1-3 フェリス登場
カランコロン
再び店の戸を開ける音がして、赤のロングドレスにレースのカーディガンを羽織った女性が店へ入りながら俺の名を呼ぶ。
「はぁ~い、イチノス!」
その声の主の女性が俺の母親のフェリスだ。
金髪のショートカットから見えるのは先の尖った耳、正しくエルフの証だ。
狭い店内を小走りに、母が両手を伸ばして俺へ駆け寄る。
これは母が抱擁を求める合図だ。
「イチノス! 久しぶりなんだからぁ~」
「はいはい」
俺は母の求めに応えて抱擁を交わす。
母と抱擁を交わしながら店のドア越しに外へ目をやれば、先程の青年騎士が店の入口の前に仁王立ちだ。
その様子は店への来訪者を拒絶するようで、そんな様子を店の外から見られたら、また客が減りそうな感じだ。
「フェリス様、奥にお茶の用意があるそうです」
「イチノス、ありがとう! 私を歓迎してくれるのね♡」
「もちろんです。お母様」
母の声に抱擁を解き、歓迎の意を表せば満面の笑顔を見せてくれた。
コンラッドを先頭に母そして俺の順番で、お茶の準備をした店の奥の作業場へ入る。
コンラッドがテーブルの様子を一瞥して、弟子のサノスがいつも座っている椅子を引き母を案内する。
俺が自分の椅子へ座ろうとすると、コンラッドが声を描けてきた。
「イチノス様、お手数を掛けて申し訳ありませんが、湯捨ての器をお借りできますか?」
どうやら俺の準備では不足していたようだ。
慌てて台所へ向かい、手頃な器を探すが見当たらない。
仕方がないので片手鍋を手に戻ると、母とコンラッドから目を細めた顔を向けられてしまった。
二人共、弟子と同じ顔をするのね。
この片手鍋は冗談じゃないからね。
本当に手頃な器がないからだからね。
俺がどうしようかと片手鍋を手に戸惑うと、母が声をかけてくれた。
「イチノスも座って。コンラッドに淹れて貰うから」
「何かすいません。お願いします」
「お気になさらず。フェリス様が口にされるものは全て私が毒味をしますので」
コンラッド。
それは俺が母を毒殺すると言ってるのか?
片手鍋をコンラッドへ渡して、母の向かい側の自分の席へ座り、コンラッドがハーブティーを淹れる様子を伺う。
コンラッドはティーポットの中を確認しハーブティーの種を入れると、迷うこと無く『湯出しの魔法円』に置いた。
「失礼します」
コンラッドがそう告げ、魔法円の『魔素』注入口に右手の人差し指を添える。
左手を胸元に置き静かに深呼吸をすると、ティーポットの口から湯気が出始めた。
コンラッドがポットの湯をティーカップへ入れカップを温め始めた。
空になったティーポットを再び『湯出しの魔法円』へ置き『魔素』を注ぎポットにお湯を満たす。
そんなコンラッドの所作を眺めながら、俺は母に尋ねる。
「で、母さん。話って何かな?」
「あら、お茶も出さずに話をするの?」
はいはい。慌てた俺が悪いです。
「このティーセット、イチノスが研究所へ入る時に就職祝でランドルが贈ったものよね?」
「ええ、そうです⋯」
やっぱり母は気が付いたか。
「何んだか懐かしいわね」
そう母が呟き微笑む。
その呟きに答えるように執事のコンラッドが答える。
「そろそろ命日ですね」
「そうね。墓参りに行きたいけど⋯」
「まだ難しいと思われます」
「やっぱり?」
「来年になれば可能やも知れませんが⋯ ウィリアム様を通じて打診は出来ますが?」
「いえ、彼から打診したらダイアナ姉様は断れないでしょ?」
戦で死んだ父の墓参りに側室だった母が出向くには、父の正妻であったダイアナの了解が必要とは⋯ それが側室と正妻の関係なのだろう。
その墓参りの了解に、母が身を寄せている父の弟で伯爵のウィリアム叔父さんの伝手を借りるのも確かに策のひとつだ。
だがそれをすると、父の正妻のダイアナが強要された感があるのも事実だ。
「それでは私名義で打診します」
「ダメ元だけど、お願いできるかしら?」
「はい、承りました」
「いつも損な役をさせて、ごめんなさいね」
執事のコンラッド名義での打診であれば、コンラッドが元は父の騎士であったこと、今は母の執事であることから、それなりに両上司を思う部下の行動と言い訳が立つだろう。
また、正妻としても、夫の元部下の打診を断っただけとの言い分も成り立つのだろう。
そこまで会話をしていたコンラッドがティーカップに入れた湯を片手鍋に捨てると、ソーサーを置き温められたカップを乗せる。
ポットから丁寧な仕草でカップへハーブティーを注ぎ入れる。
ほのかにポーションに似た苦そうな香りに続けて、清々しい香りが周囲を包み込む。
この香りはサノスがブレンドを工夫した証だ。
通常のポーションは苦く焦げ臭い味がする。
ポーション作りに使われる薬草の味と香りだ。
その薬草の再利用なのだから、どうしてもその苦味と焦げ臭さが残っている。
それを少しでも緩和するために、サノスが清涼感の薬草をブレンドしたのだ。
「どうぞ」
そう告げたコンラッドが、俺と母の前へソーサーにティーカップを乗せた状態のハーブティーを出してきた。
出されたハーブティーを一口飲めば、香りそのままの味が口内に広がって行く。