27-10「魔石の真実と正教会の影」
東屋へ走り寄ってきたアナスタが、机の脇で止まり、軽く息を整えると、俺たち全員へ視線を落とし、呼び鈴を手にしたエルミアへ向かって口を開いた。
「お呼びでしょうか」
「アナスタ、フェリス様が古代遺跡の報告書を求めているとコンラッド殿に伝えてください。それと、文官のカレンさん、もしくはレオナさんがいらっしゃれば、同行するように伝えてください」
「はい、わかりました」
「アナスタ、復唱」
「は、はい。コンラッド殿へ古代遺跡の報告書を持ってくるように伝える。文官のカレンさんかレオナさんがいらっしゃれば、同行するように伝える」
「はい、お願いします」
「はい、今すぐに!」
元気な声でエルミアの指示に答えたアナスタは、本館へ向かって走り出した。
アナスタの姿が見えなくなったところで、母がエルミアに問い掛けた。
「エルミア、結局、どうなの?」
「はい、イチノス様が持ち込まれた薄緑色の石は、以前に王都の正教会から依頼された『魔石』と同じもので間違いありません」
「やっぱりね。エルミアの意見なら確実ね」
二人は何の話をしているんだ?
〉以前に王都の正教会から依頼された
エルミアはそう口にしたよな?
俺がムヒロエから魔石鑑定の依頼をされた薄緑色の石は、以前に王都の正教会から母に依頼された品と同じだというのか?
どうして、そんなものがムヒロエの手に渡って、ここへ来ているんだ?
『正教会』と言えば、王国内の全ての教会を取りまとめる『正教会』のことだよな?
ダメだ。正直に言って、そろそろ思考が追い付かなくなっている気がする。
ここまで、コンラッドとの勇者に関わる話に続いて、エルミアの担っている役割の話とかいろいろと聞かされて来た。
今の俺は新しく入ってきた知識が多すぎて、整理が追い付かなくなり始めている。
こうなったら俺の今日の目的に戻って考えよう。
まずはムヒロエから預かった、この薄緑色の石が『魔石』であるか否かだ。
「この薄緑色の石は『魔石』ということで良いんですね?」
「フフフ 厳密なことを言えば『元魔石』ね。既に壊れているから魔素も取り出せないでしょうね」
元魔石? 確かに2つに割れているが⋯
「それでも『元魔石』ならば、魔素充填を行えば『魔石』として復活すると思うのですが?」
「あら、イチノスは『魔鉱石』に魔素充填をするの? イチノスがそんなことをしたら、ここにいる全員が国王に叱られてしまうわよ(笑」
その話に戻るのか⋯
「じゃあこれは『魔鉱石』なんですね?」
「そうよ。『魔鉱石』よ。でもイチノスが知ってる『魔鉱石』とは違うんでしょ?」
「えぇ、こんな『魔鉱石』は始めてみました」
「そうよね。イチノスが知ってる『魔鉱石』は、コンラッドやアイザックが届けた物しか知らないわよね」
「そうですね。そうした『魔鉱石』しか、触れて来ませんでしたから(笑」
そこまで答えて、この薄緑色の石を預かった時に魔素を取り出せたことを思い出した。2つの石のどちらからも、わずかに魔素を取り出すことが出来た。
そう振り返ると、やはり母が言うとおりに、これは以前は『魔石』=『魔鉱石』だったのかもしれないと思えてきた。
いかんな。
自分の知識外の事を、素直に受け入れていない自分を強く感じる。もっと柔軟になるべきだな。
あの時に、この薄緑色の石からはわずかだが魔素が取り出せたのだ。
あそこでムヒロエが預けて行った薄緑色の石は、『魔石』=『魔鉱石』だと考えるべきだったんだ。
「それで、イチノスはどうするの?」
えっ?
「これの鑑定依頼か何かを受けたんでしょ?」
「そうです。『魔石』=『魔鉱石』だとわかったから、そこまでですね」
「あら? そうなの?」
母は、どこか不満そうな感じだな。何かあるのだろうか?
「『魔鉱石』だとわかった以上は、そこから先は何も出来ないですよね?」
「そうね。今の王国内では『魔鉱石』に魔素充填したりしたら、王様に叱られそうよね(笑」
「それに、2つに割れて壊れてるなら、お客さんにもそう伝えるしかないですね」
「そうよね。前は魔素充填の依頼だったから、エルフの里まで運んだけど、今は壊れてるから、里でも扱いに困るでしょうね」
ん?
「前に『正教会』から依頼されたのって、魔素充填だったの?」
「そうよ。私では手に負えないから、エルフの里まで送って、魔素充填してもらったのよ」
母さんの手に負えない?
俺に魔素充填を教えてくれた母がそんなことを言うのは変な感じだな。
それに手に負えないからエルフの里に送ったって言ったよな?
もしかしてエルフの里なら簡単に『魔鉱石』に魔素充填が行える何かがあるのか?
そう思った時に、母が俺の顔をチラリと見ながら、エルミアに話を振った。
「エルミアも覚えてるでしょ?」
「はい、確と覚えております」
「エルミアは、いろいろ言ってたけど、最後は賛成してくれたわよね?(笑」
「フェリス様、私は最後まで強く反対したのをお忘れですか?」
「ごめんなさいね。そうよね、エルミアは正教会の依頼には反対だったのよね(笑」
「はい、あの連中は以前からランドル様へ寄進を求める姿勢があまりにも無礼すぎました。それに、フェリス様がエルフ属の中でも高名な魔導師と聞きつけ、なんとか取り込もうとする姿が見え隠れして、その醜さに吐き気を覚えたほどです」
おいおい、エルミア。
自分の口調が荒れているのに、気づいていないだろう。
それほどまでに『正教会』が嫌いなのか?
「けど、あの時に依頼を受けて良かったと私は思ってるわよ」
「⋯⋯」
母が自慢げな言葉を口にするが、エルミアは無言だ。
「だって、あれから正教会は何も言ってこないでしょ?」
「その事には私も深く同意します」
「あそこで正教会に釘を刺さなかったら、今でもしつこく来てたと思うわよ」
「そうですね。ダイアナ様からも正教会が打診に来た話は届いておりません」
ダイアナ様?
それって父ランドルの正妻で、異母弟のマイクの母親、ダイアナ・ケユールのことか?
「エルミア、それはランドルとお姉さまの判断だから、私からは何も言えないわよ。けど、お姉さまも正教会は遠ざけたがってたわよね?」
「そうですね。フェリス様のおっしゃるとおりです」
そう答えたエルミアの顔が、何かに気が付いたように変わった。
「フェリス様 ありがとうございました」
そう告げて、それまで座っていた椅子から立ち上がり、衣類の皺を伸ばし始めた。
ほどなくして、人の歩く音が聞こえてきた。
どうやらコンラッドが来たようだ。
■ムヒロエと薄緑色の石のお話は
19-11 ムヒロエ来店




