28-3「書斎に響く鳥の声と勇者たちの足跡」
サノスとロザンナに後を任せ、俺は先生からの手紙を手に、二階の書斎へ向かった。
魔法鍵の施錠を外して書斎へ入り、カーテンを開けて外の陽を取り込む。
自然光が書斎を満たしたところで、窓を半分開けて空気を入れ換えると、穏やかな初夏の風が俺を包み込んだ。
その瞬間、鳥たちの鳴き声が耳に入ってきた。
チュンチュン
チュンチュン
今日も鳥たちは元気で、まるで新しい一日の始まりを告げるようだ。
書斎机の椅子に腰を下ろし、先生からの手紙を机に置いて、この鳴き声がいつまで続くのだろうかと、ぼんやり考えた。
今日は6月9日。もうしばらくすれば雨が降り出す季節だ。
この王国では、毎年麦刈りが終わる6月の中旬から終わりにかけて、2週間程度の雨季が訪れる。
シトシトと降り続く雨は、ぬかるんだ街道で商隊が苦労する時期でもあり、護衛に就いた冒険者たちも嫌がる季節だ。
そんな時期に古代遺跡の調査隊に参加するのは、報酬と成果、そして雨の中での苦労を天秤に掛けることになる。
そう考えると、しばらくの期間、古代遺跡探索が禁止されたのも妥当だと思えてきた。
まあ、黒っぽい石が逃げるわけじゃない。腰を据えて待つしかないだろう。
この少し騒がしい鳥たちの鳴き声も、雨の時期にはおさまる。そして再び鳴き始める頃には、本格的な暑い季節がやってくる。
それまでの我慢だなと自分に言い聞かせた。
そうなると、俺の当面の課題というか中期的な課題は『勇者の魔石』作りになる。
昨日の領主別邸での母の話をもとに、風呂屋で考えた各種族の勇者の話を聞き出す伝について、メモに書き出して再整理することにした。
書斎机の引き出しからメモ用紙の束を取り出し、各種族ごとに整理しながら書き出していく。
■人間種族
─勇者の定義
・教会長のベルザッコから聴取済み
─生存する勇者
・??
─勇者の血筋
・王家の血筋の者
・公爵家の血筋の者
→エルミアに紹介してもらえないか打診
■ドワーフ種族
─勇者の定義
・ヘルヤさんやその仲間から再聴取予定
─生存する勇者
・??
─勇者の血筋
・??
■獣人種族
─勇者の定義
・カミラさんやレオナさんから聴取予定
─生存する勇者
・??
─勇者の血筋
・??
そこまで書いて、俺はふと手を止めた。
心の奥に湧いた思考が、どうしても頭を離れない。
この王国の礎は『最初の勇者』、あるいは『初代の勇者』が整えたものだと、俺は学んでいる。
けれども、俺の頭に浮かんでくるのは、ドワーフ中央府や獣人中央府の成り立ちだ。
どちらも今や王国の一部だが、かつてはそれぞれが種族としての王朝を持ち、独立したドワーフ国や獣人国として存在していたと、歴史の授業で学んだ記憶が蘇る。
だが、彼らの国が魔王軍の侵攻という未曽有の脅威にさらされたとき、ドワーフ国も獣人国も存続の危機に直面した。
そのとき、この王国が彼らに手を差し伸べ共に戦ったことで、魔王軍の侵攻を退けたのだ。
戦いが終わった後、単なる軍事的な同盟関係では終わらず、国同士が合併する形で新たな統治体制が築かれた。
そして今や、ドワーフや獣人たちの中央府は王国の一部として存在している。
その背景には魔王軍との戦乱を経た王国統一の歴史が刻まれているのだ。
そう考えると、俺の父ランドルのように市井の人々が『勇者』と呼ぶ存在が、その戦乱の中にいた可能性は十分にあるはずだ。
人間種族だけじゃない。
そこには『勇者』と呼ばれたドワーフ種族の者もいただろうし、獣人種族の中にも『勇者』と呼ばれた者がいたかもしれない。
そうした『勇者』が存在していたのなら、彼らはどんな道筋を経て『勇者』となったのだろうか。
そうしたかつての『勇者』の存在を知りたいと、俺は心の奥底から思うようになっていた。
今の俺が学ぼうとしているのは、歴史書には記されていない、俺の知らない『各種族の勇者』の真実を学ぶ機会だと思えてきたのだ。
■リザードマン種族
─勇者の定義
・ベンジャミン・ストークス
─生存する勇者
・??
─勇者の血筋
・??
冒険者ギルドの、ギルドマスターであるベンジャミン・ストークス。
彼の出身地であるストークス領は、リザードマンが多く住む地域と接している。
リザードマン種族の勇者についての情報が乏しい中で、ベンジャミン・ストークスからの伝が重要な手がかりとなっているな。
もしかしたら、ベンジャミンならリザードマンの勇者について何かを知っているかもしれない。
もしくは、リザードマンの歴史や『勇者』について語れる人物を紹介してもらえるかもしれない。
そうした伝を頼りに、リザードマンの『勇者』について詳細を聞き出す考えだ。
そもそも、俺はリザードマン種族についての知識が乏しすぎる。
獣人種族やドワーフ種族とは会話もでき、交流も行えているように思う。だが、リザードマン種族とは確たる接点を得られていない。
確かに、魔法学校時代にリザードマンという種族と机を並べて学んだ記憶はある。だが、そこで格別にリザードマン種族と何らかの交流を持ったわけではなかった。
今にして思えば、何故か彼らとは交流を得ることができなかった。
そのため、リザードマンという種族と王国の関わりは、父が亡くなった魔王討伐戦で、王国が雇った傭兵という偏った知識が中心になっている。
リザードマン種族が何らかの国家体制を成しているのか、それとも傭兵集団として王国との接触を持っただけなのか、全く知識がないに等しいのだ。
それでも、王国南方のストークス領がリザードマン種族との接点になっているという知識はあるのだ。
待てよ?
俺は、目の前の白い封筒を目にしてしばし考えた。
魔法学校時代にリザードマンと机を並べて学んだのは俺だけではない。同級生だったシーラも、俺と同じくリザードマンと共に授業を受けている。
この白い封筒で届けられた手紙の主であるローズマリー先生は、魔法学校で教鞭を取っていたのだから、リザードマンとの接点があったに違いない。
そこまで思考を巡らせると、さらに一歩踏み込んだ考えが湧いてきた。
これは一つの可能性だが、リザードマンは騎士学校と何らかの関わりを持っているのではないか?
それならば、まずは向かいの交番所に立つ女性街兵士に、その付近の話を軽く聞いてみよう。
騎士学校にリザードマンが入学した事実があるかどうか、そうした情報を引き出せるかもしれない。
リザードマンが騎士学校に入学していた事実があるならば、教鞭を取っていたイルデパン。
そして魔法学校で同じ様に教鞭を取っていたローズマリー先生。
この二人に、リザードマンとの接点があるかを尋ねてみよう。
それと平行して、シーラからリザードマンについての情報を聞き出すのもありだ。
冒険者ギルドのギルドマスターであるベンジャミン・ストークスは、今、リザードマンと接点のある自身の出身地であるストークス領へ赴いている。
彼に伝となり得る人物やリザードマンを紹介してもらうのは、イルデパンや先生、それにシーラから事前の情報収集が済んでからでも問題はない。
ギルマスのベンジャミンの力を借りるのは、現段階では最後の抑えとして考えよう。
そうなると、ローズマリー先生やイルデパン、あるいはシーラからリザードマンに関する話を聞く機会を得るのが先だな。




