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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年6月7日(火)

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26-20「日常の片隅での決意」

 

「イチノスさん、どうしてこんな話を⋯」


 俺の説明を聞き終えたキャンディスさんが、呟いた。


「そうよ、こんなに忙しい時に、そんな案件は⋯」


 メリッサさんも、同じく呟く。


「ナタリア、場所の確保ってできる?」

「ギルドに戻らないと⋯」


 タチアナさんとナタリアさんは、少し前向きな様子だ。


「無理無理」

「うーん⋯」


 レオナさんとカミラさん、どちらが『無理』と口にしたのだろうか?


 俺の話を聞き終えた全員が、悲喜こもごもの反応を見せている。

 これは、ここにいるそれぞれが自分の役割を踏まえて、自分に何ができるかを考え始めている証拠だな。

 これなら、もう俺にできることは無いと思うぞ。


「では、私からの話は以上です。後はよろしくお願いします」


 そう告げて椅子から立ち上がろうとした瞬間、隣に座るシーラが俺の手首を掴んだ。


「イチノス君、逃げるつもりでしょ!」


「はい、逃げます。もう俺にできることは無いからね(笑」


 俺の手首を掴むシーラの手に、そっと反対の手を重ねると、彼女は驚いたように慌てて手を離した。


「シーラ、君ならできる。頑張って(笑」


 そう笑顔で告げて椅子から立ち上がり、すぐ後ろの扉を開けた俺は、廊下を小走りで進み階段を駆け降りた。


 1階の衝立の仕切りを越えると、受付カウンターに並ぶ冒険者たちが見える。


 そのまま事務方の横を通り過ぎたところで、一瞬、受付カウンターに座っているオバサン職員と目が合った。

 ニッコリと微笑んでくれたので、俺も笑顔を返した。


 それを合図に、受付カウンターに張り付いていた冒険者たちとも目が合った。


「おう、イチノス」

「久しぶりだな」


 そんな社交辞令の混ざった挨拶に応えながら、受付脇のスイングドアを通り抜けたところで問い掛けが聞こえた。


「イチノスさん、終わったんですか?」


 声の主は受付カウンターに座るニコラスさんだった。


「終わりました。じゃあ、また」


 軽くニコラスさんに応えてホールを抜け、冒険者ギルドを出ると、西陽が眩しかった。


 いつも街兵士が立つガス灯の方へ足を向け、数歩進んで振り返る。

 誰も追ってきていないことを確かめ、いつもの歩みで風呂屋へ向かって歩き出した。


 ガス灯で右に曲がり、風呂屋へ向かうと、入口には昨日も見た『蒸し風呂故障中』の貼り紙が目に入る。

 まあ、今日も広い湯船でゆっくり浸かって、仕上げに水を浴びよう。


 ◆


 昨日と同じように、広い湯船に浸かっていると、俺の後から入ってきた顔見知りの連中が声を掛けてくる。


「イチノス、この後で行くのか?」


「そうだな、大衆食堂だな」


「久しぶりに南町に行かないか?」


「すまん、明日もあるんだ」


 そんなやり取りが一段落したところで、広い湯船で肩まで浸かり、今日一日を振り返った。


 昼前の商工会ギルドで予定されていた魔石の入札は中止になったし、その背景も把握できた。


 冒険者ギルドのキャンディスさんが、要請があれば俺の店と東町の魔道具屋に魔石を供給できると言っていたから、これ以上は考えるのはやめよう。


 次は、製氷業者との保守契約の話だ。

 魔石の入手や、相談役に就任した俺とシーラが一部の商会と保守契約を結ぶことに焦点を当てたんだよな。


 もし俺とシーラが製氷業者と保守契約を結ぶことに問題があるとの意見が聞こえたなら、店で魔石を買ってもらう形で対応する予定だ。


 逆に問題がないとの声が聞こえた場合でも、同じように店で魔石を購入してもらうことにすれば済むのだ。結局、得られる結果は変わらないな。


 つまり、今の俺がすべきことは、製氷業者のためにどれだけの魔石を抱えるかを見極めることだ。そのためには、魔石の交換頻度をどれくらいにするかだが、この点については商工会ギルドからの報告を待つしかない。


