表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年5月31日(火)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

300/507

19-8 貸出馬車(かしだしばしゃ)


 御者の案内で、アキナヒと共に黒塗りの馬車へ乗り込んだ。


 乗り込む際にアキナヒと席順で揉めたが、御者の言葉に従い、アキナヒには上座へ座ってもらい、俺は先週の公表と同じ位置で落ち着いた。


 一通り個室キャビン内を見渡していると、馬車が動き出す。


 黒塗りの馬車は、ウィリアム叔父さんの公表の際に迎えに来たのと同じで、揺れが少なく、随分と乗り心地の良い馬車だ。


 個室内の内装は、前に乗ったものに似ているのだが、少しだけ違いを感じる。


 まあ、前回乗った時に、それほど内装を記憶していないからだろう。


 そう思って、俺はこの馬車について、アキナヒへ尋ねてみた。


「アキナヒさん、この馬車はアキナヒさん個人の持ち物ですか?」


「いえいえ、私は馬車が持てるほど裕福じゃありませんよ(笑」


「それじゃあ、商工会ギルドの馬車ですね?」


「残念ながら違います。実は、とある商会からギルド宛に提供された貸出馬車かしだしばしゃなのです」


 そうか、貸出馬車かしだしばしゃか⋯


貸出馬車かしだしばしゃは、王都で何度か使ったことがありますね。リアルデイルの街では聞いたことがなかったですが、同じような商売を始める商会が出てきたんですね」


「そうですか、イチノス殿は王都で経験があるんですね。この馬車は1日の利用回数とか、街を出ないとかの制約はありますが、1ヶ月間格安で貸し出されて、とても助かっています」


 格安で貸し出されたか⋯

 それって商工会ギルドへの貢物みつぎものとか賄賂わいろにならないのか?


 ふと、そんなことを思ったが、今日の俺は口が滑り気味なので、グッと飲み込んだ。


「その方は、何でもリアルデイルでそうした商売、いわゆる貸出馬車かしだしばしゃの事業を始めたいらしいのです」


「なるほど、それでまずは商工会ギルドへ格安で貸し出したんですね」


「どうやらそうらしく、商工会ギルドと冒険者ギルド、それに街兵士長官のアナキン殿の所へも同じ様な条件で貸し出しているそうです」


「そんなにですか?」


 3台もの馬車を格安で1ヶ月も貸し出すとは、随分と豪勢な商会があるんだな。


 それに、貸し出し相手もよく選んでいる気がする。

 両ギルドで利用してもらえれば、ある意味で良い宣伝になるのだろう。


 加えて街兵士長官のアナキン・ストークスの所にまで貸し出しているのは賢明な策だ。

 実際に貸出馬車かしだしばしゃの事業を始める際に、街兵士からの小言を受ける心配も減らせるだろう。


 この街で貸出馬車かしだしばしゃの事業を始めようと考えた商人だか商会だかは、なかなかの策士のようだ。


「イチノス殿、この馬車の感想を伺ってもよろしいでしょうか?」


 突然、アキナヒが馬車の感想を尋ねてきた。

 アキナヒは俺に何を聞きたいのか少し悩むところだ。

 しかし、ここで答えるのは乗り心地を答えるのが無難な正解だろう。


「私が王都で乗った貸出馬車かしだしばしゃや駅馬車とは比べ物にならないほど、良い乗り心地ですね」


「はい、私も同感です。初めてこの馬車に乗った時、その違いに驚きました」


 やはり乗り心地を答えたのは正解のようだ。


「やはりアキナヒさんも、王都で貸出馬車かしだしばしゃを利用されたのですか?」


「はい、もう大昔のことですよ。私は平民の出身なので、王都で初めて乗った貸出馬車かしだしばしゃが初めての馬車でしたね」


 アキナヒは昔を懐かしむように答える。

 見るからにアキナヒはイルデパンと同年代のように感じられる。

 そんなアキナヒの年齢と話し方からすると、王都での貸出馬車かしだしばしゃの経験は随分と昔のことだろう。


 するとアキナヒが、思わぬことを問い掛けてきた。


「イチノス殿、少し話が変わりますが、この乗り心地が駅馬車に使われたら、どう思われますか?」


「駅馬車にですか? それは、随分と移動が快適になりますね」


「やはり、イチノス殿も、そう感じられますか?」


 駅馬車の乗り心地は悪いの一言に尽きる。

 俺が王都からリアルデイルへ来る際に乗った駅馬車は、かなり悪いものだったのを今でも覚えている。

 アキナヒもそう感じているのだろう。


「私はこの馬車の乗り心地の技術が駅馬車に使われれば、駅馬車での移動が大きく変わると思うんです」


 何やら、アキナヒが前のめりな言い方をしてきた。

 これは何かあるのだろうか?


