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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年6月8日(水)
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27-1「朝の御茶と転売商人」

 王国歴622年6月8日(水)

 ・麦刈り九日目

 ・領主別邸へ


「イチノスさ~ん、おはようございま~す」


 ロザンナの声で目が覚めた。

 ベッド脇の置時計を見ると、8時を指している。


 カーテン越しの外光はすでに明るく、太陽がしっかりと昇っていることがうかがえる。まるで今日の天気の良さを知らせるようだ。


 トントントン


 階段を叩くような音がする。ロザンナが俺を起こすために階段を叩いているのだろう。


「起きてるぞ~」


 トン⋯


 俺の返事と共に、階段を叩く音が止んだ。


 昨夜は大衆食堂からの帰り道、冒険者ギルドで話題に上った魔石の転売が気になっていた。


 店に戻り、久しぶりに棚から取り出した魔導ランプに灯りを点け、作業場で売上帳簿を見直してみた。しかし、転売目的と思われる魔石販売の記録は見当たらなかった。


 続けて、何を思ったのか、今日の領主別邸へ向かうための準備として、外出用のカバンの中身の整理を始めてしまった。


 ムヒロエから預かった薄緑色の石や、古代遺跡から持ち帰った瓦礫から取り出した黒っぽい石を領主別邸へ持って行くために、カバンの中の整理を始めてしまったのだ。


 カバンから出てきた書類をすべて眺め、必要か不要かを一つずつ確認しているうちに、酔いも醒めていた。


 結局、ベッドに入っても寝付けず、東国使節団のダンジョウさんから贈られた『はじめての茶道』のお世話になってしまった。


 そんな昨夜のことを振り返りながら着替えを済ませ、階下に降り、溜まった尿意を解消してから見慣れた作業場へ向かうと、すでにサノスとロザンナが作業机に着いていた。


「師匠、おはようございます」

「イチノスさん、おはようございます」


「おう、おはよう」


 二人といつものように明るく朝の挨拶を交わし、机の上に目を向けると、香り立つ温かい御茶が朝の空気に溶け込むように置かれていた。


 三人で朝の御茶を味わったところで、今朝は俺から切り出した。


「昨日は店を一日空けて、すまなかったな」


「いえ、イチノスさんは忙しいですから」

「むしろ静かで集中できました」


 何故か二人の言葉に少しだけ刺を感じるのは気のせいだと思いたいぞ(笑


「昨日は、お客さんも少なかったのか?」


「そうですね。ポーションを買って行ったお客さんが一人と、魔石の値段を聞いてきた商人さんが来たぐらいです」

「うんうん」


 ロザンナの言う『魔石の値段を聞いてきた商人』が俺は気になった。転売目的で店に来た商人の可能性を感じたのだ。


「ロザンナはその魔石の値段を聞いてきた商人に見覚えがあったのか?」


「無いですね」

「私も初めて見掛ける人でした」


 ロザンナの返事をサノスが追いかける。二人の話しぶりから、初めて店を訪れた商人だとわかる。


「結局、その商人は魔石を買って行ったのか?」


 ブンブン ブンブン


 二人が揃って首を振り、話を続けたのはロザンナだった。


「最初に私が店に出て応対したんですが、オークとゴブリンのどちらが希望かを聞いたら、両方を教えてくれと言われたんです。それで、以前に店で買っている感じがしなかったのと、私の知らない商人さんだったのでセンパイと代わってもらったんです」


「私も知らない商人さんだったんで、商工会ギルドか冒険者ギルドの会員証を持ってるか聞いたら、『この店では会員証が必要なのか?』と聞かれたんです」


 ククク サノスの言うとおりだった。

 俺の店では、誰が何を買っていったかを売上帳簿にすべて記録している。


 そのため、サノスを雇った時に、顔に覚えの無いお客さんや名前のわからないお客さんには、冒険者ギルドか商工会ギルド、どちらかのギルドの会員証の提示を求めるように伝えていたのを思い出した。


