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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年6月7日(火)

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26-15「契約の影」


 その後、ニコラスさんに案内され、シーラと共に2階の応接室へ通された。


 通された応接室には誰もおらず、ニコラスさんに促されて、俺とシーラは応接に腰を降ろして、しばらく待つことにした。


「イチノス君、契約書を出しておいても問題ないよね」


 そう問い掛けてくるシーラは、かなり機嫌が良い感じだ。タチアナさんと受付カウンターで話ができたことで、既に日曜日に開かれる紅茶の試飲会に心が傾いているのだろう。


 共にカバンから預かった契約書を取り出し、応接机に広げたところで、俺はシーラに尋ねた。


「シーラ、日曜の紅茶の試飲会は参加するんだよな?」


「うん、タチアナさんの話を聞いて、参加することにしたよ」


 そう答えたシーラの声は、やはりどこか弾んでいる感じだ。


 そんなシーラが応接机へ置いた契約書を改めて手にし、ぼそりと呟いた。


「それにしても、誰なんだろうね?」


 シーラが言わんとしているのは、あの商工会ギルドで見せられた『草案』を作った犯人が誰なのか、ということだろう。どうやらシーラは、まだ犯人捜しを諦めていないようだ。


「シーラは、草案を作った犯人が気になるのか?」


「うん、気になる。この先、誰に注意しておくべきかわからないと、今後の相談役の仕事で変に足を引っ張られそうだからね」


 確かに、シーラの言うことにも理がある気がしてきた。

 この先、俺とシーラを手駒にしようと企む連中や、俺たちが望まない扱いをしてくる連中。

 そうした連中が何かを仕掛けて来る度に、距離を置くなどの対処を考えて行くのは何とも煩わしい。


 相談役としての契約を結ぶのを機会に、こちらから牽制の意味で犯人を確かめておくのも一つの策かもしれない。


「シーラ、その話をこの後の契約書への署名の時に持ち出しても良いか?」


「それって、やっぱりイチノス君は犯人の目星が付いてるってこと?」


「多分だけど、今日は文官のカミラさんが同席すると思うんだ。カミラさんに少し問い掛けてみるよ」


「カミラさんに? それって⋯ わかった、イチノス君に任せる」


「いやいや、シーラ魔導師の協力も必要なんだよ(笑」


 俺の返事を聞いたシーラは、少しだけ首を傾げた。


 コンコンコン


「どうぞぉ~」


 応接室の扉がノックされ、俺が応えるとキャンディスさんとカミラさんが姿を表した。


 ◆


「イチノスさん、シーラさん、契約書に署名をいただき、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 キャンディスさんとカミラさんの社交辞令を交えた挨拶が終わると、すぐに相談役としての契約へ話が進み、俺とシーラは契約書に署名を済ませた。


