商工会ギルドとしての対応を含めて、私は何ら問題は無いと考えています」
俺がそう告げると、メリッサさんとレオナさんの表情がわずかに和らいだ。張り詰めていた空気が、ふっと緩むのがわかる。
「「ありがとうございます」」
二人が声を揃えて礼を言う。どうやら、俺の返答は二人の期待に沿うものだったらしい。
「その言葉に感謝します。では、続けて保守契約の話へ進めても宜しいでしょうか?」
レオナさんは黙ったままだが、メリッサさんはすぐに次の話題を持ち出してきた。その反応の速さに、俺は少しだけ思考を巡らせる。
メリッサさんの言うとおりに、製氷業者との保守契約の話がまだ片付いていなかった。
サカキシルでの氷室建設よりも先に、商工会ギルドとしてはこの件をきっちり片付けておくべきなのかもしれない。
俺は心の中で小さく息をつくと、メリッサさんが口を開いた。
「ベネディクト・ラインハルト氷商会との保守契約の件について結論から申し上げます。このお話しについては、誠に申し訳ありませんが、一旦、無かったことにさせてください」
「「⋯⋯」」
メリッサさんの言葉に、俺は無言になった。隣のシーラも無言のままだが、微妙に体をこわばらせている感じがした。
メリッサさんは申し訳なさそうに視線を落としながら、さらに言葉を続ける。
「商工会ギルドから、今回のお話しをさせていただきましたが、特定の商会の契約に商工会ギルドが関わることは問題があるだろうと判断した結果であるとご理解ください」
んん?
メリッサさんの言い分と言うか、言い方が気になるぞ?
「すいません、メリッサさん。今のお話だと『商工会ギルドが関わることが問題だ』と聞こえましたが?」
「はい。その理解で間違っておりません。実質的にはそうなったと言えます」
「実は⋯」
メリッサさんの言葉をレオナさんが追いかけた。
「「実は?」」
思わず俺とシーラは息を合わせて問い返す。
「商工会ギルドが関われなくなりましたのは、商工会ギルドの公平性が関わっております」
「公平性ですか?」
シーラがレオナさんに問い返した。
うん。まあ、そう来るよな。
俺は何となく二人のやり取りを見ながら、目の前のメリッサさんとレオナさんの立場を考えてみる。
メリッサさんは、リアルデイルの街の商工会ギルドの職員。たぶん、公的な立場ってやつだ。
対してレオナさんは、西方再開発事業のための文官。こっちは役所関係の人ってことになる。
でもって、そんな二人が「公平性」とか言い出したわけで。まあ、言葉だけ見れば良いことっぽいけど、どうにも引っかかる。
「メリッサさん。もしかしてですが、魔石を販売した精肉業者の方々からも保守契約の相談があったとか?」
俺の言葉に、メリッサさんが一瞬ピクリと反応したのを見逃さなかった。
うん、図星ってことか。
そりゃ、一部の製氷業者だけ特別扱いってわけにはいかないだろうしな。
「あの⋯ 精肉業者だけではないんです」
「?!」
メリッサさんの言葉に、獣人であるレオナさんの耳がピクリと動いた。その反応を見る限り、どうやら気になるワードに引っかかったらしい。まあ、俺だって同じだ。
隣に座るシーラも、そんなレオナさんの様子に気付いたみたいで、視線がこっちに飛んでくる。何もしてない俺としては、ただの巻き込まれ事故にしか思えないけど。
「あっ! イチノスさん、シーラさん、今のは聞かなかったことにしてください」
メリッサさんが場の雰囲気に気付いたのか取り繕い始めた。
とは言え、今さら無理だろう。
聞かなかったことにしてくださいって言われたところで、都合よく記憶が消えるほど、魔導師である俺やシーラの記憶力は弱くない。いや、魔導師に関わらず、普通は誰だってそうだろ。
レオナさんもなんだか微妙だ。
天井を見上げて遠い目をしてる。何を考えてるのかまではわからないけど、少なくとも今は目の前の現実からちょっと逃避中っぽい。きっと頭の中では、ああでもないこうでもないって考えが渦巻いてるんだろうな。
しかし、どうしてこうなった。
メリッサさんの発言は確かに見事な間違いだったのだろう。レオナさんがここまで気まずそうな姿を見せるとは思わなかった。
目の前の二人は、仲が悪いってわけじゃないだろう。今回の会合に向けても、事前に打ち合わせを済ませていただろう。けれども、今のこの感じは何と言うか、歯車が微妙にずれてる計算機みたいだ。
もしかして、あの『草案』の件が二人の間では尾を引いてるんだろうか?
忘れたふりをしたところで、そんな簡単に割り切れる話じゃなかったしな。
メリッサさんの失言も、ただの口が滑ったってだけじゃ済まないのかもしれない。下手をすれば、今でも二人の間には、あの『草案』が大きなしこりとして残っている可能性が高い。
いや、それはさすがに考えすぎか?
「それにしても、このリアルデイルの街では、『噂の魔道具屋』がそんなにも多くの方々に魔石壺を渡していたんですか?」
シーラが思わぬことを言い出した。
いや、確かに気になる話ではある。でも、まさかこのタイミングでそれを口にするとは思わなかった。
案の定、メリッサさんとレオナさんの顔色が一瞬で変わった。さっきまでの、微妙にぎこちない空気が一気に張り詰めた感じだ。
「すいません、少し席を外しても良いでしょうか 「申し訳ありません」」
二人とも、まるで競うように立ち上がると、応接室に持ち込んだ資料を抱えたままバタバタと出ていってしまった。
俺とシーラは顔を見合わせる。
いやいや、これはさすがに困る。唐突すぎるだろ。
でもまあ、二人の慌てぶりを見る限り、あの元魔道具屋が持ち込んでいた魔石壺は、予想以上にこの街の人々に影響を与えているらしい。
とりあえず、俺とシーラは開け放たれた応接室の扉を呆然と眺めるしかなかった。




