26-17「魔石の転売」
応接室を出たところで、廊下の先の階段を昇って来る数人の気配を感じた俺達は、会議室へ向かおうとした足を止め、その気配を確かめる。
案の定、タチアナさんを先頭に、キャンディスさん、レオナさん、そしてナタリアさんが階段を昇って来た。
商工会ギルドのメンバーと冒険者ギルドのメンバーが会議室の前で軽く頭を下げ合い、挨拶を交わすと、最初に口を開いたのはキャンディスさんだった。
「メリッサ、急に冒険者ギルドに来るなんてどうしたの? 急ぎの話?」
「急にお邪魔してすみません。どうしても今日中に⋯」
そこまで話したメリッサさんが、俺とシーラに視線を向け、それに気が付いたキャンディスさんが口を開いた。
「あぁ、イチノスさんとシーラさんにも参加してもらおうと思ったけど?」
「あの⋯ できれば最初だけ、イチノスさんとシーラさんには席を外してもらえると⋯」
どうやらメリッサさんは、俺とシーラに聞かれたくない話をしたいようだ。
「わかりました。キャンディスさん、応接室でシーラと待っていますので、私達の出番になったら呼んでください」
そう告げてシーラを見ると、軽く息を吐いて頷いてくれた。
俺とシーラは振り返ることなく連れ立って応接室へと戻ることにした。
シーラと二人で応接室に入り、扉を閉めるとき、ふと俺はあることに気が付いて、応接へ腰を降ろそうとするシーラに確かめた。
「シーラ、この扉は閉めても良いよな?」
「ふふふ、珍しいね。イチノス君がそういうことを気にするなんて(笑」
「いや、普段なら気にしないが、以前にメリッサさんが商工会ギルドでそういうことを気にしてたのを思い出したんだ(笑」
そんなやり取りをしながら応接室の扉を閉め、俺も応接に腰を降ろすと、いつになくにこやかな顔でシーラが俺を見つめてきた。
「イチノス君、魔石の入札で何かあったの?」
「⋯⋯」
どうしてこうもシーラは勘が鋭いんだ?
「さっき、キャンディスさんが魔石の入札の話をしたとき、久しぶりにイチノス君の不機嫌な顔が見えたよ」
「そ、そうか?(笑」
キャンディスさんが気づいていた感じもするから、シーラなら気にするのも仕方がないな。
「イチノス君、話せる?」
緑色の瞳で見つめるシーラの言葉を切っ掛けに、俺は魔石の入札でメリッサさんから聞かされた『クダラナイ言い掛かり』の話をシーラへ伝えていった。
◆
商工会ギルドでの魔石の入札で、メリッサさんから聞かされた『クダラナイ言い掛かり』の話をシーラに全て伝え終えると、シーラが口を開いた。
「なるほどね。確かに私達魔導師は、魔石の値段は仕入れた値段に調整した手間賃を乗せるだけだね」
「そうだろ。そうした魔石の値段に疑いを掛けられても、説明に困るだろ?」
「困ると言うか、『それが魔導師です』としか言い返せないね。その値付けが変だと言われたら、お店ならばお帰りいただくしか無いわね。けれども、そうした値付けが気に入らないとか言うのは、もう明らかな言い掛かりね(笑」
どうやらシーラは、俺が受けた『言い掛かり』に理解を示してくれた感じだな。
「イチノス君、店で売ってる魔石って幾らなの?」
「えっ?」
「サルタンの時には、オークならこのぐらいで売ってたんだけど」
随分と直接的な問い掛けだと思っていると、シーラが指を立ててきた。
「今のリアルデイルの街だと、幾らぐらいなの?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
俺は商工会ギルドからもらった魔石入札の資料がカバンに残っていることを思い出し、その資料を取り出してシーラへ渡した。
「その資料は、今回の魔石入札で商工会ギルドからもらった最低入札価格の資料なんだ」
「ふーん、やっぱりリアルデイルだと魔石は安いんだね」
「えっ?」
「今の王都だと、これよりも確実に高い値段だよ」
「そうなのか?」
