27-15「禁じられた遺跡と揺れる決意」
カミラさんがじっと俺の顔を見つめながら尋ねてきた。
「イチノスさん、どうかされましたか?」
俺はできる限り冷静を装い、軽く首を振って答えた。
「いえ、何でもありません」
どうやら俺の顔には動揺が表れていたらしい。カミラさんの口調から、それを見抜かれたことがわかったが、ここで話を止めるのは得策ではない。
このまま話を続けなければ、再び母が俺に下す懲罰の話題に戻りかねない。その懲罰を受けてからでなければ、古代遺跡調査隊への依頼の話が進まない可能性もある。
「実はですね、今日の朝一番でウィリアム様から御達しが出たのです」
このカミラさんの口調と言葉に、俺は嫌な予感しかしなかった。ウィリアム叔父さんは、どんな御達しを出したんだ?!
「しばらくの間、古代遺跡の調査というか探索は、禁止するとの御達しなのです」
「えっ?!」
カミラさんの言葉に、俺は全てが消し飛んだ気がした。
スゥ⋯ はぁ⋯
俺は二人に聞こえないように、静かに深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。いや、少しくらいなら聞こえてもいいかもしれない。それにしても、今日、これで何度目の深呼吸だろう。
「カミラさん、キャンディスさん、そのウィリアム様からの御達しについて、詳しく聞かせてもらえますか?」
再び、キャンディスさんとカミラさんが顔を見合わせて頷き合うと、カミラさんが口を開いた。
「まず、先ほども申し上げましたが、ウィリアム様が出されたのは、当面の期間、古代遺跡の調査を延期するというものです」
そう告げるカミラさんの隣に座っていたキャンディスさんが応接から立ち上がり、執務机の上で取りまとめていた資料の束を手にして応接へ戻ってきた。
そして、その束ねられた資料の上に置かれていた1通の白い封筒を俺へ差し出してきた。
差し出された封筒には、ウィリアム叔父さんの紋章が捺された割れた封蝋が付いていた。俺はそれを確かめながら問い掛けた。
「キャンディスさん。この封蝋は誰が開けたのですか?」
「はい、カミラさんとニコラスさん、それにタチアナさんの立ち会いで私が開けました」
この二人だけでなく、ニコラスさんやタチアナさんも立ち会ったのか。だとすれば、これは確実にウィリアム叔父さんが出した代物だろう。
すると俺の言葉にカミラさんが口を開いた。
「イチノスさん、その封筒は私がウィリアム様から直接預かった物です。今朝の早い時間に文官の宿舎にウィリアム様が自らおいでくださり、レオナ立ち会いでウィリアム様から直接受け取りました」
今朝の朝早くにウィリアム叔父さんから直接か⋯
これはもう嘘偽りのない事実だろう。
「ウィリアム様は、何か仰ってましたか?」
「『ギルマスのベンジャミン殿は不在だろうから、サブマスのキャンディスさんに直接渡すように』と⋯」
はいはい、キャンディスさん。
カミラさんに『サブマス』と呼ばれて眉を動かさない。カミラさんはウィリアム叔父さんの言葉を伝えてるだけですから(笑
「そうですか。それなら文官のどなたかが何かをしたわけじゃなさそうですね(笑」
若干の皮肉を込めて告げるとカミラさんが一瞬体を固くした。昨日今日で少し皮肉が強すぎたようだ(笑
俺は封筒に納められた便箋を取り出し、拡げて中を見た。
─
リアルデイル冒険者ギルド
ベンジャミン・ストークス殿へ
当面の期間、古代遺跡への調査及び探索行為の全てを禁ずる。
これは古代遺跡への一切の入場を禁ずるものである。
但し、現在実行中の古代遺跡周囲及び周辺の整備については継続せよ。
また古代遺跡周辺で獲られる魔物については、その出現状況を漏れなく詳細に記録し残すこと。
ウィリアム・ケユール
フェリス・ハタ・ケユール
─
母さん、なんで署名してるの?!
母さんは、このウィリアム叔父さんの御達しを知ってたの?!
「あのぉ⋯ イチノスさんは、領主別邸へ行かれて、フェリス様と会って話をされたんですよね?」
うんうん。カミラさんが聞きたいことは理解できる。
俺が本当に、領主代行の母と会話して、古代遺跡から瓦礫を持ち帰ることに了承を得たのかが気になるのだろう。
「はい。今日の昼過ぎから、私の母親である領主代行のフェリス様と会って、話をしてきました」
もう、こうなったら母が領主代行だと明言しても、この場ならば問題ないだろう。
キャンディスさんもカミラさんもその付近は知っているだろうし、二人に今さら隠すように話しても仕方がない。
「そうですか⋯ フェリス様は、この古代遺跡への立ち入り禁止、つまり調査や探索の禁止について、何か仰っていませんでしたか?」
「いえ、何も言っておりません。むしろ私が瓦礫を追加で欲しい話をしたら『好きにしなさい』と言われました」
「そう⋯」
カミラさんが少し考え込むように間を置いて続けた。
「実はですね、昼過ぎにその件を掲示板に貼り出したんです。それ以来、受付カウンターに古代遺跡の探索を希望する冒険者たちが集まってしまって⋯」
「イチノスさんは、受付カウンターに彼らが集まっているのはご覧になりましたか?」
カミラさんの言葉を遮るようにキャンディスさんが受付カウンターの様子を問い掛けてきた。
「えぇ、かなり集まっていましたね。今日は領主別邸から送りの馬車で裏手から入ったんです。2階へ上がる前に少しだけ様子を見ましたが、かなりの人たちが集まっているのがわかりました」
「はぁ⋯」
「ふぅ⋯」
俺の答にカミラさんとその隣に座るキャンディスさんが、共に困った顔でため息をついた。
多分だが、キャンディスさんへの面会の申し込みも多数入っているのだろう。
それにしてもここで3人で頭を抱えていても、何も解決しない。
「下に集まっている冒険者の方々にイチノスさんの話をしても良いですか?」
「はい?」
突然のカミラさんの言葉に、俺は思わず聞き返した。
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。だが、すぐに彼女の意図が分かった。
下に集まっている冒険者の連中に、俺が瓦礫を持ち帰って、フェリス様から罰を受ける予定の話を伝えても良いかということだろう。
確かにこの話を彼等に伝えれば、古代遺跡への突撃を止められるかもしれない。
俺が懲罰を受ける話で、少しでも彼らの行動を抑止できるなら、利用しない手はないと考えたのだろう。
「そうね、イチノスさんがフェリス様から懲罰を受ける話を伝えるのね」
続けるキャンディスさんもカミラさんの考えに乗ってしまった。
「どうでしょう? イチノスさん」
キャンディスさんもカミラさんも、目が真剣だった。