23-20 アイザックが届け物
個室の窓から見える景色で、俺とシーラを乗せた馬車が中央広場を過ぎ、東西に走る大通りへ入ったのがわかった。
もうしばらくすれば、店の前の路地だ。
「もうすぐだよね」
「そうだな、シーラもこの街の感じを覚えて来たな」
「うん、意外とわかりやすいよね。ねえ、またお店に遊びに行っても良い?」
「良いぞ、いつでも来てくれ。シーラなら大歓迎だ。サノスとロザンナも喜ぶだろう。但し早めに来る時は、事前に知らせてくれよ(笑」
「そうだね。ねえ、イチノス君のお店は、お休み、定休日はあるの?」
シーラの問い掛けに、今月から店の定休日を設けたことを思い出した。
「休みと言うと五十日だな。その日はサノスもロザンナも店には来ない⋯ はずだな(笑」
「来ない はず?」
「店は開けないが、二人が魔法円を描きたくて来る可能性があるんだよ」
「あぁ、楽しい時期なんだね。そういえば、サノスさんが製氷で、ロザンナさんが水出しを描いてたね」
どうやらサノスやロザンナが抱えている魔法円を描く楽しさは、シーラも経験があるようだ。
「明日は5日だから、お店が休みでも二人は来るの?」
「あぁ、すまない。明日は二人は来ないだろうな。教会へ行くと言ってたから。それに俺も来客があるんだ。明日以外なら、いつでも遊びに来て良いぞ」
「教会かぁ⋯ そうだね。言われてみれば、明日は日曜日だから、教会でミサがあるのかぁ⋯」
そうした会話を重ねていると、馬車が店の前の通りへと入った。
洗濯屋が見え、もう間もなく店の前だ。
アイザックは来ているのだろうか?
コンラッドに願った魔法学校時代の教本は届いているだろうか?
そうしたことを思っていると、馬車の動きが止まった。
ブラインドを上げた個室の窓から改めて外を窺えば、店の前だ。
「着いたな。シーラ、ありがとうな」
「どういたしまして」
シーラの応えを聞きながら馬車から降りる支度を整えていると、従者台から人が降りる揺れを感じ、続いて車輪止めを掛ける音がした。
個室の扉を開いて降りると、若い従業員が礼を告げてきた。
「イチノスさん、ありがとうございました」
「いやいや、この馬車はシーラ魔導師が準備したものだ。シーラ魔導師に礼を言ってくれるか」
「そうでした。シーラさん、ありがとうございました」
慌てて若い従業員が頭を下げて、シーラへ礼を告げて行く。
そんな若い従業員が頭を上げたところで、俺は一言添えた。
「それと、御者さんにもきちんとお礼を忘れずにな」
「はい、そうですね」
恥ずかしそうに返事をして、慌てて若い従業員が御者の元へ行く。
その様子を眺めていると、走り寄る足音に続いて、聞き覚えのある声が聞こえた。
「イチノス様、シーラ様、失礼します」
そう告げて王国式の敬礼をしてきたのは、アイザックだ。
「来てたのか、アイザック」
「はい、少し前に着きました。イチノス様が夕刻に戻られると聞き、待たせていただきました」
そう告げてくるアイザックの視線は、女性街兵士の立つ交番所へ動いた。
そんなアイザックは、肩から胸元へ斜め掛けしたカバンを身に付けている。
そのカバンに、母へ鑑定を願ったムヒロエからの薄緑色の石が入っているのだろう。
すると、馬車の個室の中からシーラが声を掛けてきた。
「アイザックさん、帰りはどうします?」
「そうだな。アイザック、この後に予定はあるのか?」
「ありません。シーラ様、従者台は空いてますか?」
「うん、大丈夫よ」
シーラの返事を聞いたアイザックが俺に向き直る。
「イチノス様、ここでお渡ししても良いでしょうか?」
「おう、受け取るぞ」
アイザックが急いでカバンから小箱を取り出し、俺に渡しながら告げてくる。
「イチノス様、お届け物です。中には⋯ お二人からの手紙も入っております」
おっ!
