28-6「魔法の鍵と二人の成長」
3人で昼食を終え、淹れ直した紅茶やお茶を楽しんでいると、急にロザンナが明日の休みについて確認してきた。
「イチノスさん、明日はお店をお休みにするんですよね?」
「ああ、そうだな。明日は10日だから、店は休みの予定だな。ロザンナは⋯」
「お休みでも、店に来ても良いんですよね?」
俺の言葉を遮るように告げてきたロザンナが、チラリとサノスへ目線を送った。
「別に問題はないが、サノスも一緒に来るのか?」
「はい、私は昼過ぎからだと思います」
「二人とも前にも話したと思うが、店が休みの時に来ても日当は出ないぞ(笑」
「「それは、気にしてません!」」
二人の返事とロザンナの先ほどまでの様子から、『魔法円』を描く作業の続きをやりたい気持ちが伝わってくる気がした。
ロザンナは先輩であるサノスと共に休みの店へ来て、今担当している『魔法円』の作業を続けたいと訴えているのだろう。
「それで、イチノスさんにお願いがあるんです」
「お願い?」
「師匠、店の入口の魔法鍵の開け方をロザンナに教えても良いですか? 明日は、店へ来るのがロザンナの方が早い可能性があるんです」
あぁ、そうしたお願いか⋯
割り込むように告げてきたサノスの言葉に、もっともだと思い直した。
「言われてみれば、まだロザンナに店の魔法鍵の扱いを教えてないよな?」
「そうです。私からロザンナに教えても良いですか?」
「そうだな。むしろ、頼めるか?」
「はい、任せてください。ロザンナ、洗い物を済ませたら店の鍵の使い方を教えるからね」
「はい。お願いします」
そんな会話を交わしながら食後のお茶を飲み終えた俺は、二人に後を託し、再び2階の書斎へと足を運んだ。
◆
昼過ぎの窓を閉めた書斎は、妙に静けさを感じる。
階下のサノスとロザンナの足音や、二人が交わす言葉が時折聞こえるが、耳障りな感じはしない。
ロザンナが店に来るようになって2週間ぐらいだよな?
考えてみれば、この2週間でロザンナは随分と店番に慣れて来た感じだ。
初等教室の先輩だったサノスがいることで慣れやすかったのだろうが、店に関わることを覚えるのが随分と早い気がする。
それにしても、店の入口の魔法鍵をまだ教えていなかったのは、少しだけロザンナに申し訳ない気がしてきた。
俺としては今月末ぐらいで問題ないだろうと考えていたが、今の状況ならば、店に関しての知識はサノスと同じようにロザンナに伝えておいても問題は無い気がしてきた。
ふと、サノスを雇い入れた時の事を思い出す。
2月の頭に店を開いた際、店を訪れたサノスは、俺が魔導師であることに目を輝かせていた。
そして、店に置いていた魔石を見せれば釘付けになっていたのが懐かしい感じもする。
その後にサノスを店番で雇って、店の入口の魔法鍵の扱いを教えたのは、月末のポーション作りの時だったな。
こうやって思い出してみれば、サノスも物覚えは早かった。
すぐに店での接客を覚えて⋯
そうか、あの時に店に来ていた客層は、開店前の目論み通りに冒険者が多かった。
そして、その冒険者のほぼ全員がサノスと顔見知りだった。
まあ、大衆食堂で働いていたサノスにしてみれば、店に来る冒険者のお客さん、その全てが顔見知りだったということだな。
一方のロザンナは、サノスほど冒険者達との深い関わりは持っていないはずだが⋯
いや、あり得るな。
ロザンナは冒険者見習いとして薬草採取に励んでいたはずだから、それなりに先輩冒険者達との繋がりがあってもおかしくはないだろう。
それに、ローズマリー先生に治療を受けた冒険者も少なくないはずだ。
そうした両面から、ロザンナが冒険者達と繋がりを持っている可能性もある気がする。
そういえば、ロザンナの冒険者登録の保証人は誰になっているんだ?
サノスの場合は、父親のワイアットと母親のオリビアさん、それに大衆食堂の婆さんだったよな?
