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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年6月10日(金)

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29-4「ロザンナの学びと新たな一歩」


「わかりました。実は、それなりに日記は書いていました。けれど、これからは、こうして学んだことを記録する日記を書いてみます!」


 どこか決意のこもったロザンナの言葉が作業場に拡がる。


 なるほどな。ロザンナはそれなりに日常に関する日記はつけていたに違いない。その内容が何であれ、今まではどこか曖昧な気持ちで書いていたのだろう。


 そんな日記に、これからは魔導師や魔道具師を目指す学びが加わり、その学びを記録する考えを持ってくれたようだ。


「そうだな。ロザンナなりに、いろいろと学んだこととか、それについて思ったこととか、考えたことを書き留めていくと良いだろうな」


「それでですね、イチノスさん」


「ん?」


 ロザンナは何か言いたそうに、少し戸惑った様子でこちらを見ている。その目には、何かを伝えたいという気持ちが込められているのを感じる。


「この紙を貰っても良いですか?」


 ロザンナは真剣な顔をして言った。俺はすぐに頷いた。


「おう、良いぞ」


「ありがとうございます」


 ロザンナの声が空気を震わせる。その声には、もう躊躇いがなかった。

 俺はその瞬間、自分が何かしらロザンナの助けになったような、そんな気分になった。


 ロザンナが、格子と数字が描かれた紙を手にして、指差しながら見詰め呟き始めた。ぶつぶつ⋯


 どこか自分の世界に入り始めたロザンナに、俺は何かを伝えるべきだろうか?


 いや、ここはもう1つの切っ掛けを与える方が良いだろう。


 俺は席を立ち、魔法円の下書きに使う白紙をもう1枚、棚から取り出した。

 それを作業机の上に置くと、ロザンナが期待を込めた顔付きを見せてきた。


「イチノスさん、これって⋯」


「いきなり、その格子だと難しいだろ? その新しい紙に今の自分が試したい、知りたい形の線を描いて魔素を流してみたらどうだ?」


「あ、ありがとうございます!」


 俺は喜びの声を上げたロザンナをぼんやりと見ていた。


 ロザンナの手に握られたペンの先端は、魔素インクに浸され、白い紙を前にして止まった。

 まるで、これから魔素を流す準備をしているのか、それともペンを走らせるのが先なのか、その判断を迷っているかのようだった。


 だが、やがてその迷いが解け、一本の線が白い紙の上に引かれた。


 俺はそんなロザンナを残して用を済ませるために席を立った。

 用を済ませて台所で手を洗い、二階の書斎に向かおうとしたとき、ふと作業場に残したロザンナに声をかけるべきだと思い立った。


「ロザンナ、俺は二階にいるから⋯」


 だが、ロザンナは何も聞こえていないようだ。

 ロザンナは白い紙に引かれた線をじっと見つめているだけだった。


 俺の声はロザンナに届いていないのか、それとも届いているのだが、今は答える必要すら感じていないのか?(笑


 いずれにせよ、ロザンナは動くことなく、ただその線を見詰めていた。


 ガタン カラン ガタン


 そのとき、店舗の方から聞き慣れない音が響いた。

 その音は、店の入口の扉を開けようとする者の手が、扉に掛けられた内鍵を無視している音だ。


 ふと顔を上げたロザンナと目が合った。


 『俺が出るよ』と呟き、作業場を抜けて店舗へ向かう。


 『閉店』の札の下がる入口の窓から覗くと、赤と白の縞模様がちらりと見えた。その派手なベストを着た者が、どうやら店の扉を開けようとしているらしい。


 カラン ガタン カラン


 店の扉を開けようとするその者の動きは、まるで諦めきれないようだ。


 店舗へ出て急いで内鍵を解いて開けると、そこで待っていたのは、商工会ギルドの伝令を持ってきたあの少年だった。


「おはようございま⋯ いや、こんにちはですね(笑」


「ククク そうだな(笑」


「イチノスさん、商工会ギルドのレオナさんからの伝令です」


「おう、ご苦労様」


「受け取り証にサインをお願いします」


 そう告げて、商工会ギルドの印が成された封筒を2通と、受け取り証を渡してきた。


 俺はそれらを受け取り、急ぎ受け取り証にサインをして返した。


「ありがとうございました」


 カランコロン


 素早い動きで、小走り気味に少年は店を出ていった。


 レオナさんからの伝令とは珍しいな、しかも2通とは。


 そんなことを思いながら、店の入口に改めて内鍵を掛け、『閉店』の札を直して作業場へ戻る。

 ロザンナの様子に目をやれば、新たに渡した紙には不思議な線が描かれていた。


 俺の視線に気付いて顔を上げたロザンナに声を掛ける。


「ロザンナ、俺は2階にいるから、何かあったら声をかけてくれ」


「はい、わかりました」


 そんなロザンナの返事を聴きながら、俺は2階の書斎へ向かった。


 魔法鍵をかけた扉を開け、書斎に足を踏み入れる。暗い部屋に灯をともすように、カーテンを引いて外からの日差しを引き寄せた。

 外光が部屋を満たすと、俺は窓を半分開ける。空気が一瞬止まったように感じたが、すぐに柔らかな初夏の風が流れ込み、書斎に新しい息吹を与えた。


 チュンチュン


 途端に、外から鳥の鳴き声が聞こえる。

 今日もやつらは元気だ。


 チュンチュン


 まるで新しい一日の始まりを告げるように。


 俺は書斎机の椅子に腰を下ろし、改めてレオナさんからの伝令の封筒を眺めて行く。


 その封筒の表面には『商工会ギルド担当レオナより相談役イチノス殿へ』と書かれているのだが、その隣に『1/2』と『2/2』とだけ記されているのが妙に気になった。


 封筒は、まるで何かを隠すように、無言で俺に語りかけてくる。


 なぜ、あえて2通に分けられているのか、その理由が思い浮かばない。手紙の中身に何か大きな意味でも隠されているのだろうか。


 そんなことを考えながら、俺は『1/2』と記された封筒を開け、手紙を取り出した。


 ──

 魔法技術支援相談役 イチノス殿


 商工会ギルド担当のレオナです。

 過日は、急な集まりとなりました第1回商工会ギルド・冒険者ギルド合同会議にご参加いただき、ありがとうございます。


 会合の議事録が準備できましたので、お手数ですが、商工会ギルドにてご確認を願います。

 ──


 なるほど、つまりは商工会ギルドへ出向けというわけか。


 思えば、あの会議の内容を書き記し、伝令に持たせて回覧するなど、あまりに不用心というものだ。


 何かあれば、商工会ギルドが責任を負うことになるだろうし、裏を返せば、俺を商工会ギルドへ呼び寄せる口実にもなる。


 俺は手にした手紙を指で弾きながら、しばしここ数日の予定を思い返す。


 来週の火曜日にはヘルヤさんが来店する予定がある。

 他に時間を取られそうなのは、古代遺跡から黒っぽい石の入った瓦礫を持ち帰った件に関し、フェリスが俺に課すと言っていた懲罰だろう。

 だが、未だフェリスからの使者は来ておらず、その懲罰の具体的な内容は不明だ。


 となれば、ここ数日は特に予定もないということになる。


 ならば、さっさと商工会ギルドへ赴き、議事録とやらを確認しておくとしよう。


 なに、行けばそれで済む話だ。少しばかり気乗りはしないが、あまり長く放っておくのも後々面倒になりそうだからな。


 そうしたことを思いながら、俺はもう一通の伝令の封筒を開いた。


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