「センパイ、なんか変なお客さんでしたよね?」

「うん、初めて来たお客さんだから、どうしようかと思ったけど⋯」


「サノス、結局その商人は会員証を見せて来たのか?」


 ブンブン ブンブン


 再び、サノスとロザンナが揃って首を振った。


「今日は会員証を忘れたとか言い出したんで、ますます変な感じがしたんです。それでロザンナに裏からお姉さんを呼びに行ってもらいました」


 お姉さんと言うのは、向かいの交番所の女性街兵士のことだな。


「そうか。じゃあ、お姉さん達が対応してくれたのか?」


「はい、交番所に連れて行きました」


「ククク、そうか(笑」


「イチノスさん」


 思わず笑い声を漏らすとロザンナが聞いてきた。


「ん?」


「もしかして、ご存じな商人さんでしたか?」


「いや、俺の知ってる商人じゃあないだろう。俺の知ってる商人や俺に用のある商人なら取次を願うだろ? そうした取次も無しで、魔石の値段を聞いてきたんだろ?」


「えぇ、言われてみればそうでしたね」

「じゃあ、お姉さんにお願いして正解だったんですね」


 ロザンナの返事をサノスが追いかける。これは適度に二人へ、そうした転売目的の商人には警戒心を抱かせた方が良さそうな気がしてきた。


「これからも似たような商人や冒険者、それに初めてのお客さんが来て魔石について聞いてきたら、同じように会員証をお願いしたり、向かいのお姉さんに伝えて対応してくれるか?」


「「はい!」」


 二人の返事を聞いて、俺はさらに言葉を続けた。


「それと、もし魔石を買いたいお客さんが来たら『在庫が少ないのでお一人様1個です』と応えてくれるか?」


「「お一人様1個?」」


「一人で3個も4個も買って行こうとする時点で変な感じがするだろ?」


「言われてみればそうですね。魔石をそんなに買って行くなんて、変ですよね」


 ロザンナが俺の話に応えたところで、サノスが俺を見詰めているのに気が付いた。


「サノスは何かあるのか?」


「師匠は昨日、商工会ギルドに魔石の入札に行ったんですよね?」


「そうだが?」


「もしかして、入札に参加できなかったんですか?」

「!!!」


 サノスの言葉にロザンナが驚き、俺を見てきたところで、俺は二人を両手で制した。

 二人にこのまま自由に話をさせると、変な方向に話が進む気がしたのだ。


「二人とも落ち着いて聞いてくれるか?」


 俺の言葉に二人が椅子に座り直した。これなら二人とも、落ち着いて聞いてくれそうだ。


「結論から言えば、商工会ギルドでの魔石の入札は中止になったんだ」


 俺はこの言葉を皮切りに、昨日、聞き及んだ魔石の転売目的の商人についての説明をしていった。


 王都で魔石の価格が高騰していることから、リアルデイルで魔石を購入し、王都や他の街で高く売り払って利益を得ようとする、そんな魔石の転売商人が現れていることを話した。

 そして、そうした商人がこのリアルデイルの街へ来ているであろうことを伝えた。


 一通りの説明を終えたところでサノスが呟くように口を開いた。


「それで商人さんが買いに来たのかなぁ⋯ けど⋯」

「⋯⋯」


 サノスの呟きの最後は聞き取れない程に小声だが、『けど』と何かを考えている言葉は聞き取れた。

 これは魔石の転売について、サノスなりの考えが生まれている証拠だと思いたい。


 一方のロザンナは黙して何かを考えている感じだ。何も言葉を外に出さないのは、ロザンナが思考を深める時の仕草だろうか?


 何れにせよ、俺の店としての対応はサノスとロザンナに伝えた。魔石転売の弊害や善悪、それが自分達にどのような影響を及ぼすのかは、ここで俺からは口にせずに、自分達で考えてもらおう。


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