ロザンナは、イルデパンに、ローズマリー先生、それにもう一人は⋯
まさかだが、イルデパンの繋がりから、東町街兵士副長のパトリシアさんや、街兵士長官のアナキンが保証人になっている可能性があるぞ。
(カランコロン)
(ここをね*******)
そこまで考えたところで、店の入口に取り付けた鐘の音が聞こえ、続いてサノスの声が耳に届いた。
さっそく、サノスがロザンナに魔法鍵について教えているのだろう。
ん? 待てよ?
ロザンナは、店にいるときには貸し出した魔石を身につけているが、店を出て家に帰るときには外しているんだよな?
となると、明日、店の入口の魔法鍵に魔素を流すために、ロザンナは体内魔素を使うことになるのか?
うーん。
まあ、そのことは二人が気づくまで置いておこう。
もしロザンナがそのことに気づいたら、貸し出した魔石を店の外で身につける事になるのだろうが、まあ、問題ないだろう。
この件は、二人が帰るときにでも伝えれば済むな。
さあ、昼前の続きで手紙を書く作業に戻ろう。
そう考え直した俺は、昼食前にヘルヤさんへ宛てて書いた手紙を読み返した。
■カミラさんとレオナさんへの手紙
そしてカミラさんとレオナさんへの手紙を書く前に、念のため『魔石指南書』の『獣人の魔石』の頁を読み直した。
この古びた本に従うことが正しいとは限らないが、今は参考にするべきだろう。
昼食前に記したヘルヤさん宛ての文面を眺めながら、『獣人の魔石』に関する問い掛けを盛り込んだ文面を作り上げて行く。
後半には、『獣人の勇者』について調べていることも書き加えた。
そして最後には、『獣人の魔石』と『獣人の勇者』の二つについて話を聞かせてもらう時間をお願いする形で締め括った。
書き上げた手紙を何度も読み返し、これなら俺の興味が『獣人の魔石』と『獣人の勇者』に限られているように伝わるだろうと自分を納得させた。
そして、ヘルヤさん宛ての手紙と同様に、『獣人の勇者の魔石』には考えが及ばないように文面を慎重に調整した。
この手紙を書き上げるまでに、書き損じた便箋がいくつも積み重なっていった。
■シーラへの手紙
続いてはシーラへの手紙だな。
魔法学校時代に俺が得れなかったリザードマンとの交流の有り無しを、シーラに問い掛けて⋯
さっきはここまで考えて、騎士学校へリザードマンが入学している可能性に思い至り、店の向かいの交番所に立つ女性街兵士やイルデパン、そしてローズマリー先生へと考えが広がったんだよな?
改めてメモ書きを見直して、今の自分の考えを再整理する。
俺が欲しいのは、リザードマン種族との接点であり、接点を通しての『リザードマンの勇者』に関する知識だよな。
シーラに問い掛けるのは、魔法学校で机を並べて一緒に学んだあのリザードマンと今でも交流があるか、またはシーラには交流のあるリザードマンの知り合いがいるか、だよな。
う~ん。そうした問い掛けをシーラ宛てにするのが正解なのだろうか?
この強い違和感は何だろう?
俺は、これまで記したヘルヤさんへの手紙と、カミラさんとレオナさんへの手紙に手を伸ばした。
そうか。
ドワーフ種族であるヘルヤさんには、『ドワーフの魔石』と『ドワーフの勇者』について問い掛けている。
獣人種族であるカミラさんとレオナさんには、『獣人の魔石』と『獣人の勇者』について問い掛けている。
いわば、己の種族における『魔石』と『勇者』について問い掛けているのだ。
そうか! シーラに宛てて記そうとする手紙では、問い掛けの形が変わるんだ。
自分の種族に関わる問い掛けではなく、他の種族――リザードマン種族の知り合いがいるか、『リザードマンの魔石』や『リザードマンの勇者』について語れるリザードマン種族の知り合いがいるか、と。
う~ん、これは今までと似た感じの文面は使えず、新たに組み立て直す必要がありそうだ。
残るはリザードマンとエルフだよな。
エルフについては、エルフ種族である母に問い掛けるから、先に記したヘルヤさんやカミラさんとレオナさんへの手紙を参考に出来る。
けれども、リザードマンについては直接リザードマン種族へ問い掛けるわけでは無いから、俺の意図が伝わるように、調整し直す必要があるぞ。