アイザックが差出人と箱の中を具体的に口にしない。
コンラッドから、こうした周囲に視線のある場所で受け渡す注意点を学んだか。
「わかった、しかと受け取った」
「では、ここで失礼します」
再び王国式の敬礼を交わすと、アイザックは直ぐに御者の元へ向かった。
俺は馬車の個室の扉を閉めながら、改めてシーラへ声をかける。
「シーラ、また気が向いたら店へ遊びに来てくれ」
「うん、また来るね」
そう応えたシーラの顔は、いつになく嬉しそうに見えた。
御者と話を終えたアイザックが俺に軽く会釈すると、馬車の車輪止めを外して行く。
そのまま従者台へ飛び乗ると、馬車がゆっくりと動き始めた。
シーラが乗りアイザックが護衛として従者台に立つ馬車を見送っていると、製氷業者の若い従業員がそわそわし始めた。
彼の気持ちとしては、早く魔石を手に入れて氷室へ戻りたいのか、店が気になるのだろう。
「すまんが、先に店へ入ってくれるか?」
「えっ?!」
「店員がいるから、俺からの紹介だと伝えれば魔石は買えるから」
「大丈夫ですか⋯」
「店員は可愛い女の子が二人だぞ(笑」
「そ、そうなんすか?」
そこで嬉しそうな顔をするのか?(笑
「すまんが、俺は交番所へ寄って行くから」
「わかりましたぁ~」
そう返事をした若い従業員が、少し身なりを整えながら店の扉へと向かった。
それを見届け、先程から道の向かい側で今か今かという顔で待ち構えている女性街兵士の元へ、俺は向かった。
俺が歩み寄った事で、女性街兵士が遠慮なく王国式の敬礼を出してくる。
それに俺も軽く王国式の敬礼で応えれば、穏やかな顔で迎えの言葉を口にした。
「イチノスさん、お帰りなさい」
「ただいま。連日、不在で申し訳ありません」
「いえいえ、気にしないでください。これも職務ですから」
そこで敬礼を解いて、世間話がてら先程のアイザックの視線を確かめる。
「アイザックがお邪魔したみたいですね」
「えぇ、いろいろと話が聞けました(笑」
そこまで会話したところで、女性街兵士が微笑みながら改めて王国式の敬礼をしてきた。
ん?
「母君であるフェリス様の領主代行就任、おめでとうございます」
ここでその話題か?!
ようやく公にしたと言うことなのか?
いや、領主別邸の様子をアイザックから聞き出したのだろう。
「ありがとうございます。母の護衛に関わる際には、よろしくお願いします」
「はい!」
母の話題は、このぐらいで勘弁してもらおう。
俺が警戒への礼を告げに来たことで、思わぬ機会を女性街兵士へ与えてしまったようだ。
俺は軽い敬礼で誤魔化すように女性街兵士の元を立ち去り、逃げるように店へ飛び込んだ。
カランコロン
「あっ! 師匠、お帰りなさい」
「イチノスさん、お帰りなさい」
店ではサノスとロザンナが製氷業者の若い従業員を二人掛かりで接客していた。
「サノスにロザンナ、ただいま。彼に魔石を売ってくれるか?」
「はい。セルジオ、どっちの魔石にする?」
サノスの言葉に、セルジオと呼ばれた若い従業員が俺へ助けを求める顔を向けてくる。
セルジオか⋯
そういえば、この若い従業員の名前を聞いていなかったな。
サノスは彼の名前を知っていると言うことは、知り合いなのか?
「イチノスさん、マセキって種類があるんですか?」
「そうだな。予算にもよるが、まずは一番安いゴブリンので試してもらおう」
「ゴ、ゴブリンですか?!」
ん?
ゴブリンと聞いて、セルジオが微妙な顔を見せてきたぞ。




