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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年6月10日(金)
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29-6「交錯する思惑と隠された真実」


 商工会ギルドへの道のりは、いつもと変わらない。だが、今日は少しだけ慎重になる理由があった。


 それは、俺の知る限り、ロザンナを初めて一人で店に残すことだ。


 店を出る前、俺はロザンナに『忘れずに内鍵をかけてくれ』と伝えた。

 それから店の鍵を閉め、閉店の札を出しておくよう指示した。念のため、誰かが来ても店の扉を開ける必要は無いことも伝えておいた。


 ロザンナの性格を思えば、言わずともやるだろうが、念には念を入れておくに越したことはない。


 店を出た俺は、まずはいつも通り向かいの交番所へ顔を出すことにする。日常において、こうした些細な手続きが案外重要だったりするものだ。


 交番所の前には、昨日まで立っていた小柄で豊かな体型をした女性街兵士の姿はない。代わりに、背の高い女性街兵士がいた。


『イチノスさんは、お出掛けですか?』


 俺の姿を認めるや否や、軽めの敬礼での挨拶に続いて落ち着いた声が掛かる。それは無駄がなく、まっすぐな問いかけだった。


 俺は商工会ギルドへ行くことを伝えつつ、店は休みだがロザンナがいることを添えた。そして、多分、昼過ぎにはサノスも店に来るであろうことも伝えた。


 そうした情報を手短に伝え終え、俺はふと視線を交番所の奥へ移す。もう一人、交番所の奥で中肉中背の女性街兵士が黙々と書類に向かっていた。そうした立ち位置には、この女性街兵士達の分担を感じさせる。


