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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年6月8日(水)
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27-16「静寂の中の決意」


 俺は受付カウンターにたむろする冒険者達を避けるため、入ってきたときと同じギルド裏手から外へ出た。


 夕暮れ時、空はオレンジ色に染まり、日が完全に沈む前の夕陽の中で、ギルドの建物が長い影を地面に落としている。


 ギルド裏手の通りを歩きながら、一本向こうのいつも歩く賑やかな通りへ想いを馳せる。


 リアルデイル西町の名物である歩道に張り出したテントの列が続くあの通りは、教会の鐘がまだ鳴らないこの時間は、きっと賑わいと喧騒で満ちていることだろう。


 道を一本違えただけで、その喧騒がどこか遠く感じられるほど、この裏通りは静けさに包まれている。


 そんな夕方の空気に包まれながら、俺は静かな時間に身を任せ、風呂屋を目指して歩き続けていた。


 ギルドで張っていた緊張を解き、こうして静かな道を歩いていると、自然と体の力が抜けていくのがわかる。


 歩みを進めながら、今日一日の出来事が頭の中を巡って行く。


 カミラさんとキャンディスさんの提案を断ったこと、古代遺跡の探索が禁じられたこと、突如知ったエルミアの役割、そしてフェリスとの『勇者の魔石』についての話⋯


 それぞれの出来事を一つ一つ思い出しながら、誰が何を言ったのかの記憶を整理していく。


 この静かな道のりは、頭の中を整理するにはちょうど良かった。


 並列思考で歩きながらでも記憶を整理することはできるが、こうして一人で静かに歩きながらだと、なおさら落ち着いて記憶の整理をしやすい。


 風呂屋まであと少しだ。

 もう少しで、あの広い湯船に浸かれることを思うと、カミラさんとキャンディスさんの提案を断ったわずかな後悔も次第に薄れていく。


 もう終わったことや、興味のないことは忘れる――それも、この記憶力をうまく生かすためには大切なことだ。


 それでも、カミラさんとキャンディスさんの真剣な顔が頭に浮かぶ。

 二人の提案を断ったことで、俺はわずかに罪悪感を抱いているのがわかる。


 なぜなら、カミラさんが記した報告書には、俺が前回の調査隊で瓦礫を持ち帰ったことが記されていて、それが今回の古代遺跡探索の全面禁止にわずかでも繋がった可能性があるからだ。


 そんな思いがよぎる一方で、俺が瓦礫を持ち帰ったのが直接の原因で古代遺跡の探索が禁止になったとは、どうしても思えない部分もある。


 〉古代遺跡周辺で獲られる魔物については

 〉出現状況を漏れなく詳細に記録し残すこと


 ウィリアム叔父さんからの通達を思い返して考えるのを止めた。


 俺としては黒っぽい石を得られる時期が遅くなるだけで、皆無になったわけではないのだ。

 それに古代遺跡に関わる俺の懲罰の公開は避けられたのだ。


 そこまで考えた時に、風呂屋の姿が視界に入ってきた。


 今日も『蒸し風呂故障中』の貼り紙が成された風呂屋の扉を開けると、カウンターにいつものように女将さんが座っていた。女将さんは俺を見るなり、顔をほころばせる。


「おやイチノスさん、今日も早い時間ね」


「そうだな。蒸し風呂はまだ直らないんですか?」


 受付に貼り出された『蒸し風呂故障中』の札を指差しながら問い掛ける。


「それがね、部品がなかなか揃わなくてね。来週には修理できる予定なんだけど、もう少し我慢してくれる?」


 女将さんは申し訳なさそうに答えた。


 蒸し風呂は俺のお気に入りだが、こればかりは仕方がない。


 俺は「そうですか」と軽く頷き、代金を支払って脱衣所へと向かった。


 脱衣所には先客が見当たらず、いつもより随分と静かだった。普段なら、冒険者の連中や街の住人が話しながら着替えているものだが、今日はまだ来ていないようだ。


 冒険者たちは今もギルドで古代遺跡探索の件でいろいろと語り合っているのだろう。


「たまにはこんな静かな風呂屋も悪くないか」


 そう心の中で呟きながら、俺は衣服を脱ぎ、タオルを手に浴場へと一歩踏み入れると、白い湯けむりが視界をふんわりと包み込んできた。


 掛け湯を済ませ、広い湯船で静かに目を閉じながら、頭の中で『勇者の魔石』を意識して、フェリスの言葉を思い出していった。


 〉イチノスは人間種族の勇者だけで考えてるの?

