28-11「ギルド窓口と静かな夕暮れ」
「イチノスさん、冒険者ギルドへようこそ」
幾分混雑しているギルド窓口の並びで、空いている方の窓口を選んだら、対応してくれたのはタチアナさんだった。
今日のこの時間、冒険者ギルドの窓口は2つだけ開いており、タチアナさんとオバサン職員が座っていた。
「なぁ、頼むから、もう少し出してくれよぉ~」
「ダメよ奥さんから止められてるでしょ? 今どうしてもお金が欲しいなら奥さん連れてきなさい。は~い、次の人~」
隣の窓口では、オバサン職員が淡々と冒険者へ対応している。
どうやら、報酬の支払いでオバサン職員と冒険者の間に若干の駆け引きが生じているようだ。
「イチノスさん、今日のご用件は何ですか?」
タチアナさんの問い掛けで、余所見をしていた俺は自分の用件に引き戻された。
「あぁ、すいません。手紙を出したいんです」
「手紙? 伝令の扱いでよろしいですか?」
「はい、それでお願いします」
そう答えたタチアナさんの視線が、壁に掛かった時計へ行き、予想通りの答えが返って来た。
「すでに6時を過ぎてますし、まもなく日没ですから、明日の発送になりますよ。それでもよろしいですか?」
「はい、構いません」
俺はカバンから封蝋のなされた封筒の束を取り出し、受付カウンターに広げて、1通ずつ宛先を伝えて行く。
「まず、これはドワーフのヘルヤさんですね」
タチアナさんは空の書類箱を取り出し、俺が差し出した封筒に記された宛先を確認して頷くと、静かにその中へ収めていく。
「次に、これが獣人で文官のカミラさんとレオナさん宛です」
「あの文官のカミラさんとレオナさんですか?」
タチアナさんはそう口にしながら封筒に記された宛先を確認し、思わぬことを口にしてきた。
「イチノスさん、先程も申し上げましたが、どれも明日の発送で問題無いですか?」
「ん?」
「冒険者ギルド担当のカミラさんは、まだ2階にいらっしゃると思うんで、今日中にお渡しできると思うんですが、伝令で出した方が良いんですよね?」
あぁ、これは
・ギルド内でカミラさんに直接渡さず
・見習いの伝令仕事にしたい
そんなタチアナさんの思いがこもった応対なんだろう。
「問題ありません。その付近はタチアナさんにお任せします。むしろギルドで発送を受けてくれれば、私としては十分ですよ」
俺がそう答えると、タチアナさんはオバサン職員と目線を合わせ、互いに頷いた。
途端に、タチアナさんが受付カウンターへ出した全ての封筒をさらうように、まとめて手元に引き寄せ、数え始めた。
「1、2、3⋯」
タチアナさんは淡々と宛先を確かめながら封筒を数えていく。
「全部で6通ですね。宛先は封筒に書かれている方々でよろしいですか?」
「えぇ、お願いできますか?」
「一応、宛先を確認させていただきますね」
そう告げると、タチアナさんは封筒を入れた書類箱を受付カウンターへ置いて仕分けを始めた。
「明日の発送ですから、カミラさんとレオナさんは、各ギルドが良さそうですね?」
「はぁ⋯」
「彫金師のヘルヤさんも、商工会ギルドかなぁ⋯」
そんな事を呟きながら、タチアナさんは受付カウンターの中から取り出した書類へ、記入を済ませて行く。
「エルミアさん、コンラッドさん、フェリス様。この3通は、領主別邸ですね?」
「⋯⋯」
「全部で6通ですね?」
「はい、6通ですね」
そう応じながらも、俺はタチアナさんの知識と判断に、ある思いを抱いた。
タチアナさんは、リアルデイルの街に住む人々の関係性について、かなり詳しいのではなかろうか?
封筒に記されたエルミアやコンラッドの名から、即時に『領主別邸』を連想している。
これは、俺と母の関係性を知った上で、『エルミア』や『コンラッド』の名から、領主別邸を連想しているのだろう。
このリアルデイルの街に、『エルミア』や『コンラッド』と同名の人物が何名いるかを、俺は知らないが、タチアナさんは見事なまでに言い当てているのだ。
その付近は、俺が気にしても意味ないことだな(笑
「はい、それでお願いできますか?」
「お支払いは、預かりからでよろしいですか?」
「はい、それでお願いします」
そう答えると、タチアナさんがそれまで記入していた書類に笑顔を添えて差し出してきた。
「では、これでイチノスさんの伝令依頼を受け付けました」
タチアナさんの笑顔に俺は何を答えれば良いのかと迷っていると、ニコラスさんが俺に会釈をしながら隣の窓口へ座った。
すると、オバサン職員の声が響いた。
「は~い、ここからは日没が期限の護衛依頼を先に受け付けるわよ~」
どうやら外では日が落ちたらしく、護衛依頼の終了報告を優先する体制に切り替わったようだ。
途端にオバサン職員の前に並んでいた連中が、俺の後ろやニコラスさんの窓口へ移動し始める。
俺はタチアナさんの差し出した伝令依頼の受付証を手にして、受付カウンターを後にした。
ギルドを出ると、空はどこか冴えた灰色に変わり、薄紅の雲がかすかにその中に浮かんでいた。
日が沈み、日中の喧騒も明らかに薄れ、ただ涼しい風が耳に触れるばかりだ。
街兵士のまだ立っていないガス灯で曲がり、風呂屋へ向かうと、窓越しにちらりと灯りが見え、家々の内部がひっそりと静まっているのが分かった。
道端の植木鉢に咲く草花は、何のためらいもなくその影を落とし、日の光の最後のひとしずくを吸い込むように、ただ静かに存在していた。
俺の影も風呂屋へ誘うように伸びているのが、どこか楽しく思える。
風呂屋の入り口に立てば、温かな湯の香りと相変わらずの『蒸し風呂故障中』の貼り紙へ目が行く。
そんな風呂屋の扉を開けると、カウンターにいつものように女将さんが座っており、俺を見るなり顔をほころばせてくれた。
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王国歴622年6月9日(木)はこれで終わりです。申し訳ありませんが、ここで一旦書き溜めに入ります。書き溜めが終わり次第、投稿します。
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