27-7「勇者の定義と迷いの中で」
「勇者が誰であるかは教会が唱えることであり、聖職者ではない私の口から答えることではありません」
これだ!
これは教会長を俺の店へ招いて話し合い確認したことだ。
確かあの時に『勇者の条件』についてベルザッコ教会長と確認したはずだ。
そのことをメモにも書き記したはずだ。
俺はコンラッドの言葉で一つの解決策が見えてきた気がした。
「そうだな、変な質問をしてしまった。忘れてくれ」
「イチノス様、教会長のベルザッコ殿と『勇者の条件』については会話されなかったのですか?」
どうしてコンラッドはこんなにも勘が鋭いんだ?
いや、こうした話に至ることをコンラッドは想定していた気がする。
「勇者の条件の話はしている」
俺はそう答え、教会長を店に招いて話をした際にメモに記した『勇者の条件』を思い出した。
〉◆勇者の条件
〉2■.魔王を討伐する
〉3■.教会が『勇者』と認める
〉1■.別世界から転移してきた
確かそんなメモを書き記したはずだ。
「まず、この世界で勇者となる人物は別の世界から来ること、そして魔王を討伐することだ。最終的に教会がその人物を『勇者』と認める、そんな流れだったと思うぞ」
「イチノス様、そこまでの答えを持たれているのであれば、『今の勇者が誰か?』を得る方法もあるのではないのでしょうか?」
コンラッドが真っ直ぐに俺を見詰めて告げてきた。その瞳は普段は周囲に見せることの無い真剣な眼差しだ。
「ーーコンラッド」
「何でしょう?」
「俺の考えというか、勇者に関する知識は正しいのか?」
「はい、イチノス様の知識と今の考えは間違っておりません」
そこから俺もコンラッドも黙して語らず、互いに目線を逸らさなかった。
東屋全体を静寂が包み、この静寂が俺に思考を巡らす時間を与えてくる。
チュンチュン
ここでも鳥の鳴き声がするのか。
そうだよな、これだけ広い庭園を囲う木立があるんだ。
そう思った時に、コンラッドの言葉で静寂は破られた。
「さて、イチノス様からは他に話がありますでしょうか?」
「いや、今日はここまでにしよう。コンラッドがその口調になるのは、ここからは自分で考えろと言うことなんだろ?」
「さすがはイチノス様です」
そこまで告げたコンラッドが席を立った。
東屋から離れ領主別邸の本館へと向かうコンラッドの背を眺めながら、ここまでの自分の考えを振り返る。
まず最初に俺は生存している勇者を探した。だが生存している勇者は今はいないと言う結論が導かれた。
それでも俺は生存している勇者を求めてしまった。そこに間違いがあったのだ。
俺はそれでも諦めずに、生存している勇者を求めて、教会長と勇者の条件を詳しく話した。そこで、勇者の条件と定義は定まったのだ。
生存している勇者はいない。けれども、勇者の条件と定義が定まった。
そこから導かれるのは最後の手段となるだろうが、自分自身の手で勇者を生み出せば良い気がしてきた。
今の俺は聖職者ではなく魔導師だ。
それに、俺は貴族の子息が学ぶべき『教会の罪』については学んでいない。つまり、今の俺には『教会の罪』という足枷はないと言える。
勇者の存在に関わる『教会の罪』について、俺が伺いを立てる必要はどこにもない。
別世界から勇者となるべき人物を招き、その人物に勇者としての条件を満たしてもらう。
そして、教会がその者を勇者として認定すれば、俺の求める『生存する勇者』が完成する。
魔王の討伐や、教会の承認にこだわる必要はないように思えてきた。そのことについて、教会長と話した記憶もある。
別世界から招いた者が後に教会に認められたなら、その者は勇者になるのではないか?
そもそも、魔王の討伐なんて、結局は教会がその者を勇者として認める際の言い訳に過ぎないように思えてきた。
だが、そこまで考えたところで、この方法における根本的な問題に気がついた。
どうやって、勇者になり得る人物を別世界から招くのか?
俺は、別世界の人物をこの世界へ招く方法を知らない。
いや、待てよ。
俺が別世界から勇者に成り得る人物を招く必要はない。
俺以外の誰かが、別の世界から勇者に成り得る人物をこの世界へ招く方法を知っているのか、または実際に招いたことがあるのかを調べる方が先かもしれない。
「ーーチノス様!」
アナスタの俺を呼ぶ声で思考が止められる。
声の方に目をやれば、アナスタが純白の布を片手にテーブルの脇に立っていた。
「間も無くフェリス様がいらっしゃいます」
アナスタの言葉に、慌てて本館の出入口へ目をやると、青いドレスを着た母らしき人物と、家政婦長の服をまとったエルミアがじゃれあっていた。
今日の母の装いは青いドレスか⋯ そんなことより、どうして母とエルミアがじゃれあってるんだ?
いや、あれはじゃれあっているんじゃなくて、エルミアが母を押さえているんだ。
「あぁ、構わないが、少しテーブルの上を⋯」
「はい、今すぐに」
そう答えるや否や、アナスタは、見事な手際でテーブルの上の片付けを始めた。
俺はアナスタの邪魔にならないように席を立ち、アナスタの片付けを視界に入れず、本館の出入口で戯れる母とエルミアからも目を背け、東屋から一歩外に出て、陽の光を浴びながら庭を眺めることにした。
◆
「イチノス様、準備が整いました」
アナスタの声で東屋へ振り返れば、テーブルの上は綺麗に片付き、新たなティーセットまで準備されている。
「ここからは、エルミア家政婦長がお世話をさせていただきます」
「はぁ~い、イチノス!」
視界の端に青色のドレスが見えた途端に、母が俺の名を呼びながら両手を広げて小走りに向かってきた。
この両手を広げて俺に向かってくる母の姿は、抱擁を求める合図だ。
これは、母の抱擁を、俺が受け止める必要があるだろう。
俺は仕方なく、体当たりのような母の抱擁を受け止めた。
「しばらく見ない間に、こんなに大きくなってぇ~」
1週間ぐらい前に会ったと思いますが、俺の記憶違いでしょうか?
ウゥン
東屋の方から聞こえる咳払いはエルミアだ。
この咳払いは俺にとっては助け船なのだろうが、その程度の咳払いで母が抱擁を解かないのをエルミアは知ってるよな?
その後、エルミアの執り成しで、俺と母は、アナスタが整えてくれたテーブルを挟んで向かい合って座り、今日の会談が始まろうとした。
「イチノス、お昼ごはんは食べたの?」
「先ほど、イチノス様にはコンラッド殿と軽食を摂っていただきました」
母の問い掛けに、横から説明するように割り込んできたのはエルミアだ。
「そう⋯」
「フェリス様、お話に入られる前に、私からのお願いを先に伝えさせていただきます」
母の問い掛けを遮り、エルミアが何かを言い出してきた。
これは実にヤバイ感じだ。
こうして、エルミアが母を制して、自分の意見を口にするのは、往々にして小言が出てくる時だ。
「わかったわ。エルミアが先でいいわよ」
そう告げた母は、どこか含み笑いの混ざった顔をしている。
こうした時は、エルミアの小言が母に向かわないことを、俺は知っている。
こうした時は、エルミアの小言は、俺に向かっていることを、俺は知っている。
エルミアは、いつもと変わらぬ感じで淡々と紅茶を出す支度を進め、『湯沸かしの魔法円』から降ろしたティーポットへ紅茶の茶葉を入れ、蒸らしが始まったのか、その手の動きが止まった。