 署名を終えたところで、獣人で文官のカミラさんが礼を述べ、それに続いてキャンディスさんもお礼の言葉を口にした。


 俺とシーラが契約書への署名を終えると、二人は肩から力を抜き、安堵した様子を見せてきた。

 そんな二人に対して、俺は軽く釘を刺すように口を開いて行く。


「さて、これで私もシーラ魔導師も相談役としての実務に取り掛かれますね」


「はい、そうですね」

「そうなりますね」


「早速ですが、今はどんな相談事が来ているんですか?」


「「⋯⋯」」


 案の定、俺の投げ掛けに二人が軽く身を固くし互いに視線を交わした。


「どんな相談事項が来ているのかを教えていただくのと、ギルドへ顔を出す日程の取り決めが必要ですよね?」


「はい、それなんですが、正直に申し上げますと、今現在、相談役のお二人に解決を願う事項の選定と優先順位を付けるのに手間取っております」


 カミラさんが淀むことなく素直に答えてきた。その様子から、この答えは事前に準備していたものだろうと容易に知ることができる。


「それは困りましたね。相談事項を提示していただかないと、私もシーラ魔導師も解決策を示すことができませんよ」


「はい、現状として我々の対応不足であると重々承知しております」


「それは、『私とシーラ魔導師が原因では無い』、そう述べていますか?」


「ーーはい。相談役のお二人が原因で相談事項が決められないわけではありません。従って、両相談役から解決策をご提示いただけないのも、全てが我々の落ち度となります」


 一瞬、カミラさんは返事に窮した感じがあったが、返答そのものには淀みがないように思えた。やはりこの返答も事前に準備していたものの一つなのだろう。


 俺はシーラへ向き直り、わざと少しだけ困った素振りで問いかけた。


「シーラ魔導師、どうしますか? 相談事項が決まっていないために、我々がギルドへ出向く日程も決められないようです」


「そうですね、それは困りましたね」


「そこで、これは私からの一つの提案ですが、聞いてもらえますか?」


「はい、イチノス魔導師の提案を聞かせてください」


 シーラが何かを察したらしく、俺の呼び方が『イチノス魔導師』になった。これなら、このまま話を続けても大丈夫だろう。


 俺はそれとなくカミラさんとキャンディスさんに視線を送ってから、言葉を続けた。


「私は今回の西方再開発事業は勅令による国家事業であると認識しています」


「「「⋯⋯」」」


「そして、この国家事業における魔法技術支援相談役の担当は、冒険者ギルドとされています」


「「「⋯⋯」」」


「ついては、私やシーラ魔導師が相談役として業務に挑むために訪れるのは、商工会ギルドではなく冒険者ギルドだと考えます。したがって、その日程については、冒険者ギルドに案を出してもらうのはいかがでしょうか?」


「なるほど。イチノス魔導師の案は良い提案ですね。私からは特に異論はありません。ただ、一つ意見を添えてもよろしいですか?」


 シーラが俺の考えを後押してくれた。だが俺は、シーラが意見を述べるのを想定していなかった。


「シーラ魔導師、どんな御意見でしょうか?」


「意見というよりは確認ですね。今日は既に6月の7日です。このまま相談事項が決まらず1週間を過ぎたりすると、月の半分が消化されてしまいます。そうなると、私もイチノス魔導師も、契約書に記された回数だけ冒険者ギルドを訪れるのは、今月は困難になります」


「なるほど、シーラ魔導師の言われることは、十分に理解できますし、とても適切なご指摘です」


 俺はシーラに答えてから、キャンディスさんとカミラさんへ目線を合わせた。

 二人は共に少しだけ目線が彷徨っている。


 これは契約書に俺とシーラからの署名は得られたものの、あの草案が原因でこの問答に持ち込まれたことへの反省と後悔が混ざっているのだろう。


「キャンディスさんにカミラさん」


「「はいっ!!」」


「今月のギルドを訪れる回数が、先ほど署名した契約書に定められた回数に達していない場合に、報酬はどうされるおつもりですか? 私やシーラ魔導師は何らかの不利を被る必要があるのでしょうか?」


「⋯⋯」

「イチノスさん、今回の問題は我々文官が引き起こした問題ですので、お二人へご迷惑はお掛けできません。報酬については契約書のとおりに全額を月末にお支払します」


 キャンディスさんは黙したままだが、カミラさんは言いきるように答えてきた。

 しかも『文官が引き起こした問題』と告げているが、これは口が滑った感じだ。これはもう少しだな(笑


「カミラさん、それは既に予算的に確保されていたのを支払うと言うことですか?」


「ーーはい、そう考えてください」


「わかりました。少し話が逸れますが、これも確認させてください」


「「⋯⋯」」


「あの草案を作られた文官の方を、この先、私やシーラ魔導師、そしてキャンディスさんやメリッサさんは気にする必要はありますか?」


「「!!!」」


「重ねて確認しますが、再発の危険性というか、再びあのような事態が起きる可能性は無くなったと考えてよいのでしょうか?」


「は、はい⋯ そうお考えください」


 カミラさんの答えを聞いて、俺は確信した。

 あの草案を作ったのは、やはり文官の誰かだ。

 そしてその文官は、カミラさんやレオナさんの上官だったが、あの草案を作ったことで、今回の西方再開発事業から外されたのだ。


 隣に座るシーラを見れば、緑色の瞳で俺を見て、軽く頷いてくれた。


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