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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年6月8日(水)
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27-14「自己嫌悪の瓦礫」


 領主別邸の正面玄関に待っていたのは、見覚えのある黒塗りの貸出馬車だった。


 しかも、その馬車の御者はシーラが使っていた馬車の御者だ。俺を『魔法使いの旦那』と呼んだ、あの御者だ。

 再び顔を合わせたこの偶然に、俺は何かしらの縁すら感じてしまいそうになった。


 その御者に行き先を冒険者ギルドだと伝えると、彼はすぐに『今の時間だと、裏手になりますね』と返してきた。


 俺はそんな御者の返答に、職務に対して学びの姿勢を持っているのを感じ、思わず感心してしまった。

 確かに、この時間帯はまだ陽が残り、冒険者ギルド前の通りは店から張り出したテントが歩道を占領しているはずだ。

 そんな状態の道に馬車を通すのは愚行と言えるだろう。


 アナスタと顔見知りの従者に見送られ、俺は馬車に乗り込んで冒険者ギルドへと向かった。


 馬車の個室の中で、俺は古代遺跡調査隊にどう依頼を出すか、綿密に考えを巡らせた。

 カバンから黒っぽい石を取り出し、この黒っぽい石を含む瓦礫を求める旨をどう伝えるか、具体的に練り上げていく。


 途中、頭の中で『勇者の魔石』の製作について考えが浮かびかけるが、そのたびに『今日得た知識を整理してからだ』と自分に言い聞かせ、考えを集中させた。


 やがて、個室の窓から見える景色が俺の店の前の通りへと変わっていった。もうすぐ冒険者ギルドの裏手に到着する。


 馬車の中で導いた結論は、まずキャンディスさんかタチアナさんに、次回の調査隊に向けた依頼の相談をすることだ。

 その際、もし文官のカミラさんが同席していれば、昨日、彼女が出してくれた報告書が役に立ったことを伝えよう。


 そうすれば、カミラさんも悪い気はしないだろうし、俺が黒っぽい石を含む瓦礫を求めることについても、正面から否定されることはないはずだ。


 そうした様々な思考を巡らせているうちに、馬車は無事に冒険者ギルドの裏手へと到着した。


 御者に軽く礼を告げ、裏手の馬車留まりから冒険者ギルドへ足を踏み入れる。


 ここからそのまま二階のキャンディスさんの執務室に向かおうかとも思ったが、先ほど立てた作戦通りに、まずはタチアナさんかニコラスさんに一声かけておこう。


 衝立からそっと顔を出し、受付カウンター付近の様子を伺う。

 すると思いの外に受付カウンターが混雑しており、なぜか並んでいた冒険者たちと目が合ってしまった。

 途端に周囲にいた、顔見知りの冒険者が俺を指差し、軽く手を上げて挨拶してきた。


 その動きを見たオバサン職員がこちらに振り返り、俺の存在に気がついた。

 オバサン職員は、受付カウンターに並んでいた冒険者たちを手で制し、椅子から立ち上がると、真っ直ぐに俺に向かって歩み寄ってきた。


「イチノスさん、キャンディさんやカミラさんとの打ち合わせが終わったんですか?」


「いえ、たまたま裏手から入ってしまったんです。キャンディスさんかカミラさんに繋いでもらえますか」


「そうなの⋯ ごめんなさい。今はちょっと誰も手が離せないんで、直接行ってくれるかしら?」


「はい、わかりました」


 俺の返事を聞いた途端に、オバサン職員は受付カウンターへ戻ってしまった。


 オバサン職員の背中を見送りつつ、俺は改めてキャンディスさんの執務室を目指して階段へと足を進めた。


 あの混雑ぶりは珍しいな。何かあったのか?

 それとも、今日のこの時間帯だけ、冒険者ギルドが極端に忙しいのだろうか?

