28-9「魔法の教本とイルデパンへの手紙」
カランコロン
リザードマン=リュウジン種族の紹介をイルデパンへ願う手紙を記そうと店へ戻ったが、そこはいつもの俺の店とは思えない光景だった。
サノスとロザンナが、開け放たれた木箱の脇に座り込み、魔法学校時代の教本に心を奪われていたのだ。
二人とも一心不乱に教本を読むその姿は、どこか異様に思えた。
店の入口に着けた鐘の音に気が付かず、手にした教本から目を離さない。
俺が入って来たことにも気付いていないのだろう。
「すまんが通るぞ」
「えっ?!」
「はい?!」
俺の投げかけに、二人がようやく顔を上げて俺を見てきた。
だが手にした教本を閉じる様子もなく、開いた教本から手を離さず、この後も続けて読もうとしている手付きだ。
俺はそんな二人の脇を通り、作業場へ向かうと、作業机の上には先程まで抹茶を点てるのに使った茶道具だけが残されていた。
茶道具の手入れをしながら片付けたところで、店舗で教本に心を奪われている二人に声をかける。
「俺は2階にいるから、何かあったら呼んでくれ」
「「⋯⋯⋯」」
返事がない。
「サノス、ロザンナ」
「「はい?!」」
「教本は逃げないぞ」
「「えっ?!」」
「今日の仕事が止まるようなら、禁止するぞ(笑」
「あっ!!」
「はい、直ぐ止めます!!」
二人はようやく手にした教本を閉じた。
「俺は2階にいるから、何かあったら呼んでくれ」
再びそう告げて、俺は2階の寝室へ向かった。
2階の寝室で茶道具を元の位置に戻し、書斎へ向かいながら、イルデパンにリザードマン=リュウジン種族の紹介を願う文面を考えた。
ガタガタ バタバタ
ゴトゴト バタバタ
書斎の椅子へ腰を降ろしたところで、階下からせわしない足音が聞こえる。
足音の感じから、サノスとロザンナが店舗と作業場を行き来しているのがわかる。
どうやら二人は木箱から教本を取り出して、作業場へと運び込んでいるようだ。
魔法学校時代の教本をどうするかは、二人に任せたのだから、暫くは静観だな。
それにしても、サノスとロザンナがあれほどに魔法学校の教本にのめり込むとは思わなかった。
まあ、それだけ二人が『魔法』に興味があるのだろう。
二人がどんな教本に心を奪われたかは、後で聞いてみよう。
そんなことを思いながら、メモ用紙にイルデパンへの手紙に記すべき事項を整理して行く。
■イルデパンへの手紙
まずは俺がリザードマン=リュウジン種族に関する情報を得たい気持ちを記し、そこには『リザードマンの魔石』の調査を行いたいことを記していく。
次に騎士学校にリザードマン=リュウジンの教官がおり、その教官とイルデパンが師弟関係にあると伺った話を添える。
そこで『リザードマン=リュウジン種族の勇者』について、記すかどうかで迷った。
何度も文章を考えたが、そこまでイルデパンへの手紙で記すのは少し違う気がして、書かないことにした。
まずはリザードマン=リュウジン種族を紹介してもらうことに軸を置くべきだと考え直したのだ。
最後は、騎士学校に勤めるリュウジンの教官への紹介を願う言葉で締め括ろう。
◆
ふぅ~。洗い出した記載事項を元に、イルデパンへの手紙を書き終え、一息つく。
イルデパンへの手紙を届けるのはロザンナに頼むとすれば、やはりローズマリー先生にも手紙を書いた方が良い気がしてきた。
ローズマリー先生からの手紙を改めて読み直し、返事を考えようとしたところで、強い尿意に襲われた。
急いで書斎を出て階下へ降りて行き、尿意を済ませ手を洗うために台所へ行こうとして、作業場から物音がしないのが気になった。
サノスとロザンナが『魔法円』の作業に集中しているのだろうと思い、作業場を覗くと、作業机の上には木箱から出した教本が積み上がり、二人は読書中だった。
どうやら『魔法円』の作業よりも、教本の方が二人の興味を引いてしまったようだ。
「サノスは何を読んでるんだ?」
「あっ! すいません」
サノスが慌てて閉じた教本の表紙を見れば、『魔素充填の基礎』と記されている。
パタン
ん?
俺とサノスの会話に気が付いたのか、ロザンナも慌てて教本を閉じた。
その表紙には『魔素を見るために』と記されている。
ククク どうやら二人とも、今の自分自身が求める事への教本を探し当てたようだ。
俺は自分の席に座り、改めて二人へ話しかけた。
「サノスにロザンナ」
「「はい!!」」
「さっきも言ったが、教本は逃げないぞ」
「「は、はい」」
「それと、以前にも伝えたが、せめて一つ達成してから、新しいことに挑んだらどうだ?」
「「はい⋯」」
「今日は、この教本をそこの棚へ納めるだけにして『魔法円』の作業に戻ってくれると、俺としてはありがたいんだが?」
すると、椅子に座り直したサノスが手を上げて聞いてきた。
「師匠、この本を借りて家で読むのは良いんですよね?」
「イチノスさん、私もこの本を貸して欲しいです」
ロザンナも勢い良く手を上げて聞いてきた。
俺としては、そんなにのめり込む教本でもないと思うのだが、今の二人の興味とやる気を削ぐのは、正解ではないな。
「まずは、この机の上に置かれた全ての教本を、そこの書棚へ納めてくれ。そして、それぞれの『魔法円』の作業に戻ろう。そうすれば、手にした本を貸し出すのは問題ないぞ」
「「はい、直ぐにやります」」
そう答えた途端に、二人は席を立ち、書棚の整理を始めてしまった。
「この量なら全部入るよね?」
「はい、多分、大丈夫です」
ロザンナが答え、サノスは棚の整理を続ける。
そういえば、書籍の管理はロザンナに任せるんだったな。
「ロザンナ、手が空いた時でいいから、教本の管理方法を考えてくれよ」
「はい、任せてください」
うん。ロザンナの顔には、かなりのやる気を感じるな。
二人の様子を眺めながら、俺は店舗へ向かい、店の封筒を10枚ほど手にした。
そこで目が留まったのは、店舗に運び込まれた木箱だった。
4個の木箱のうち、2つは開けられ中身が全て出されているが、残る2つは蓋がされたままだ。
これは暫くは、二人は教本に意識が向いてしまいそうだな。
そんなことを思いながら、俺は2階の書斎へ戻った。
書斎机に向かい、ここまで書き上げた手紙を改めて見直す。
1.エルミアへの手紙(人間種族)
2.コンラッドへの手紙(人間種族)
3.ヘルヤさんへの手紙(ドワーフ種族)
4.カミラさんへの手紙(獣人種族)
5.レオナさんへの手紙(獣人種族)
6.イルデパンへの手紙(リザードマン種族)
この後はローズマリー先生への手紙を書き、最後に母への手紙で全部で8通だな。
そう思った時、書斎に西陽が射し込んでいるのを感じた。
時計へ目をやれば、既に4時を回っている。
冒険者ギルドで手紙を出せるのは、日が落ちるまでだ。
この季節なら日が沈むのは6時過ぎだ。
これなら、なんとか今日中に全ての手紙を書き上げるのが可能な気がしてきた。
全てを書き上げて、冒険者ギルドで書き上げた手紙の発送を依頼して、その後は風呂屋へ行って大衆食堂でエールだな。




