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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年6月10日(金)

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29-10「豪農の屋敷跡で交わす想い」


 俺とシーラは、昼飯を求めてリアルデイルの街では珍しい庭園カフェに来ていた。


 豪農の屋敷跡を利用したカフェで、発見したのは数日前のことだ。領主別邸へ向かう途中、貴族街の手前で偶然見つけた。

 やたら庭が広いし、小作人を住まわせていたらしい宿舎まである。どれだけ稼いでいたんだか。


 広い庭をそのまま生かしたカフェは、緑の木々に囲まれていて、街の喧騒を忘れさせる雰囲気を漂わせている。


 俺はシーラと並んでその庭園カフェに足を踏み入れた。店に入るなり、ふいに女性給仕が現れる。どこかで見たような顔だが、思い出せない。


「いらっしゃいませ。お二人様ですね?」


 突然現れたものだから、少し驚いた。だが俺は、その女性給仕をついじっくりと観察してしまった。


 年齢は、向かいの交番所に立つ女性街兵士たちと大差ないだろう。いや、あっちより若作りかもしれない。

 若作り、ということは、実年齢はそれなりということでもある。


 その女性を給仕だと即座に判断できたのは、制服のせいだった。


 領主別邸で働くメイドたちとよく似たメイド服。しかも若干クラシックなデザインで、変に気合が入っている気がする。こんな服を着せられるのは、本人の趣味なのか店の方針なのか、どっちなんだろう。


 それにしても完璧すぎる。

 まるで今この場で仕立て上げたばかりのように、皺ひとつない。胸元の白いエプロンなんか、雪を連想させるほど真っ白で、シミどころか小さな汚れさえ見当たらない。


 ここまで来ると、さすがに気になる。完璧というのは、妙に目を引くものだ。


「ようこそおいでくださいました。お二人ですね。ご案内させていただきます」


 女性給仕が淡々とそう告げ、俺とシーラは導かれるまま庭園の奥の方へと進んだ。


 案内された席は、周りが庭木に囲まれて、ちょうど周囲と少しだけ切り離されたような白木のテーブル席だった。


「こちらの席をお使いください」


 その言葉は淡々としていて、違和感というわけではないが、無駄のない言い回しだ。


 視線をテーブル席に移すと、まず気になるのは日除けの天幕がないことだ。だが、今日は曇り空だから、それが大きな問題になるわけでもない。むしろ、曇っているおかげで、日差しを心配する必要もない。

 しかし、ベンチ席がひとつだけ置かれている点は気になる。これでは、俺とシーラが並んで座ることになるよな?


