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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年6月6日(月)

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25-17 サカキシルでの囁き

 

「イチノス、わかったよ。これでヴァスコとアベルに何を話したかの説明はお仕舞いだね」


 俺の『ニッコリ』に応えて、給仕頭の婆さんはすぐに意図を汲み取り、人垣に向かって終了の宣言をした。


 しかし、小さな声が人々の間から聞こえてくる。


「いやいや、もう少しイチノスさんの話を⋯」


 その声の主は、先ほど質問してきた商人だ。

 婆さんはその声に向き直り、鋭い眼差しを投げかける。


「なんだい、私の仕切りが気にくわないのかい?」


「⋯⋯」


 商人は一瞬怯んで押し黙るしかなかった。


 婆さんの迫力に圧倒され、彼はそれ以上何も言えなかったのだろう。


 そんな商人に、婆さんは容赦なく続けた。


「言いたかないけど、お前さん、口を出しすぎだよ。最初に口を開いたら出禁にすると伝えたよね」


 その言葉に、商人は完全に詰まり、何も言えなくなった。


 婆さんの厳しい言葉、商人とのやり取りを見ていた連中が、自分達の席へ戻るのか、バラバラと人垣が崩れていく。


 あらがっていた商人も、顔に覚えのある冒険者に誘われ、人垣から外れた。


「イチノス、すまなかったね。エールと串肉だったよね。エールは持ってきてるから後は串肉だね」


「そうだな。申し訳ないがエールをもう一杯頼むよ」


 婆さんが俺に目を向け、申し訳なさそうに尋ねた。

 それに応えて代金を渡し、婆さんが木札を長机へ置くと、席を立ち上がった。

 その姿に気づいたリリアとロレンツの親父さん、そしてハンスも、慌ててエールを頼んだ。

 皆の木札を出し終えた婆さんは、未だに残っている数人を追い払うようにしながら、厨房へと向かった。


 そんな婆さんの後ろ姿を眺めていると、ロレンツの親父さんが頭を下げて、思わぬ言葉を口にしてきた。


「イチノス、俺も謝っとく⋯」


「??」


「ヴァスコやアベルみたいな新人、それに見習いの連中は、ハンスやカールが面倒を見るべきだった」


 その言葉の向こう側で、ハンスも頭を下げてきた。


「それにだ、開拓団の話が、勇者であるランドル様の魔王討伐の話にまで及ぶとは思わなかった。その付近はハンスやカールでも思いが至らなかったんだ」


「いや、親父さん、気にしないでくれ」


「そうか、そう言ってもらえると助かるよ」


 やはりロレンツの親父さんやハンスは、俺の出自を知っているな。

 そしてランドルの戦死に気を遣ってくれているんだな。


「それより、向こうはどんな感じだったんだ」


 俺は話題を切り替えるために、それとなく東方(王都方面)の様子をふってみた。


「向こうか⋯ 正直に言うが、今年も麦刈りの出稼ぎに行く連中が多かったな」


 ロレンツの親父さんが素直に返してきた。

 その話で、王都に住まう連中が周囲の領へ麦刈りの出稼ぎに行き始めている時期だと知れる。

 このリアルデイルの街でも、見習いから冒険者、それに幾多の人々を麦刈りへ駆り出している状況だ。


 王都周辺もさることながら、ランドル領の町や村、そしてウィリアム領の領都であるダマサイルやその周辺の町や村でも、麦刈りが始まっていてもおかしくはない。


「じゃあ、麦刈りの出稼ぎ、その護衛にロレンツの親父さん達は駆り出されたんだ」


「まあ、この時期に向こうから戻ってくる時はいつもそんな感じだよ」


「それは、向こうで乗せて、ランドルやダマサイル周辺で降ろして行く感じか」


「詳しくは話せないが、それに近いな。まあ、毎年の事だから特に変わったことは無かったが⋯」


「お邪魔します」


 そんな話をしていると、俺の向かいの席にリリアが公表資料を手に座ってきた。

 手にする公表資料は馬車軌道の頁が見て取れる。

 どうやらリリアは馬車軌道の件、『株式会社』の話をどうしても俺から聞き出したいようだ。


 ん? 待てよ?