 そうなると、この後の風呂屋も混雑しているのかもしれない。


 そんなことを考えながら、執務室の扉に手を伸ばしノックする。


 コンコンコン


「どうぞぉ~」


 すぐにキャンディスさんの声が応えてきた。


「失礼します」


「あら? イチノスさん?」

「えっ? イチノスさん?」


 執務室の扉を開けると、キャンディスさんとカミラさんが俺を見つめてきた。


 その瞬間、キャンディスさんが慌てて机の上の書類を伏せ、カミラさんもその動きに気づいて同じように書類を伏せた。どうやら、俺が来る前に重要な書類を見ていたらしい。


「急にどうされたんですか?」


「はい。実は先ほど、領主別邸へ行ってきたんです。忙しいなら出直しますが?」


「領主別邸へ行かれていたんですね? それならちょうど良かったです。詳しくお聞きしたいこともあったんですよ」


 そう答えたキャンディスさんは、視線をカミラさんに向けた。すると、カミラさんが数回強く頷いた。

 これは、すんなり帰してもらえない気がしてきたな(笑


 キャンディスさんから応接へ着席を勧められ、俺が座って待っていると、二人は慌ただしく執務机の上の書類をまとめて行く。

 そんな二人のうち、先に応接に座ってきたのはカミラさんだった。

 俺は馬車の中で練った作戦の通りに、まずはカミラさんへお礼を告げて行く。


「カミラさん、私が古代遺跡から瓦礫を持ち帰った件、あれについて丁寧な報告を出していただき、ありがとうございました。おかげで良い結果を得られました」


「あら、そうなんですか? それはお役に立てて何よりです」


「おかげさまで、次の古代遺跡調査隊への依頼に、領主代行のフェリス様から了解を得ることができました」


「次の調査隊への依頼ですか?」


 そう告げたキャンディスさんが遅れて応接に座ってきた。


「はい。少し話が前後しますが、結論から言えば、古代遺跡から瓦礫を持ち帰った件について、フェリス様は私に何らかの懲罰を下すそうです」


「あら?!」

「それは⋯」


 何かを問い掛けようとする二人を制して、俺は言葉を続けた。


「まだ、どんな懲罰になるかはハッキリしませんが、私は甘んじて受けるつもりです」


「「⋯⋯」」


「ウィリアム様からの命令を守らず、瓦礫でしたが古代遺跡から持ち帰ったのは事実です。私を許したりしたら、周囲に示しがつかないですからね(笑」


「「⋯⋯」」


 そこまで話すと、二人とも押し黙り、次の言葉を探すような様子だった。

 それでもキャンディスさんが言葉を選んで告げてきた。


「それで、フェリス様はイチノスさんにどんな懲罰を出されたんですか?」


「それがまだ決まっていないんです。明日か明後日には知らせが来るそうです。ですが、次の古代遺跡調査隊に瓦礫を持ち帰る依頼を出すのには、了承を得られましたよ」


「「??」」


 キャンディスさんとカミラさんが顔を見合わせ、頭の上に疑問符が浮かんでいた。


 そこで俺は、はたと気が付いた。

 二人の頭に疑問符が浮かぶのも無理はない。

 古代遺跡から瓦礫を持ち帰ったことで、俺はフェリスから懲罰を受けることが決まったのだ。

 その懲罰がまだ具体的に決まっていないし、ましてや俺はまだ懲罰を受けていない。

 そんな状況で、俺が次の調査隊にさらに瓦礫を持ち帰って欲しい話を持ち出しても、二人は受け入れられないに決まっている。


 あぁ⋯

 どうして俺はこんな簡単なことに気が付かなかったんだ!!

 急に自分で自分が恥ずかしくなってきた。


「あの、イチノスさん」


「⋯⋯」


「イチノスさんの依頼というのは、もしかして次の調査隊に同じように瓦礫を持ち帰って欲しいという依頼でしょうか?」


 はい。そうです。

 さすがはキャンディスさんです。

 いち早く俺の考えを察してくれましたね⋯


 いやいや、カミラさん。

 なぜ、そんな目で俺を見るんですか?

 今の俺は自分の考えが稚拙すぎて反省したいんです。


 そんな目で見つめないでください。自己嫌悪に押し潰されそうなんです。


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