 頭の中でその疑問が浮かぶ。そんな時、案内される途中で見かけた他のテーブル席のことを思い出した。


 案内される途中に見た他の席も、同じようにベンチ席が一つだけ置かれていた。まるで、ここでは向かい合わせに座ることを意図的に避けているようだ。


「イチノス君、ここで良いよね?」


「そうだな。シーラが良いなら⋯」


 というわけで、俺とシーラは案内されたベンチ席に並んで腰を下ろした。

 座ってみて初めて気づいたのは、周囲の庭木が絶妙に配置されていて、視線を他のテーブル席から完全に遮っている点だ。


 庭木の高さが絶妙なのだ。

 座った状態では他の席の様子がまるで見えない。ここまで計算して配置されているとは、いったい誰が考えたのだろう。


 そんなことを考えているうちに、シーラはもうすっかりベンチ席に馴染んでいる。

 静かな時間が流れ、まるでこの庭園自体が俺たちを囲んで、密やかな会話の場を提供してくれているかのようだ。


 その静けさが心地よくなってきたころ、女性給仕がメニューを差し出してきた。


 差し出されたメニューには、珈琲が三種類、紅茶が三種類、そしてハーブティーが三種類。見た目にはシンプルだが、値段が少し高めだ。

 なんだか納得しがたいが、これだけの静かな時間を提供するのだから、まあ仕方ないだろう。


 隣に座ったシーラは、そのメニューをちらりと見たかと思うと、すぐに口を開いた。


「軽く食事をとりたいんですが?」


「それなら、こちらがお勧めです」


 そう答えながら、女性給仕は新たなメニューを差し出してきた。そこには、キッシュと紅茶か珈琲を選べるランチセットと記されていた。


 どうやら、食事の選択肢はそれだけのようだ。それで十分だろうと思い、俺は隣のシーラに向かって静かに頷いた。


「本日のキッシュは、オークベーコンとホウレン草になっております」


 俺の頷きに答えるように、女性給仕が抑揚のない声で告げる。


「それでお願いします。飲み物は、2つとも紅茶でお願いします」


 手早くシーラが注文を済ませると、メニューから視線を外した。


「では、こちらのキッシュランチで、お飲み物は紅茶ですね。紅茶は何にされますか?」


「ダージリンでお願いします」


「注文を承りました。まもなくお持ちしますので、しばしお待ちください」


 相変わらず女性給仕は淡々と答え、メニューを下げると音もなく踵を返した。途端にテーブル席が静寂に包まれた。


 チュンチュン


 その静寂を破るように、小鳥たちの鳴き声が聞こえる。


「静かで良いところね」


「そうだな」


 シーラがぽつりと漏らすように呟いた。俺は短く答える。こういう会話の方が、変に気取らずに済む。


「お値段もよかったわね(笑」


「そうだな(笑」


 シーラが口角を上げて踏み込んだ話をし出す。俺もつられて笑ったが、心の中では別のことを考えていた。


 キッシュと紅茶のセットで、サノスとロザンナの日当を合わせたよりも高い。

 この庭園カフェは、確実に高級感を売りにしている気がする。


「これだけ静かな場所を提供するんだ、そうした自信の表れだと思うぞ」


 少しばかり値段が張る理由を、無理にこじつけるように答えてみた。


「そうよね。まるでここだけ、ゆっくりと時間が流れてるみたい」


 シーラは目を細め、庭園を見渡した。


 俺は彼女の言葉を否定する気にはなれなかった。確かに、ここには街の喧騒とは別の時間が流れている。


 その静かそうな空間に、俺は惹かれたのだ。

 高くても仕方がない。そんな気にさせる空間だった。


「ここなら、周囲に邪魔されずに、さっきの話の続きが出来そうね」


 シーラが暗に商工会ギルドでの話に引き戻してきた。


「そうだな、俺としては、仕事を忘れて、ゆっくりと昼食と紅茶を味わいたいんだが?(笑」


「それは私も同じよ。ここでゆっくりと紅茶を味わいながら、のんびりしたい気分よ(笑」


「ククク」

「フフフ」


 お互いに思わず笑い声が漏れてしまった。


「イチノス君は、この店には入ったこと無いのよね?」


「そうだな、さっきも話したが、たまたま見つけたんだよ」


「仲の良さそうな人達が多いみたいね⋯」


 どうやら既にシーラは仲睦まじい男女がいることに気が付いていたようだ。


「ここって、貴族の別邸の跡か何かなのかな?」


「いや、残っている建物とコンラッドから聞いた話からすると、どうやら豪農の屋敷跡らしいんだ」


「豪農? かなり大きな農家だったんだね」


「みたいだな。話によるとリアルデイルの街が拡張された時に、色々とあったらしい」


「あぁ、その話ね。それはリアルデイルの街に来ることが決まった時に私も少し勉強したよ。ウィリアム様が尽力されたんだよね?」


「ククク もしかしたら、シーラの方がこの街の歴史に詳しいんじゃないのか?」


「イチノス君、言い方(笑」


「ククク」

「フフフ」


 シーラの笑顔を見た瞬間、俺は腹を括った。

 いや、正確に言えば、ここまでのやり取りで気持ちが吹っ切れたのかもしれない。


 このベンチ席に座るまで、心の片隅でグダグダ考えていた雑念の類が、どうでもよくなってきたのだ。


 考えてみれば、俺が勝手に気にしていただけの話だ。シーラはそんなことは気にしていないらしい。

 だったら、余計なことは考えず、もう少しこの時間を楽しんでも良い気がしてきた。


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