 リリアは西街道に馬車軌道が敷設されることを前提で話しているんだよな?


 〉父と母から調べてこいと言われて


 確かリリアはそんなことを口にしていたよな。


 リリアの両親は、どこで誰から、西街道に馬車軌道が敷設される話を聞いたんだ?


 俺はアンドレアから西街道に馬車軌道を敷設する話を聞いていたが、もしかしてリリアの両親もアンドレア本人から直接聞いたのか?


 アンドレアとリリアの両親の接点は⋯


 アンドレアはジェイク叔父さんに気に入られている商人だ。

 そのアンドレアが西街道の道程でサカキシルの宿屋に泊まれば、宿屋を営むリリアの両親と接点は出来るな。

 そこから話が流れて、今こうしてリリアが調べというか裏取りに動いているのか?


 いや、待てよ⋯


「リリア、どうした?」


 そんなことを考えていると、ロレンツの親父さんが俺の向かい側に座ったリリアへ問い掛ける。


「ロレンツの親父さんは、『株式会社』って知ってます?」


「あぁ、リリアはギルドでも言ってたな。その件を知りたいんだよな?」


 ロレンツの親父さんがそう答えながら、俺を見てくると、ハンスまで期待のこもった目を向けてきた。

 この長机に同席した皆が、馬車軌道の敷設の件と、『株式会社』の件を俺から聞き出したいようだ。


 リリアのように、『株式会社』の仕組みを知らないならば、そこからの学びになるのは当然のことだ。

 一度はリリアに、商工会ギルドで質問することを勧めたが、『株式会社』の仕組みについてならば、俺から説明しても問題ない気がしてきた。


 俺は深呼吸してから、リリア達に向き直った。


「わかった。俺の知っている範囲で話しても良いが、一つ確認させてくれるか?」


「確認?」


「なんでリリアは、馬車軌道の『株式会社』が気になるんだ?」


「父さんと母さんから、聞いてこいって言われたし、『株式会社』なんて私は知らないから」


「それだけか?」


「は~い、お待たせ~」


 絶妙な間で、給仕頭の婆さんがエールの満たされたジョッキを両手に運んできた。


 ◆


「じゃあ、改めて乾杯ね」


 リリアの音頭で、俺たちは一斉にジョッキを掲げた。


 乾杯の音に続けて、リリアから馬車軌道に関する話の出所を聞き出した。

 彼女が語った話は、やはりと言うべきか、予想通りの内容だった。


 リリアが言うには、俺が古代遺跡へ行っていた時、ジェイク叔父さんがサカキシルの宿に寄っていて、その際にリリアの両親に西街道に馬車軌道を敷設する件と、氷室を建設する件を話して行ったというのだ。


 そして、さらに驚いたことに、ジェイク叔父さんは月が変わる6月まで、この件に箝口令をしいていたというのだ。


 リリアの話を聞き終えると、隣に座っていたロレンツの親父さんが静かに口を開いた。


「そうか、親父さんもお袋さんも巻き込まれた感じだな(笑」


「その話でも驚いたんだけど、ジェイク様も昔は冒険者みたいなことをやってたと父さんから聞いて、更に驚いたわ。ロレンツの親父さん、知ってた?」


「あぁ、知ってるぞ。ウィリアム様とジェイク様で一緒にやってたらしいな。そうだな、ハンスが生まれる前だから20年以上前か。ジェイク様もウィリアム様も、そして俺も若かった頃だな」


 ロレンツの親父さんが幾分遠い目をしながら答えつつも、俺へ視線を向けてくる。

 その視線は、どこか半分俺へ気遣う雰囲気を纏っていた。


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