 うん、これも今のところ、俺が動ける話ではないな。


 その後のカレー屋での水出しも問題なく終わったし、冒険者ギルドでの契約も無事に済んだ。


 そして先ほど見習い冒険者たちとの約束も果たせたし、すべて順調に進んでいる。


 さあ、もう一度水を浴びて、大衆食堂でエールを楽しもう。


 そう思い、広い湯船から上がって、水風呂の水を桶に汲み、頭から一気にかぶった。


 ◆


 俺と入れ違いで風呂屋へ向かう冒険者たちと軽い挨拶を交わしながら、大衆食堂へ向かう。


 明かりは灯っているが、街兵士の立っていないガス灯で曲がると、既に教会の鐘が鳴ったからか、歩道に張り出していたテントは見当たらない。


 そんな道を歩きながら、明日に思いを馳せる。


 まず、朝一でサノスとロザンナに魔石販売の一時停止を伝える必要がある。


 その次は、二人に日給月給制導入の打診だな。これは二人とも日給月給制に同意してくれるかが課題だな。

 片方が日払いで、もう片方が月払いだと、結果的に手間が増えるだけだ。

 どちらにしても、二人の意見が一致してくれることを願うしかないな。


 切り替えの話が済んだら、明日の日当も支払ってしまおう。

 明日は領主別邸に行った後、店に戻れるかどうか分からないからな。


 明日のことを考えていると、もう大衆食堂の前だ。

 反対側にある冒険者ギルドでは、建物の中に灯りが灯っているのが見える。

 あの後も議論が続いているのか、それとも一旦打ち切って、今日の取りまとめに切り替えたのか?

 まあ、どちらにしても今の俺が顔を出したり口を挟む状況ではないな。


 最後に、見習い冒険者を例に出して説明会開催の必要性を話したが、キャンディスさんは「冒険者たちへの説明会も必要ですよね?」と自ら言っていた。

 メリッサさんも「それは商人たちも同じですよね?」と口にしていたな。


 そして最後に、タチアナさんとナタリアさんが


『それってリアルデイルの住民全員への説明も必要ですよね?』


 そんな爆弾発言をして、場が静まり返って悲喜交交の呟きが始まったのだ。


 まあ、レオナさんとカミラさんを含めた全ての文官たちとこの状況を共有すれば、この話も滞りなく進んでいくだろう。


 どんな形で説明会が開かれるかは、俺が考えることじゃ無いからな。


 むしろ今の俺は、そんなことを気にするより、この出来上がった体にエールを注ぐのを優先しよう。


 ガチャ


「は~い、いらっしゃ~い」


 大衆食堂に足を踏み入れると、いつものように店内の喧騒に負けない声で、給仕頭の婆さんが迎えてくれた。


「イチノスか」


 婆さんは笑顔だが、その口ぶりには少し引っかかるものがある。


「そうだな、イチノスだ(笑」


「一人なのかい?」


 俺の返しは無視され、婆さんは妙なことを口にする。


 一人じゃダメなのか?


 そう思いつつ、店内を見渡すと、席の埋まり具合は半分にも満たない。

 そしていつもの長机の、いつもの席が空いていたのでそこに腰を降ろして婆さんへ注文をして行く。

 まずはエールを頼み串肉を頼み再びエールのいつもの流れだ


 直ぐに出された一杯目のエールを出来上がった体に注いで行く。


 ゴキュ ゴキュ ぷはぁ~


「イチノス、お代わりだろ?」


「おう、頼むぞ」


 そう応えながら空のジョッキと木札を婆さんに渡すと、その向こうにオリビアさんがお代わりのエールを持って待っていた


「イチノスさん、シーラさんと一緒じゃないの?」


「ん? シーラとはギルドで別れたよ。多分、この後も商工会ギルドで仕事するんじゃないのか?」


「「ふーん」」


 婆さんとオリビアさんの声が重なり、俺を見てくる細い目も重なっている気がしたが気のせいだよな?


 ─

 王国歴622年6月7日(火)はこれで終わりです。

 申し訳ありませんが、ここで一旦書き溜めに入ります。

 書き溜めが終わり次第、投稿します。

 ─

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