「うん、私がサルタンで最後に仕入れた時にもこのぐらいの値段だったけど、あの魔王討伐戦が決まった頃から、魔石の値段は上がったのよ」
またしても、父が率いた魔王討伐戦の話が出てきた。
正直に言って、父が担ぎ出された魔王討伐戦が魔石の価格にまで影響を与えていたとは、俺は知らなかった。
「けど、戦争が終わってから魔石の値段は下がったはずだよ」
あぁ、なるほど。
シーラの言葉に、俺が魔石の価格変動に気付かなかったそれなりの理解と言うか、納得を感じた。
確かに俺が研究所に勤めていた頃、魔王討伐戦が始まる以前は、王都で魔石の値段が上がっている話は耳にしていた。
だがそれは、物の値段の全般が高い、いわば物価の高い王都だからだろうと、俺は思っていた。
確かに、父の出兵が決まった時に、王都では全般の物価が上がっていた記憶はある。
だが俺は、相変わらず魔石の価格の変動なんて気にしていなかった。
なぜなら俺は、魔法学校時代から自身が使うための魔石を購入した記憶がないからだ。
魔法学校時代から、俺自身が使っていたのは、自分で『魔鉱石』から作った『エルフの魔石』を使っていたからだ。
母から渡された魔石袋に『エルフの魔石』を入れて首から下げて使っていたので、自分で魔石を買い求める必要が無かったのだ。
そう考えると、俺自身が自分の財布から代金を支払って魔石を購入したのは、店で魔石を取り扱うと決めた時だ。
あの時にはコンラッドが全般を仕切ってくれて、俺はランドル領から仕入れた魔石の代金の支払いをしただけだ。
一応、店での魔石販売の価格を決めるために、仕入れ値はコンラッドから知らされた。
そしてその価格は、今回の商工会ギルドからもらった入札最低価格より少し安かった。
そうか、あの時には魔王討伐戦も終わって、シーラが言うとおりに魔石の値段も下がっていたんだ。
「イチノス君、聞いてる?」
「あぁ、すまん。魔石の価格を思い出してた」
魔石の値段に関わる思い出を振り返っていると、シーラに突っ込まれてしまった。
「さて、そうなると、イチノス君の魔石入札に言い掛かりを付けてきた人達は、魔石の転売で利益を得たい連中の可能性があるわね」
シーラが思わぬことを口にして来た。
それに思わず俺は問い返した。
「シーラ、そうした連中がいるのか?」
「いるわよ。魔石の転売で利益を出してる商人は明らかにいるのよ。魔石の値段が安い領や街で仕入れて、王都とかの高値で売れる場所へ運んで利益を得るのよ」
「もしかして、シーラの店にもそうした転売目的の商人が魔石を買いに来たりしたのか?」
「値上がりが始まる直前とか値が上がり始めた頃に、魔石を買いに来た商人さんがいたね」
「シーラはその商人に魔石を売ったのか?」
「ううん、売らなかった」
「どうして売らなかったんだ?」
「イチノス君、私が魔石の転売に手を貸した方が良かった?(笑」
シーラは、魔石を買いに来た商人が転売目的だと気がついたのだろう。
「もともとね、私の店は半分魔道具屋に近かったから、水出しや湯沸かしとかの魔法円や魔道具を買ってくれたお客さんの為に、魔石を売ってたの」
「なるほどな、俺の店も同じだな」
「そうでしょ? 通常の魔道具や魔法円は魔石がないと使えない。それなら魔道具や魔法円を購入してくれたお客さんに末長く便利に使ってもらうために、魔石を供給するのが役目だと思うよね?」
そんな言葉に、やはりシーラは魔導師の家の生まれだと感じた。
それにしても、メリッサさんが伝えてきた魔石の入札での言い掛かりに疑問が湧いてくる。
あの言い掛かりは、俺が魔石の入札に参加するのを妨害するのが目的だったのか?
いや、もしかして商工会ギルドでの魔石の入札そのものを妨害したかったのか?
どうにもこうにも、言い掛かりを付けてきた連中の目的に思いが行かない。
あの時、もっと冷静になってイワセルさんからきちんと話を聞いておくべきだったと、後悔の念に包まれそうになった。
コンコンコン




