28-4「エルフの長と勇者の謎」
最後にエルフだが⋯
■エルフ種族
─勇者の定義
→母からエルフの勇者の話を聞く
これは『エルフの長の娘』と呼ばれる、母から聞き出すのが一番だろう。
長年、母に付き添ってきたエルミアやコンラッドから聞く手もあるが、エルフ種族である母から直接聞き出すのが最善の方法だろう。
それにしても、そもそも『エルフの長』とは、何なんだ?
その答えを俺は未だに得ていない。
母や父、そしてコンラッドやエルミアから、母は『エルフの長の娘』だと幼い頃に聞かされた。
俺の知る限り、エルフ種族はこの王国のように国王君主制ではなく、共和制の国家を敷いているはずだ。
しかし、その国家機能における『長』の位置付けについては、俺は聞かされていないし、学んでもいないのだ。
周囲から、母が『エルフの長の娘』だと聞かされるたび、逆に俺が『エルフの長』について問い掛けた記憶が甦る。
『それについては、フェリス様からお聞きください』
そう答えるだけで、結局その後は口をつぐんだ場面も一緒に思い出される。
『長』という呼び方から集団の長を連想できるが、その集団の意味や規模、エルフ種族の国家における『長』の役割など、俺にはまったくわからなかった。
俺自身が強い興味を持たなかったのもあるが、エルミアもコンラッドも、そして周囲の誰もが、『エルフの国は、この王国と違って国王のいない体制です』と無難な答えを口にしていた。
そして、『エルフの長』についての問い掛けには、明確な答えを返さなかった。
幼かった俺は、次第にエルフ国の仕組みや『長』に興味を失い、やがて魔法学校へ放り込まれたのだ。
魔法学校へ入ってから、その付近についてはさらに周囲も巻き込んで強化された記憶がある。
『なあ、イチノス。エルフの長について教えてくれよ』
そう問い掛けてきたどこぞの貴族の息子。
彼は教師に教室から連れ出され、後に学校で俺に声を掛けなくなった記憶まである。
俺としては自分の知らないことには答えられないし、俺自身がハーフエルフであることや、この王国の侯爵の息子であるが継承権を有していないこと、そうした自分の微妙な立場の方が、心に影を落としていた気がする。
それに、その頃の俺は既に『エルフの長』について興味を失っていた。
むしろ、この王国の貴族制度を悩ましく思っていた記憶がある。
今にして思えば、エルフ種族の『長』とは、この王国の貴族と同じようなものなのだろうかと考えたこともあった。
もしも『長』がエルフの王族を意味するのであれば、俺はエルフの王族の血筋を引いているのか?
そんなことを考えた時期が懐かしくもある。
まあ、今のエルフ国がどうなっているか、その政治体制がどうなっているかに少しだけ興味はあるが、今の俺を突き動かす『エルフの勇者』について、母から話を聞き出す際に、改めて『エルフの長』についても聞き出そう。
メモへの書き出しの手を止め、改めて見直す。
こうして改めて書き出して見直すと、人間種族以外は『??』だらけだ。
そして、自分が追いかけていたのは、人間種族の『勇者』だけであったことが改めて見えてきた。
自分自身がハーフエルフであることから、種族的な差別は意識しないように俺は過ごしてきた。
作業場で『魔法円』に取り組むサノスとロザンナにも、そうした視線を持ってほしくて、幾多の話をしてきた。
それなのに、こと『勇者』に関しては、俺が人間種族だけを追いかけていた事実を見せられ、自分の考えの浅はかさを感じた。
なぜ俺は、人間種族の勇者を追い求めてしまったのだろう?
魔法学校時代から、各種族を差別しない考えを持っていたはずだ。
それなのに、なぜ俺は『勇者』と聞いて、人間種族の『勇者』に偏ってしまったのだろう?
確かに、この王国では人間種族の比率が圧倒的に多い。それが原因だろうか?
考えてみれば、自分が魔法学校で得た知識も、人間種族向けの教育を学んでいる。
そして、学校を卒業して入った研究所で、交流を得た人々のほとんどが人間種族だった。
もしかして、俺はそうした環境に影響されているのだろうか?
いやいや、考えすぎだな。
それに、今ここで深く考えることではない。
これ以上は考えるのをやめよう。
そうした自分の状況に気が付いただけでも、一歩進めたと受け止めよう。
再びメモ書きを見直して、さらにあることに気が付いた。
『血筋』という言葉が多い。
自分で書いておいてなんだが、まるでこの王国の貴族、血統主義の貴族を意識しているような気分にさせられた。
何処かに、人間種族の貴族的な意識が俺に染み着いているのだろうか?
いや、これは母に告げられた『勇者の血筋』を取り上げたからだ。うん、きっとそうだな。
さて、こうして書き出せたなら、次はどうするかだ。
伝として書き出した人々へ、勇者の知識の提供を願う考えを伝え、各種族ごとの勇者に関する話を聞き出すための方法論を考えよう。
うーん、ここは素直に問い掛けるべきだな。
今の俺が勇者の魔石を作ることを考えている事実を伝え、そのために人間種族の勇者だけではなく各種族の勇者について調べ、知識を得ようとしていることを素直に話そう。
異母弟のマイクの婚約祝いだとか、ウィリアム叔父さんと母の婚約祝いだとかは隠すべきだな。
ここは不本意ながら、俺に付けられた二つ名を使うのも考えるべきだろう。
ただし、自分からは『魔石作りの名手』なんて恥ずかしい二つ名は口にしたくない⋯
そうだ!
『魔石指南書』が良いかもしれない。
あれの再調査というか、掘り下げというか、裏付けを取るためという名目で進めれば、要らぬ疑念も抱かれない気がする。
そうした背景を添えて、各種族の勇者について話をする機会を願う手紙を記そう。
書斎机の椅子から立ち上がり、本棚から『魔石指南書』を取り出す。
その場で『勇者の魔石』のページを開き、改めて読み直そうとすると、階下から俺を呼ぶサノスの声が聞こえた。
「ししょ~」
ん? 何かあったのか?
俺は本棚へ本を戻し、書斎から出て階段の上からサノスに答えた。
「サノス、どうした?」
「お昼御飯はどうします?」
言われてみれば、空腹を感じてるな。
「買いに行くのか?」
そう答えながら階段を降りて行くと、何か言いたげな顔でサノスが両手を器にして差し出してきた。
「はい、バゲットサンドですけど」
「わかった、俺も頼むぞ(笑」
この顔と仕草は自分達の分も出して欲しい顔だな(笑
両手を器にしたサノスと共に作業場へ行くと、ロザンナは相変わらず眉間に皺を寄せて『魔法円』を見つめていた。
「サノス、3人分で頼めるか?」
「はい、よろこんでぇ~」
俺は自分の財布から銀貨を取り出し、サノスの手に乗せたところで、ロザンナが顔を上げた。
その顔は何があったのか理解できず、視線を彷徨わせ、俺とサノスを交互に見ていた。




