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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年6月10日(金)

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29-3「魔素の流れと成長の記録」


 四本の横線が引かれた紙を見詰め、俺は静かに目を細めた。


 魔素インクの滲みも少なく、端正な筆跡は慎ましくも整然としている。それでいて、線の端に微かに震えが滲んでいた。


「良い出来だぞ、ロザンナ」


 俺は紙を手元へと引き寄せ、低く呟いた。


「もしかして、それに魔素を流すんですか?」


 ロザンナの声はどこか弾んでいた。どこか興奮に似たかげりを含んだ声に聞こえる。


「いや、もう少し描き足してからだな」


 ロザンナからペンを受け取ると、既に引かれた四本の線を使って俺は格子を描いていった。


 そして、わずかに力を抜きながら、俺は数字を書き足していく。


 ┏━━━┳━━━┳━━━┓

 ┃ 1 ┃ 2 ┃ 3 ┃

 ┣━━━╋━━━╋━━━┫

 ┃   ┃   ┃   ┃

 ┣━━━╋━━━╋━━━┫

 ┃   ┃   ┃   ┃

 ┗━━━┻━━━┻━━━┛


 ペンの先が紙を滑るたび、俺の記憶の引出しが開いて行く感じがする。数字が枠の中に定められるごとに、フェリスからの教えが甦って行くように思えた。


 その時、それまで俺の向かい側に座っていたロザンナの気配が変わったのがわかった。彼女は俺の手元を見つめ、目を細めていた。


「どうした、ロザンナ?」


「いいえ、その枠線に魔素を流すのかなと思って⋯」


 彼女の声には、この先に待っていることへの期待が混じっていた。

 俺は沈黙し、描かれた数字を見つめる。まるで、最初からそこに在るべきものが、定められた位置に収まったかのように。


「イチノスさん、もしかして次の段には4、5、6で良いんですか?」


 ロザンナの問いかけに、俺は頷いた。


「そうだな(笑」


 自分で描きたがる素振りを見せるロザンナにペンと紙を渡すと、彼女は何の躊躇いもなく4から9までの数字を書き足した。

 その筆跡は、まるで己の思索を紙面に刻みつけるかのように、微かに躍動している。


「これで魔素を流すんですか?」


 数字を書き終えたロザンナの眼差しにはわずかな昂揚こうようが混じっていたが、俺は首を振る。


「いや、その前にペンを洗って来てくれるか?」


「?!」


 ロザンナの視線が、手元のペン先に吸い寄せられる。


「インクが固まっていたらペン先に更に魔素を流してくれ。そうすると更に固まってポロポロと剥がせるから」


 ロザンナは瞬きひとつし、次の瞬間には力強く頷いて席を立っていた。


「わかりました!」


 彼女の声が弾ける。彼女はペンを片手に迷いなく台所へ向かっていく。

 その後ろ姿を見送った俺は数字の連なりを改めて眺めた。


 作業場に残った俺は、ロザンナが丁寧に魔素を流して描いたのを感じながら、幼い頃のフェリスからの教えを思い出す。


 これを使って、魔素を見えることや、自在に魔素を流す練習をしたんだよな⋯


 あの時は、フェリスに褒められるのが嬉しくて、一所懸命だったな(笑


 魔素の扱いの練習、魔石への魔素充填、そして魔素を見るための訓練まで⋯


 思い返せば、フェリスからの教えは、時には軽い魔力切れを起こすほど厳しい訓練であり、教育方法だった。


 さすがに俺は、ロザンナとサノスに同じような厳しさで教えることはできない。


 あの時の俺は、フェリスさんに認めて貰えるのが喜びだった。

 けれども、サノスとロザンナにはもっと自分が出来ることの楽しさを感じてもらいながら覚えて行く方法にしないとな⋯


「イチノスさん、洗いました~」


 そんな声と共に、ペンを片手にロザンナが作業場へ戻ってきた。


 バタバタとしながら、自分の席に座ったロザンナが、格子と数字の描かれた紙を見詰めてくる。