『私も昼過ぎか、遅くとも夕方には戻る予定です』


 そう言い添えながら軽めの敬礼をすると、背の高い街兵士は見送るように王国式の敬礼を返してくれた。


 ◆


 商工会ギルドでレオナさんやメリッサさんと相対した時の問答、それにシーラへの伝令の文面を考えながら、俺は中央公園の芝生を踏みしめ歩いている。


 頬を撫でる風が、ここ数日の乾いた空気とは違っていた。俺は歩みを緩め、軽く深呼吸をすると、湿り気を帯びた風が肺の奥に触れ、わずかな重さを残していく。


 ここ数日に比べると、今日は心なしか陽射しが和らいでいる感じだ。


 じりじりと肌を刺すような暑さはない。その代わりに、空には雲が広がっている。青空は見えず、西方の空は少し厚めの雲が覆っている。


 こういう曇り空は嫌いじゃない。だが、今夜あたり雨になるかもしれないな。俺は何となく、そんな気がしてきた。


 ◆


「イチノス君!」


 商工会ギルドの前までたどり着いた時、その声は不意に俺の背を打ち、反射的に振り返る。


 強くはない陽差しの中、藍染のワンピースが風に揺れていた。膝に手をつき、肩で息をするシーラがそこにいた。


 頬には微かな紅が差し、額には汗が滲んでいるように見えた。どうやら、俺を追って急いできたらしい。


「はぁ、はぁ」


 呼吸の荒さが、俺にシーラの焦りを知らせる。


「シーラ、そんなに慌ててどうした?(笑」


 俺は努めて平静を装った。だが、軽く笑ってみせる声の奥には、自分でも押さえきれない喜びに似たものが湧いていた。


「どうしたじゃなくて⋯ はぁ、はぁ 通りの向こうからイチノス君が見えたから⋯ はぁ、はぁ」


 シーラは、息を整える間も惜しむように言った。その言葉に、俺の胸の内で渦巻いていたものが、少しずつ置き換わっていくのを感じる。


 先程まで中央公園を歩いていた時の、あの漠然としたモヤモヤも、こうしてシーラと顔を合わせるだけで薄れていく。まるで、絡まった糸がひとりでに解けていくように。


 そして、ここまで引き摺っていた心の中のモヤモヤとした気持ちは、得も知れぬ喜びに置き換わっていくのを強く感じた。


「イチノス君もレオナさんからの伝令を受け取ったの?」


 それなりに息を落ち着けたシーラの言葉に俺はやや驚いた。シーラはどうしてそう言ったのだろう。


『イチノス君も』――まるで俺がレオナさんからの手紙に動かされて、商工会ギルドへ訪れたことを知っているような口ぶりだ。


「そうだな、議事録の確認と⋯」

「やっぱり受け取ってたんだね。イチノス君は何か思ったんでしょ?」


 被せるように答えるシーラの言葉に俺は思わず息を呑んだ。シーラの踏み込みの鋭さに、少しだけ圧倒されそうになる。


「シーラ、ギルドの中で話さないか? ここでは人通りが多いだろ?(笑」


「そ、そうだね(笑」


 周囲を見て答えるシーラに、俺は少しだけ安堵の息を漏らす。

 先程から何人かの通行人がこちらを一瞥していたし、商工会ギルドに出入りする人々の全員が、俺とシーラを見ていたのだ。


 俺は静かにシーラの背を押すように、商工会ギルドへ足を踏み入れた。


 ◆


「シーラさんにイチノスさん、商工会ギルドへようこそ」


 商工会ギルドの窓口で、シーラはあえてナタリアさんの座る窓口を選んだ。


 窓口は二つ空いていたが、もう一つの窓口には顔に覚えの無いオバサン職員が座っていたため、シーラがナタリアさんの座る窓口を選んだのだ。


「もしかして議事録の確認ですか?」


「はい、さっそく伺いました」


 シーラにナタリアさんとの応対を任せると、ナタリアさんの方から会合議事録の確認かと口にしてきた。


 ナタリアさんはあの会合にも参加していたから、シーラの選択は妥当だと言えた。


「私も拝見しましたが、やはりレオナさんのような文官の方が作る議事録は違いますね」


 ナタリアさんはそう言いながら、微かに口許へ笑みを浮かべた。その笑みは朗らかで、いつもの丁寧な応対だと感じさせる。


 ふと、横に立つシーラの視線に気付く。

 問い質すには至らない、けれども確かめたい――そんな意思を潜ませた視線に思えた。


 ナタリアさんが口にした『レオナさん』の名が、俺たち二人の胸にくすぶる疑念を呼び起こしたことは明白だった。


「ナタリアさん、商談室をお借りできますか? まずはそこでシーラ魔導師と二人で議事録を確認したいのですが?」


 思い切ってナタリアさんに願い出る自分の声が、思いのほか静かな響きを帯びていることに、我ながら奇妙な感覚を覚える。


「そうですね。その方が手間が省けますね。直ぐにお持ちしますので、掲示板裏の商談室でお待ちいただけますか?」


 ナタリアさんはそれだけ告げると、迷いのない様子で席を立った。俺とシーラは、ナタリアさんが衝立の向こうへ消えるまでの一挙手一投足を見逃さぬよう目で追った。


「イチノス君、もう一通も受け取ってるんだよね?」


 何気ない調子で、けれども意図を隠そうともしない口振りで、シーラが問いかける。


「そうだな。シーラと同じだろうな」


「うん、それなら商談室で待とうか」


 再びシーラが俺を見る。その視線には、何かを促すような意思が込められていた。

 これは、俺に掲示板裏の商談室へ案内しろということだな(笑


 俺はシーラを連れて掲示板裏の商談室へ足を向けた。すると、後ろに着いてきたシーラが特設掲示板を眺め始めて、足を止めた。


 特設掲示板の脇におかれていた受付用の机も見つからず、当然のように担当として紹介されたナログさんの姿も見当たらない。


「シーラ、何か気になるのか?」


「ううん。やっぱり、氷室の件は公表資料には書かれてないね」


 改めてシーラに言われて俺も特設掲示板に貼り出されたウィリアム叔父さんの公表資料を眺めるが、確かにサカキシルでの氷室建設の話は何処にも記されていない。それにサカキシルでの氷室建設に関わる質問状らしき物も見当たらない。


 俺は一方的にサカキシルでの氷室建設は、西方再開発事業での一貫した話だと考えていた。


 むしろ、そう思い込んでいたことに気が付いた。


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