28-5「師弟たちの穏やかな昼下がり」
「じゃあ、いってきま~す!」
サノスの声が作業場に響く。
買い物カゴを片手に、軽快な足取りで店舗へ向かうサノスの姿を、俺は自分の席に座って見送った。
「サノス、転ぶなよ(笑」
俺がそう軽く声をかけると、サノスは振り返ることなく、手をひらひらと振り返して応えた。
「いってらっしゃーい!」
ロザンナの明るい声が続き、それに答えて『は~い』と答えるサノスの声が聞こえた。
カランコロン
店のドアが開く鐘の音が鳴り、その音を合図に、サノスの見送りを終えたロザンナが作業場へ戻ってきた。
「イチノスさん、作業を続けて良いですか?」
「おう、気にしないで作業に戻ってくれ」
ロザンナは俺の返事を聞くなり椅子に座り直し、自身が取り組んでいる『水出しの魔法円』をじっと見つめた。その眼差しは真剣そのものだ。
やがて彼女は軽く深呼吸をしてから、胸元に両手を添える。
集中しているなと思った瞬間、ロザンナは両手の人差し指を『魔法円』の一部にそっと当てると、魔素を流し始めた。
『ウンウン』と何かを確認するように頷き、左手の人差し指を右手の人差し指に重ねたかと思えば、次の瞬間には右手の人差し指を別の場所へと動かす。
まるで精密な機械のように、無駄のない動きだ。
このロザンナの指の動きと魔素を流す行為は、描かれた『魔法円』にきちんと魔素が流れるかを確かめる方法だ。
彼女の場合は右手の人差し指から魔素を流し、それを左手の人差し指で受け止めている。
魔法学校でも教えている方法で、描いた『魔法円』の線が途切れることなく全てが繋がっているかを確かめて行く方法だ。
この方法を魔法学校の教師から指導されて『魔法円』を確かめていた連中は、軒並み魔素がまだ十分に見えていない連中だとわかったのは、懐かしい話だな。
まだ魔素がハッキリと見えなくとも、こうして片方の指先で魔素を流し、それをもう片方の指先で受け止めれば、『魔法円』を描いた線が全て繋がっているかを確かめられる。
多分だが、ロザンナは先生かサノスからこの方法を学んだのだろう。
その後もロザンナは『魔法円』の上で指を動かしては魔素を流して行く。
これなら、俺から何かを告げる必要はなさそうだ。
既にこの方法をロザンナが学んでいるなら、一人で十分にやれるだろう。
そう確信した俺は、邪魔をしないようにそっと席を立った。
集中しているロザンナの邪魔にならぬよう、椅子を引く音や足音を立てず、慎重に作業場を後にし、用を済ませて2階の書斎へ向かった。
■エルミアとコンラッドへの手紙
2階の書斎へ戻った俺は、先生を習って先ほどメモへ書き出した方々に手紙を書いていった。
まずはエルミアに王家と血の繋がりのある人物、俺に紹介できそうな人物を教えて欲しいことを記した。
エルミアへの手紙を書きながら少し片手落ちな感じがして、コンラッドにも類似の内容で手紙を書いた。
■ヘルヤさんへの手紙
続いてヘルヤさんへの手紙を書く前に、『魔石指南書』の『ドワーフの魔石』のページを読み直した。
手紙の書き出しは、十四日の火曜日の来店の件を記し、それに添えるように来店した際に『ドワーフの魔石』について話を聞かせて欲しい旨を記した。
そして最後に『ドワーフの勇者』について話を聞かせて欲しい件も書き添えてみた。
書き上げた手紙を数回読み直し、この文面ならば俺が『ドワーフの魔石』に興味を持っているが、『ドワーフの勇者の魔石』までは目を向けていないように受け取ってもらえそうだと勝手に納得した。
(カランコロン)
(は~い、いらっしゃいませ~)
店のドアにつけた鐘の音に続いて、ロザンナの条件反射の声がする。
