25-4 昼御飯の先触れ
商工会ギルドから届いた製氷業者との会合への参加要請に、幾多の思考を繰り返したが、今やるべきこと=契約書の確認へ気持ちを戻した。
だが、何度か契約書を読み返したところで空腹を感じてしまった。
時計へ目をやれば、11時を過ぎている。
昨晩、大衆食堂の婆さんからもらったパンが残っているよな?
あれでも齧って、この空腹を誤魔化すのもありだな。
(カランコロン)
そう思った時に、店の出入口に着けた鐘の音が聞こえた。
((は~い いらっしゃいませ~))
サノスとロザンナの声が聞こえ、バタバタとした足音も聞こえる。
お客さんが来て、サノスかロザンナが応対しているのだろう。
あのパンで空腹を凌ぐか、昼食を求めて外へ出るか⋯
いや、外へ出るのはやめよう。
貰い物だがパンがあるのだ、食後に⋯
いや、3時のお茶の時間になったら昨日手に入れた和菓子を楽しんで、夕食まで繋ごう。
そして、和菓子を楽しむ際には、今日こそダンジョウさんから貰った茶道具で、抹茶を点てよう。
俺一人で楽しむわけにもいかないから、サノスやロザンナにも一服点てるか?
昨日は、冒険者ギルドで予定が狂ってしまった感じだったが、今日は大丈夫だろう。
「ししょぉ~ 伝令が来てます~」
階段の方から聞こえるサノスの声に動かされ、俺は伝令を受け取るために階段を降りて行った。
「サノス、何処からの伝令だ?」
「騎士さんがいらしてます」
騎士? 青年騎士のことか?
それならば母かコンラッドからの伝令だ。
これで領主別邸へ行く日時が決まるな。
そう思いながら店舗へ出ると、サノスの言葉のとおりに、青年騎士が立っていた。
「イチノス様 コンラッド殿からの伝令です」
俺とサノスの作業場での会話が聞こえたのか、青年騎士が伝令の詳細を口にしてきた。
「わかった。伝令ご苦労、受け取ろう」
青年騎士の王国式の敬礼に、同じ様に王国式の敬礼で答える。
すぐに敬礼を解いた青年騎士が、斜め掛けしたカバンから白い封筒を取り出してきた。
「コンラッド殿から、イチノス様への伝令です」
「わかった。イチノスがしかと受け取った」
受け取った封筒を片手に敬礼をしながら答えると、同じように敬礼で答えた青年騎士が横へずれた。
「イチノス様、間もなくシーラ様がいらっしゃいます」
シーラが来る?
アイザックは何を言ってるんだ?
そう思ったとき、横にずれたアイザックの向こう側、店の外に藍染のワンピースが見えた。
「?!」
(ククク)
おい、アイザック。
今、笑っただろう。
「わかった、伝令と先触れ、ご苦労である」
「失礼します(ククク」
思わず驚きを見せてしまった俺は、誤魔化すように労いを告げた。
青年騎士は、笑いを堪えた顔を隠すように、踵を使ったターンを見せてきた。
カランコロン
急ぎ足で店を出て行く青年騎士の後ろ姿から、店の前で待ち構える藍染のワンピースへ目が行く。
おいおい。
シーラは既に店の外で待っていたのか?
確かに青年騎士は先触れをしてきたが、幾らなんでもシーラが現れるのが早すぎだろ(笑
アイザックとシーラが扉の向こうで何か言葉を交わすと、店の出入口を開いてシーラが入ってきた。
カランコロン
「イチノス君 私を『お出迎え』してくれたの?(笑」
「ククク」
思わず、青年騎士の笑いが伝染ってしまった。
多分だが、二人は店の前で偶然に居合わせたのだろう。
「イチノス君、お昼はまだよね?」
シーラがバスケットを掲げて静かにそう告げた、瞬間、俺はさらに強い空腹を感じてしまった。
俺はシーラを招き入れ、作業場で皆とともに昼食を摂ることに決めた。
シーラを作業場へ案内すると、サノスとロザンナが歓喜の声を上げ、それまで緊張と集中が続いていた空気が一気に和やかになった。
その反応に少し驚きつつも、俺は二人を宥め、昼食のために作業机の上を片付けさせた。
サノスとロザンナの片付けを眺めながら、俺はシーラへ問いかける。
「シーラ、ギルドから届いたのか?」
「うん。その件もあって、イチノス君と話したくて来ちゃったの(笑」
どうやら、シーラは契約書や会合の案内を既に受け取っているようだ。
そういえば、店の外に貸出馬車が無かったな。
「今日は歩いてきたのか?」
「うん、体調も良くなったし前よりも近くなったからね」
「近い? シーラは今はパトリシアさんの家だよな? 近いのか?」
「あれ? そうか、イチノス君には話してなかったね。お姉さまの家は中央広場の直ぐ側だから、近いのよ」
シーラの言うとおりに、中央広場なら領主別邸よりは明らかに俺の店に近いな。
店から冒険者ギルドや、その先の風呂屋と同じぐらいだろう。
「サノスさん、これをお願いしても良いかしら」
作業机の上が片付きサノスが俺とシーラを見てきた。
それに応えてシーラが手にしていたバスケットをサノスへ手渡した。
「シーラさんこれは?」
「サンドイッチが4人分あるから、皆で食べましょう」
「ありがとうございます」
「助かります~。今朝はちょっとバタバタしてお昼御飯を準備出来なかったんです~」
二人が揃って礼を告げたが、サノスが余計なことを言い出した。
それでもシーラに渡されたバスケットを手に、二人で台所へと向かった。
「シーラすまんな。手間だっただろう?」
「ううん、さすがにお昼時に手ぶらじゃ来れないからね(笑」
そう言って笑うシーラの笑顔が、とても眩しく思えた。
「イチノス君はどうするつもりだったの?」
「ん? 何が?」
「お昼御飯よぉ~」
「あぁ、パンが残ってる筈だからそれで済まそうと思ってたんだ(笑」
「⋯⋯」
おい、シーラ
今の溜息の理由を教えてくれ!
「イチノス君は学校の時もそうだったよね?(笑」
「そ、そうか?(笑」
「それよりイチノス君」
「ん?」
「お店に置いてある椅子を持ってきても大丈夫?」
シーラに言われて気が付いた。
作業場には椅子が3脚しかないのだ。
これでは4人で座れない。
俺は、アイザックからの伝令を売上を入れているカゴの脇に置いて、もう1脚の椅子を店舗から作業場へと運ぶのを喜んで買って出た。