 〉勇者は各種族、私たちエルフならエルフ種族の勇者、

 〉ドワーフならドワーフ種族の勇者がいるとは学んでないの?


「各種族の勇者のことを調べ直すことから始めよう。まず、どうやって調べるかだよな」


 俺は目を開け、ぼんやりと天井を眺めながら思考を巡らせた。


 まず人間族の勇者だが、これは教会長のベルザッコやコンラッドとの話で、ある程度定義は明確になっている。


 それから、人間種族の勇者の血筋についても考えてみた。


 エルミアやコンラッド、あるいはウィリアム叔父さんが王族の血筋について何かしらの伝手つてを持っているかもしれない。

 特にエルミアなら『エルフの魔石』絡みで、王族に関わる伝手つてがある可能性もあるように思える。


 よし、人間族のことは一旦脇に置き、次に他の種族について意識を移そう。


 ドワーフ族は、ドワーフの職人であるヘルヤさんなら、何か話を聞かせてくれるかもしれない。

 以前に一度聞いてはいるが、今度はもっと掘り下げて、ドワーフ族の勇者について問い掛けよう。


 確か、来週にはヘルヤさんがドワーフ族の者を連れて店へ来る予定だ。その際に、ドワーフ族の勇者に関して掘り下げた話をしてみよう。


 エルフ族は⋯ フェリスさんだな。

 俺は少し溜め息をつきながら、頭の中でそう考えた。

 フェリスに聞くのはどうにも気が進まないけれど、他に頼りになる人もいない。

 フェリスさんにエルフ族の勇者についての知識を語らせるのは、他の種族の勇者について知識を得てからでも良い気がしてきた。


 獣人族はカミラさんやレオナさんなら、何かしら知っていそうな気がする。

 そう感じはしたが、俺は、ふとシーラの顔を思い出した。

 シーラはサルタン領の出身で、獣人の多い土地なはずだな。

 カミラさんやレオナさん以外に、シーラから話を聞くのも悪くないかもしれない。


 最後はリザードマンだ。

 正直、彼らとの伝手つては全くと言っていいほど俺にはない。

 けれども、ギルマスのベンジャミンはリザードマンの多いストークス領の出身だったはずだ。

 ベンジャミンならリザードマンの勇者について何かを知っているかもしれない。


 各種族の勇者については、それぞれの人々から情報収集を進めるとしよう。


 そこまで考えを固め、俺は広い湯船から上がり、水風呂へ浸かって、一旦、体を静める。

 水風呂で気分を変え、再び広い湯船に戻ろうとした時、見覚えのある冒険者たちが3人で連れ立って浴場に入ってきた。


「イチノス、来てたのか」

「おう、イチノス」

「イチノス、久しぶりだな」


 軽い挨拶を交わしつつも、彼らは掛け湯を済ませ、広い湯船へと身を沈めていく。

 俺も3人に加わり湯船に浸かりながら、それとなくギルドの様子を問い掛けた。


「ギルドは終わったのか?」


「明日、出直しだな」


 そう答えたのは、この3人組のリーダーだ。


「急に禁止になったが、解禁されたら行く予定なんだろ?」


「今月は予定が詰まってるから無理だな。来月になれば大丈夫だろう。まあ、ダンジョンは逃げないから」

「それに道が整えば行きやすくなるしな」

「それに嫁さんの説得も必要なんだろ?(笑」


 一人がリーダーをからかい始めた。


「おいおい、その話をここでするのか?」

「もらったばかりの嫁さんが、すぐに未亡人になったら可哀想だろ(笑」

「お前んとこだって、冬には生まれるんだろ?」

「うちはダメだな。ダンジョンより嫁さんが怖いよ(笑」

「ハハハ まったくだ」

「ハハハ」


 なるほど。

 古代遺跡のダンジョンに挑むには、彼らなりに多くの準備や親族への配慮が必要なのだろう。


 この3人が家族の話を持ち出したことに、俺はその重さを少しだけ感じる。

 ダンジョン探索の危険を避け家族のために踏みとどまる者もいれば、逆にそのリスクを背負う者もいるのは当たり前なのだ。


王国歴622年6月8日(水)はこれで終わりです。申し訳ありませんが、ここで一旦書き溜めに入ります。書き溜めが終わり次第、投稿します。


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