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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年6月10日(金)
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29-12「商工会ギルドの謝罪」


「じゃあ、遠慮なくご馳走になるね」


 シーラはその緑色の瞳を少し細め、俺の顔を見ながらにっこりと笑った。


 庭園カフェを出て、並んで歩きながら商工会ギルドを目指す。昼下がりの陽射しは雲に遮られ、穏やかで心地良い。

 俺もシーラも、さっきの食事の余韻を引きずっているせいか、どうにも気分が良い。


 たまにはこんな時間を過ごすのも悪くないな、なんてことを考えたりした。


 まあ、支払いのときには少しだけ揉めたが、俺の空腹に付き合わせたんだからってことで押し切った。シーラは最後まで渋い顔をしていたが、何とか納得してもらった。


 商工会ギルドへ向かう道中の話題は行きと大して変わらない。


 レオナさんからの手紙のことには、どちらも触れなかった。

 歩きながら無理に話す必要もないし、氷室建設の件を誰かに聞かれるわけにはいかないからだ。


 シーラもそのあたりは理解しているようだった。こうした守秘義務への配慮は、魔導師にとっては当然のことだ。

 誰かに聞かれる可能性がある場所で余計なことを喋らないのが、一番安全で賢いやり方だろう。


 特に面白い話をしていたわけでもないのに、時間だけは妙に早く過ぎる。

 気がつけば、商工会ギルドの建物が視界に入ってきた。


「じゃあ、レオナさんかメリッサさんが戻ってきてたら、打ち合わせで良いよね?」


 シーラが俺に向かって軽く顔を上げる。


「そうだな。今日中に話を聞いて、持ち帰るか、その場で結論を出すか⋯」


「結論は次回に持ち越そうよ。今日は話を聞いて、あそこでまた打ち合わせして答えを出すのはどう?(笑」


「ククク、そうだな。それで良いぞ(笑」


 どうやらシーラは、あの庭園カフェをすっかり気に入ったらしい。


 そんな他愛もないことを話しながら商工会ギルドに足を踏み入れると、受付カウンターにはナログさんが座っていた。


 俺たちの姿に気づいたナログさんは、すっと席を立ち、衝立の向こうに消えると、代わりに年配の男性職員がカウンターに座る。


「イチノスさんにシーラさん。お帰りなさい。メリッサさんとレオナさんが打ち合わせをさせていただきたいそうです」


 受付カウンター脇のスイングドアの向こうから、ナログさんが顔を出して声をかけてくる。

 その様子から、ナタリアさんからの伝達が済んでいると、すぐに理解できた。


 隣のシーラに目をやると、軽く頷いていた。


 ◆


「こちらでお待ちください。すぐに二人を呼んできますので」


 ナログさんに案内されて、俺とシーラが通されたのは、商工会ギルド2階の応接室だった。


 二人で並んで座ったところで、念のためにシーラに声をかける。


「シーラ、歩いて疲れてないか? 少し回復するか?」


「ううん 大丈夫。その気持ちだけで十分よ」


 コンコンコン


 そんな会話をしていると、開け放った応接室の扉をノックする音が響く。


「イチノスさん、シーラさん。商工会ギルドに足を運んでいただき、ありがとうございます」


 メリッサさんが礼を告げながら入室し、それにレオナさんが続いて入って来た。

 二人とも手には、それなりの量の書類を抱えている。


「お呼び立てした形になってしまって、本当にすいません」


 二人が対面の応接に腰を下ろすなり、今度はレオナさんが謝罪を混ぜた挨拶をしてくる。これは若干だが、先手を取られた感じだ。


 目の前に座るメリッサさんとレオナさんが、互いに視線を交わすと、メリッサさんがほんのわずかに頷いた。

 どうやら二人は、事前に打ち合わせを済ませてきたような雰囲気だ。まあ、俺とシーラも似たようなものだな。


「イチノスさんもシーラさんも、会合の議事録はご確認済みとうかがっていますが、よろしいでしょうか?」


 レオナさんが切り出す。