 そう思っているとアキナヒが言葉を続けた。


「イチノス殿は、アンドレア商会をご存じですか?」


アンドレア商会?


 アキナヒから思わぬ商人の名前が出てきた。

 あの大衆食堂で、ワイアット達を張り込んでいたアンドレアのことを言っているんだよな?


 古代遺跡があるか無いかで悩んで、馬車軌道の敷設を唱えたアンドレアのことだよな?


「アキナヒさん、その『アンドレア』商会とは、商人で馬車軌道の敷設を唱えたアンドレアさんですか?」


「おぉ、やはり、イチノス殿はアンドレア商会のアンドレアさんをご存じなんですか?(笑」


「いやいや、ご存じと言う関係じゃないですよ。たまたま偶然に大衆食堂で知り合っただけですよ(笑」


「そうですか⋯」


 俺の返事に、そう呟くように応えたアキナヒが言葉を止め、ブラインドの降りていない窓から外を見た。


 俺もアキナヒの動きに釣られて窓から外を見ると、その景色と馬車の動きから、中央公園を回り終え、西町へ入ろうとしているのがわかる。

 もうしばらくすれば、冒険者ギルド前の通りへと馬車が入っていくのだろう。


 そう思っていると、アキナヒが窓の外から俺へ向き直って話を続けた。


「そのアンドレアさんが、貸出馬車かしだしばしゃの事業を始めようとしているのです」


 再び口を開いたアキナヒが、貸出馬車かしだしばしゃの事業を始めるのがアンドレアだと明確に告げてきた。


「アキナヒさん、ならばこの黒塗りの馬車は、その商人のアンドレアさんが貸し出したのですね?」


「はい、そうです」


 王都での貸出馬車かしだしばしゃの商売は、何軒かの商会がやっていた筈だ。

 それを、このリアルデイルでアンドレアが最初に始めるというわけだ。

 あのアンドレアは馬車軌道だけじゃないんだな。


「アンドレアさんは馬車軌道だけじゃなく、そんな事業も始めようとしているとは思いもよらないですね」


「そうなんですよ。あのアンドレアさんは、貸出馬車かしだしばしゃの事業、それに先ほど話した駅馬車へこの馬車の技術を応用する事業、そして馬車軌道の敷設と、かなり手広いんです」


 貸出馬車かしだしばしゃの事業も手掛け、更には駅馬車の改良、そして馬車軌道か。

 アキナヒの言うとおりに、アンドレアは、なかなか手広い感じで商売をしているんだな。


 馬車の速度が落ち、車体が右方向に曲がり行くのがわかる。

 窓から外の景色を見れば、東西に走る大通りから俺の店の前の通りへと入ったようだ。


「イチノス殿、この道で合ってますよね?」


「ええ、店の前まで送らせてしまって申し訳ありません」


「いえいえ、実はこれも格安で借り受ける側に課せられた条件なんです」


「ほう、少し変わった条件ですね」


「ええ、出来る限りリアルデイルの幾多の場所へ行き、御者の方々に道順を覚えてもらいたいそうなんです」


 やはりアンドレアは頭が回る商人だ。

 単純に格安で貸し出すだけじゃなく、御者に街中の道順を覚えてもらうことまで盛り込んでいるんだ。


「それは面白い考えですね。そうなるとアキナヒさんは、あちらこちらと、この貸出馬車かしだしばしゃを利用する必要がありますね(笑」


「ハハハ、そうなんですよ。最近そのことに気づいたんです。ただ、そうなると今度は私がギルドに不在気味になってしまいます(笑」


「ククク そうでしたね(笑」


 そんな会話をしていると、馬車が再び速度を落とし始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