(ロザンナ、ただいま~)
(お帰りなさ~い)
どうやら、お使いに出ていたサノスが戻って来たようだ。
階下のガタガタバタバタとした足音を聞きながら、時計へ目をやれば、12時を指していた。
あらためて書斎机の上を整理し、開けていた窓を閉めていると、俺を呼ぶサノスの声が聞こえた。
「ししょ~、お昼御飯で~す」
「わかった~」
そう答えて階下へ降りて作業場へ行くと、作業机の上は綺麗に片付き、カットされてシチュー皿に乗せられたバゲットサンドと紅茶が待っていた。
◆
「イチノスさん、お昼御飯をありがとうございます」
「師匠、ありがとうございます」
「おう、買いに行かせて手間になったな」
いつもの自分の席に座ると、二人が礼を告げてきた。
「私もロザンナも、お昼を忘れたんで助かりました」
「うんうん」
二人の話を聞きながら、先ほどのロザンナがやっていた方法を確かめておく。
「そうだ、サノスがロザンナに教えたのか?」
「「???」」
二人の顔に疑問浮かんでしまった。
ちょっと言葉が足りなかったな(笑
「サノスが出ている間に、ロザンナが『魔法円』の魔素の通りを確認してたんだ」
「あれは祖母に教えてもらって、センパイからも教えてもらいました」
「うんうん」
「そうか、なかなかロザンナは器用にやってたな」
「そうですか?(笑」
ロザンナが嬉しそうに答え、その隣で頷いていたサノスは何処か誇らしげな顔だ。
そんなサノスとロザンナ、そして俺の3人でバゲットサンドの昼食を摂っていると、急にサノスが聞いてきた。
「師匠はこの後、出掛ける予定があるんですか?」
「いや、特には無いが、夕方には伝令を出すために冒険者ギルドへ行くと思う。何かあるのか?」
「いえ、何もないです。師匠が店にいるのが久しぶりだな~と思ったんです(笑」
「そうか? ポーションを作ってた時は店にいただろ(笑」
するとサノスが軽く身を乗り出してきた。
「師匠、ポーション作ってる時はダメダメじゃないですか?」
待て待て。ダメダメってなんだよ。
まあ、睡眠不足で使いものにならなくなるのはわかるが⋯
「確かに、このところ店に居ないのは認めるよ(笑」
「そうですよ。ほぼ毎日、店に不在ですよ」
「うんうん」
「サノスの言うとおりだな。二人に任せっきりですまんな」
ここまで言われるとは⋯
サノスもロザンナも、俺が出掛けていることが寂しいのだろうか?
まあ、そんなことはあり得ないだろう。
自惚れもホドホドにするべきだな。
ここで何かを口にして雲行きが怪しくなる前に、話題を変えよう。
「そうだ、二人は『カフェ』を知ってるか?」
「「カフェ??」」
「昨日、領主別邸へ行く途中で、『カフェ』の看板を出した店を見つけたんだよ」
「師匠、その『カフェ』って、何ですか?」
「王都で流行っている店だな。紅茶や珈琲を出してくれる店だよ」
「紅茶や珈琲ですか?」
「どんな店なんですか? ギルドの手前にあるような感じの店ですか?」
そう問い掛けるサノスが言わんとしているのは、雑貨屋の隣で元魔道具屋の主が捕まった時に、気が動転したシスターが休んだ店のことだろう。
「いや、あのギルドの手前の歩道にテーブルや椅子を出してる店とは違うな。もっと落ち着いた感じで、高級な感じの店なんだよ。こう、開けた庭園に、白木のテーブルと椅子が綺麗に並んでて、大きめの日除けがかかっていて⋯」
それから俺は、昨日の貴族街の手前で見つけた『カフェ』の話を二人に聞かせて行った。
サノスもロザンナも、俺の話す『カフェ』に興味を持った感じで、最後には二人に願われて地図までも書いてしまった。