 どうやら、こちらの出方を確認しつつ本題に入るつもりらしい。


「はい、問題ありませんね」

「うんうん」


 シーラがあっさりと返事をしたので、俺も頷いた。そこは流れに乗っておくのが無難だ。すると、レオナさんがさらに踏み込んでくる。


「では、類似案件とサカキシルの氷室建設の話へ進めてもよろしいでしょうか?」


「「はい、お願いします」」


 シーラと声が重なってしまった。

 別に打ち合わせをしたわけでもないのに、こういう時は妙に息が合うのが少し笑えてくる。いや、笑ってる場合ではないな。


「まず、製氷業者のラインハルト・ベネディクト氷商会様と同様の声が10件以上届いておりました」


 した? 今、過去形だったよな?

 なんでだ? まだ現在進行形で問題が続いてるんじゃないのか?


 それにしても、10件以上とは思ったより多い。リアルデイルの街に精肉業者がそんなに存在することに自分の興味の無さを感じてしまう。


「その半数は商工会ギルドにて魔石を販売し、他の半数についてはマジムリス商会様にご対応をいただき、現段階では事なきを得ております」


「マジムリス⋯⋯」


 『マジムリス商会』の名前を聞いて、シーラが小さく呟いた。つられるように、俺も『マジムリス商会』の名を思い出そうとして、東町の魔道具屋を思い浮かべた。


「東町の魔道具屋のマジムリスさんですが?」


 メリッサさんがシーラの呟きを聞き逃さず、すかさず確認してくる。

 やはり、『マジムリス商会』は東町の魔道具屋のことだ。それにしても、メリッサさんは商工会ギルドの人間だけあって、こういうことへの反応が早い。無駄がなく隙もない。


 東町にある魔道具屋=『マジムリス商会』は、俺が店を開く前に挨拶に行ったことがあるし、魔素転写紙の入手でも世話になった。

 あそこの御主人と女将さんには世話になっているから、今回の件では要らぬ世話を掛けてしまって申し訳ない感じだな。


「イチノス君、『マジムリス』って魔道具屋さん?」


 東町の魔道具屋に思いを馳せていると、不意にシーラが確認してきた。


「そうだったな。シーラ魔導師には、まだ紹介してなかったな。このリアルデイルの街には魔道具屋が一軒あって、そこが『マジムリス商会』と言うんだ」


「それって、噂の魔道具屋とは別のだよね?」


 シーラが言う『噂の魔道具屋』とは、今回の問題を引き起こした、主が捕まった元魔道具屋のことだろう。


「あれとは別だな。『マジムリス商会』は真っ当な店で、俺が店を開く際に挨拶にも行ったし、サノスとロザンナが魔法円を描くのに使っている魔素転写紙も、そこのご主人とお女将さんに世話になったんだ」


「わかったわ。後できちんと紹介してくれるんだよね?」


「あの⋯ シーラ魔導師がご希望であれば、商工会ギルドから紹介状を出しますが?」


 機転を効かせて、メリッサさんが割り込んできた。


「いえいえ、それにはおよびません。その付近は魔導師と魔道具師の挨拶の範疇ですので」


 そう返しながらシーラが俺を見てきた。

 これは近日中に東町の魔道具屋に紹介しろと言う意味だよな?


 シーラに紹介するのは何も問題は無いだろう。俺は頭の中で可能そうな日程を考え始めた。


「あの⋯ 話を戻して良いでしょうか?」

「そうね。話を戻しましょう」


 そうだった。話を戻そう。

 レオナさんの言葉と、メリッサさんの返事で引き戻された。どうもいかんな。この会合に集中していない気がする。


 いや、レオナさんが口にした


 〉現段階では事なきを得ております


 この言葉に、変に安心してしまったようだ。


「では、類似の案件については、現段階では私やシーラ魔導師が配慮する必要は無いと言うことでしょうか?」


「いえ、いや、むしろイチノス魔導師のご商売を商工会ギルドが邪魔したことになってしまいました。まずはその事をお詫びするべきだと、メリッサさんと話し合っていたのです」


「イチノスさん、「本当に申し訳ありません」」


 そう答えたメリッサさんが、レオナさんと共に座ったままだが頭を下げてきた。


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