27-9「エルミアの秘密」
「現在、王国内に存在する『エルフの魔石』の状態と所在については、その全てを私が管理させていただいております」
その言葉で始まった、家政婦長のエルミアが語る役割の話は、俺の想像を越えていた。
俺の乳母であり、母の専属侍従でもあり、家政婦長の立場も貫いてきたエルミアが、『エルフの魔石』の状態と所在管理という重要な役割を任されていたなんて、驚くのは当たり前だ。
俺は当然、そうした仕事は母の執事であり護衛のコンラッドが担当しているものだと思い込んでいた。
けれども、少し考えてみれば、エルミアがその役割を担っていても、何ら不思議はないし、問題もないし、むしろ適任とすら思えてしまった。
なぜなら『エルフの魔石』は、貴族連中の中では子孫繁栄を願って使われているものだからだ。
そうした用途で用いられる『エルフの魔石』について、執事のコンラッドが状態や所在を問い掛けたとしても、返答に窮する貴族もいるだろう。
その点、エルミアならば母の侍従であり、問い掛けられた先方が女性であれば、女性同士という意味で返事をしやすい気もしたのだ。
エルミアが母に仕え始めたのは、俺の生まれる以前で、今は亡き父が任命したからだと聞かされている。
同じ時期に、同じように母の護衛兼執事に任命されたコンラッドも、父が任命した。
エルミアとコンラッドは、それだけ亡き父から強い信頼を得ていたのだ。
そんな二人が住み分けるように『エルフの魔石』に関わっていることも、不思議ではない気がしてきた。
「エルミアのその役割は昔から?」
一通りの話を聞き終えた俺は、自分自身でも、何とも意味のない言葉を口にしてしまった。
「はい。フェリス様からの命により、イチノス様が魔法学校へ入られる頃から、私はこの仕事を引き受けております」
俺が魔法学校へ放り込まれた頃というと、既に15年以上前だ。
エルミアは15年も俺に気付かれることなく、そんな役目を続けて母を支えていたのかと思うと、頭が下がる思いだ。
俺は改めてエルミアの言葉の意味を噛みしめながら、彼女の表情を読み取ろうとした。
だが、昔に比べて皺の増えたエルミアの顔には穏やかな微笑みが浮かんでおり、そこには一切の曇りも迷いも見いだせなかった。
そんなエルミアの微笑みに魅了されてしまったのか、俺は他にも訊ねるべき事がある筈だと感じながらも、次の言葉が思い浮かばなかった。
先ほども述べたが、『エルフの魔石』は子孫繁栄に効果があると言われている。
もっとも、『エルフの魔石』を用いた懐妊では、女子が生まれる傾向が高いとの話はある。
それでも子孫を欲する貴族は、この王国内にはなぜか多く、その事から人間種ではないエルフである母が、貴族としての社交を執り行う上では欠かせない素材となっているのが『エルフの魔石』だ。
そもそも貴族とは、何らかの功績を上げて国王から爵位と特権を授かり、その栄誉と爵位と特権を血筋で守ろうとする者たちだ。
そんな貴族連中にとって、『エルフの魔石』を手に入れることは、家門の繁栄を確かなものとするに等しいと考えるのだろう。
そんなことを考えていく中で浮かんだのは、今ここで問い掛けても意味があるのか躊躇う疑問だった。
それは、俺が研究所に勤めていた頃、研究所へ持ち込まれた『エルフの魔石』の存在だ。
エルミアが所在管理をしていたという『エルフの魔石』の一つが研究所に持ち込まれた際、その元が『魔鉱石』であることが調べられた。
後に『エルフの魔石』へ魔素充填に挑んだことで、魔力切れによる死者を出すという不幸を招いている。
そのことが王国内での『魔鉱石』への魔素充填の禁止を引き起こしたのは事実だ。
そのことで、ここ数年は『エルフの魔石』の管理も厳しいものとなっているだろう。
だが、そもそも研究所に持ち込まれた『エルフの魔石』が、どこから湧いてきた代物なのかということだ。
「エルミア、その役割に関することで聞いても良いか?」
「はい、何でしょうか?」
「王都の魔法研究所に『エルフの魔石』が持ち込まれたのは知っているか?」
「はい、存じ上げております」
「それが原因で人が亡くなっているのも⋯」
「それが原因の一つで、複数人の魔導師が亡くなられた話も存じ上げております。続けて申し上げれば、魔導師の方々が亡くなられたことで、王国内での『魔鉱石』への魔素充填を国王が禁じられたことも伺っております」
俺が踏み込んで問い掛けようとすると、エルミアが自ら『エルフの魔石』から『魔鉱石』に関わることまで、そして国王の判断までをスラスラと答えてきた。
「じゃあ、その研究所に持ち込まれた『エルフの魔石』は⋯」
「イチノス様、お待ちください」
今度はハッキリとエルミアが俺の言葉を止めてきた。
「イチノス様は問題となった『エルフの魔石』の出所を聞かれて、どうされるのでしょうか?」
「!!」
「そうね。エルミアの意見も一理あるわね。イチノス、そのことを知ってどうするの? その事を知るとイチノスにとって何か良い点があるの?」
「⋯⋯」
「それに、研究所へ持ち込まれた『エルフの魔石』の話と、今のイチノスが知りたい『魔石』の話、どっちが大切なのかな?(笑」
掘り下げようとした俺の言葉にエルミアが答えると、母が半笑いで追い討ちを掛けてきた。
これは、研究所に持ち込まれた『エルフの魔石』の件は掘り下げるなと言うことだな。
「わかりました。あの薄緑色の石の話に移りましょう」
俺はそう告げ、カバンから薄緑色の石を入れた布袋を取り出すために、一緒に入れていた黒っぽい石を机の上に置いた。
その黒っぽい石を脇によけ、薄緑色の石を入れた布袋を机の中央に置き、二人の前で開いてみせた。
中には、ムヒロエから預かった時のままの石が2個収まっていた。
「イチノス様、失礼します」
そう告げて、エルミアが薄緑色の石が入った布袋に手を伸ばす。
それを止めずにいると、エルミアは手元に引き寄せ、丁寧な手付きで薄緑色の2つの石を1個ずつ手に乗せて見つめ始めた。
まあ、落として傷を付けなければ良いだろう。一応、ムヒロエからの預かりものだからな。
まさかとは思うが、エルミアは『魔石』の鑑定なんて出来ないよな?(笑
そんなエルミアとは違った反応を見せてきたのは母だった。
「イチノス、そっちの黒いのは?」
「あぁ、これですか? 文官から報告は来ていませんか?」
「文官って?」
「獣人の文官をご存知ないですか?」
「あぁ、あの二人ね」
「その二人から古代遺跡の報告は聞いていますよね?」
「古代遺跡の件ね。聞いてるわよ。ちょっと待ってね、エルミア」
「はい」
名を呼ばれたエルミアが、薄緑色の石を布袋に戻し、机の上に置かれていた呼び鈴を鳴らした。
チリンチリン
うん、何処かで聞いた音だな。 そんなことを思っていると、人の走る足音が聞こえて、アナスタが東屋へ向かって来るのが視界の端に見えた。