 エプロンで手を拭うロザンナの両手は、今にも魔素の通りを確認する手付きに思えた。


「ロザンナ、次は、この線の全てに魔素が通るか確認してくれるか? 枠の中に描いた数字は確認しなくてよいからな」


「はい!」


 元気に答えたロザンナが、格子と数字の描かれた紙を手元に引き寄せ、直ぐに魔素を流し始める。


 そんなロザンナを、俺は暫く眺めた。


 ロザンナの魔素の通りを確認する指先の動きは、こうして改めて眺めるとやはり丁寧で確実さを感じる。


 そしてロザンナが洗い終えたペン先へ目を移せば、棚から取り出した時の汚れが嘘のように綺麗に落とされている。


 この目の前の小さなペン先の状態からも、ロザンナがどれほど真剣に取り組んでいるか、否応なく伝わってくる。


 こんなにも手際よく、黙々と作業をこなすロザンナの姿を見て、俺はふと考えてしまう。


 今のロザンナなら、俺が教えたことをきっとすぐに吸収していくんだろう。


 まるで乾いた土が水を吸うように、急速にその知識が体内に染み込んでいくのだろう。


 そんな予感が、俺の胸を無意識に高鳴らせる。


 ロザンナが一生懸命に魔素の通りを確認する姿を見ていると、なぜか自分の手がそわそわしてきた。


 こうして真面目に物事に取り組んでいるロザンナを見ていると、自分がどこかで見失っていた『真摯さ』みたいなものを再認識させられるような気がしてならなかった。


「ふぅ~ イチノスさん、大丈夫です。この紙に描かれた線の全てがきちんと繋がっていますし、どの線も魔素が通ります」


 一息入れつつ、ロザンナが俺の顔を見ながら告げてきた。


「どうだった? この紙に描いた線に魔素を流している時に、魔素は見えたか?」


「えぇ。まだハッキリとは見えませんが、この紙に描かれている線の全てに魔素が流れて行くのが、それなりに見えました」


「そうか。じゃあ、今度は1の数字が描かれたこの角から魔素を流してくれるか?」


 そう告げて、俺は数字の1を囲う格子の角を指差す。


 ○━━━┳━━━

 ┃ 1 ┃ 2 

 ┣━━━╋━━━

 ┃ 4 ┃


 ロザンナの視線が、俺の指差す先へ向いたところで、言葉を続ける。


「ロザンナは、ここから流した魔素がどう流れて行くかわかるか?」


「横に流れて2の方に行くのと、縦の線に従って4に流れて⋯」


 そこで、ロザンナの言葉が小さくなった。


「こっちへ進んだ魔素が、1と2の間の線にも流れると思うんですけど⋯ それと同じ様に1と4の間にも流れる⋯ で、あってますか?」


「ロザンナ、それが湯沸かしで魔素が見えなかった種明かしだな」


「??」


 疑問符を頭に浮かべたロザンナが俺を見てくる。


「今のロザンナは、自分の思ったところに流れる魔素は見えるけれど、どこに流れるかハッキリとわからない魔素は思うように見えないんだよ」


「イチノスさん、それって⋯」


 続きを問い掛けようとするロザンナを俺は手で制した。


「ロザンナ、俺はロザンナがどんな風に魔素を見えるようになりたいかまでは、知ることが出来ない」


「!!」


「今日は今のロザンナが、『どれだけ魔素が見えるかを調べた』にとどめめないか?」


「⋯⋯」


「俺としては、そんなに急いで魔素が見えるようになるより、『自分が段々と魔素を見えるようになる』、そんな自分を観察するのを勧めたいんだよ」


「観察するんですか? それって、自分を観察するんですか?」


「そうだな。ロザンナは日記を書いてるか?」


「⋯⋯」


 ロザンナが俺から目線を反らし、どこか何かを思い出すように目を動かす。


「それなら書いてみると良いぞ。自分がどれだけ成長しているか、何を学んでどう感じたか、それをどう覚えたか、そうした事を書き残して自分で読み返すんだよ」


「それなんですが、実はセンパイからも似た話をされたんです⋯」


 ククク そうか、サノスは俺からの助言を実行していたんだな(笑


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