27-2「魔石の価値と店主の決意」
「さて、二人とも魔石の販売をどうするかは理解してくれたか?」
「はい、理解できました」
「う~ん⋯」
ロザンナはしっかりと答えてきたが、サノスは少しだけ反応が鈍い。
もしかして今のサノスは、昨日、俺があの場で考えたような、魔石の価格が上がることで起きる幾多の影響に気が付いたのだろうか?
その事で幾多の思考を重ねているのだろうか?
まさかとは思うが、魔石価格の上昇によって、冒険者が得られる利益が増える可能性にまで考えが及んでいるのだろうか?
父親のワイアットが冒険者だし、大衆食堂で働いていた経験から、冒険者の懐事情に配慮した思考をしているのだろうか?
「師匠⋯」
サノスが何かを言いたそうな言葉を口にしたが、俺はそれを手で制して止めた。
「サノス、色々と思うことはあるかも知れんが、これは俺の店としての決定事項として受け入れて欲しい」
「えぇ、それはわかるんですが⋯」
「わかってくれたなら、そこから先は自分で考えてくれないか? 転売目的の連中に魔石を売らないと決めたのは⋯」
俺はそこまで告げ、一息おいて続きを口にした。
「今回の決定は、あくまでも、俺の考えなんだよ」
「「⋯⋯」」
「さて、次の話に移るぞ。今日の俺の予定は一日外出だな。連日ですまんが二人で店番を頼むぞ」
「行き先は領主別邸ですね」
そう応えたロザンナが自分のマグカップをずらし、俺の予定を記したメモ書きを目の前に置いてペンを手にした。一方のサノスは、自分のマグカップからお茶を飲みながら、そんなロザンナを眺めている。
「それで夕方に戻れない可能性があるから、先に日当を払っておく」
「はい!」「はい⋯」
元気な声で応えたのはロザンナだった。サノスは相変わらずマグカップを手にしながら、何かを考えている感じだ。
棚から売上を入れているカゴを手にし、まずはサノスに日当を支払い、続けてロザンナにも支払った。
礼を告げて受け取った日当を財布に入れる二人を眺めながら、俺は日給月給の話を始めた。
「それで、この日当の支払いだが、日給月給にするのはどうだろうか?」
「「???」」
二人が顔を見合わせて首をかしげた。
「日当がもらえるか、毎日、俺が夕方に戻るか考える必要から解放されると思うんだが、どうだろうか?」
「師匠、それって月末とかに日当をまとめて支払うってことですか?」
「そうだな。サノスの言うとおりに、店番をした分の日当を、月末とかにまとめて支払う方法だな」
「イチノスさん、それって今ここで返事をした方が良いですか?」
サノスに続いて、日給月給へ移行する俺の提案に、意見を出してきたのはロザンナだ。
「いや、今じゃなくて良いぞ。サノスもロザンナも未成年なんだから、こうした取り決めは保護者と相談してから決めて欲しいんだ」
「「うんうん」」
「これで俺からの話は以上だが、二人からは何かあるか?」
「特に無いです」
「私もありません」
「『魔法円』の作成で行き詰まってないか?」
「「大丈夫です」」
「じゃあ、店を開けて仕事を始めようか?」
「「はい!」」
二人が元気に返事をして席を立ち、バタバタと動き始めた。
俺はサノスとロザンナに後を任せて、壁に掛けた外出用のカバンを手にして2階の書斎へ向かった。
2階の書斎扉の魔法鍵を外し、書斎へ足を踏み入れる。
カーテン越しの外光が差し込む薄暗い書斎だが、ムヒロエから預かっている薄緑色の石、そして古代遺跡から持ち帰った瓦礫から取り出した黒っぽい石を置いた場所はハッキリと覚えている。
まずはムヒロエから預かった薄緑色の石を、受け取った時の布袋のままで外出用のカバンへ放り込んだ。
続けて黒っぽい石を棚から取り出し、その一つを選んで同様にカバンに収めた。
さて、これで領主別邸へ行く準備はできたが⋯
店を開く前に幾度も歩いた領主別邸までの道のりを思い出し、試作品を収納している棚を漁る。
去年のあの時は既に暑さも過ぎていたが、今日は違う。
昨日にも感じたが、この気候で領主別邸まで歩くのは、暑さ対策が必要な気がして、以前に『冷風の魔法円』を使って作ったある物が頭に浮かんだのだ。
見つけ出したそれは、幅広で平らなヘラのような形状をしている。持ち手は細く長く、しっかりと握れるような太さになっており、先端に向かって幅が広がっている。先端は丸みを帯び、薄く平らで、全体的には軽いカーブを描く。通常のスプーンやフォークと異なり、先端部分には深さがなく、滑らかで広い面が特徴的だ。
この先端の広い面に『冷風の魔法円』を描いており、持ち手から魔素を流し込むと涼しい風が得られる仕組みになっている。
少々、人前で使うには勇気がいる代物だが、幼い頃に母の元を訪れた母の従姉妹の誰かが持っていたのを思い出し、研究所時代に自分で作ってみた代物だ。
試しに胸元の『エルフの魔石』から魔素を取り出し、持ち手の魔素注入口から流すと、冷たい風が今でも吹き出してくる。
これなら、道中で疲れて一休みする時に多少の暑さを感じても耐えられそうだ。
それを外出用のカバンに入れ、いつものように斜め掛けしてみる。
うん。正体不明の石が入ったカバンはやはり重い。
とはいえ、これらを置いて行っては母から今日の目的の話を聞きだすことは難しいだろう。
そう思い直し、重いカバンを肩に掛け直して、出発することにした。
他に忘れ物が無いかを考えながら書斎を閉めて階下へ降りて行く。
念のために用を済ませて作業場へ行くと、既にサノスとロザンナは自分の仕事を始めていた。
サノスは『製氷の魔法円』で、ロザンナは『水出しの魔法円』に取り組んでいる。
二人は共に魔素ペンを手にしており、眉間に皺を寄せて集中している感じだ。
「じゃあ行ってくる」
「「いってらっしゃ~い」」
カランコロン
二人の声に送られて店を出ると、店の向かい側の交番所の前に立つ三人の女性街兵士へ目が行き、思わず足が止まってしまった。
女性街兵士の一人は少し小柄でふっくらした感じで、彼女に関しては微笑ましい記憶がある。
もう一人は中肉中背な感じで、申し訳ないがあまり印象に残っていない。
あの俺の予定を気にしてくれる細身で背の高い女性街兵士は見当たらず、今日は非番で休みらしい。
そしてもう一人は明らかに上官な制服で帯剣しており、背が高く金髪のショートヘアーだ。
その容姿で記憶を辿ると一人の人物しか思い浮かばなかった。東町副長のパトリシアさんだ。
そう思った時、三人が互いに王国式の敬礼を交わしてそれを解くと、キビキビとした動きでパトリシアさんは冒険者ギルドの方へ向かった。
二人の女性街兵士は、そんなパトリシアさんの姿が見えなくなるまで見送っている。
一方の俺は、その様子を店の前から動かずに眺めてしまった。
俺としては格別にパトリシアさんに苦手意識は無いと思うが、これから俺が領主別邸へ向かうことを考えると、何故かパトリシアさんと会話する気にはなれなかったのだ。
まあ、シーラがパトリシアさんの元で世話になっている様子も少しだけ気にはなるが⋯




