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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年5月14日(土)
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2-14 大きな商隊の護衛には選考がある


 風呂屋を後にし、ガス灯の明かりが照らす道を大衆食堂へ向けて歩んで行く。


 昨夜も風呂屋帰りに通った道を進みながら、ふと空を見上げれば、満月が微笑んでいるようだ。


 王都に居た頃は、満月の夜は街に繰り出していたのを思い出す。

 研究所の給与が月払いで、支給日が満月日だからだ。

 支給された給与を握りしめ、今日のように風呂屋へ行き、食堂のエールで仕上げるのが楽しみのひとつだった。


 研究所の寮には大きな風呂が備えられていたのだが、入浴時間は混雑していた。

 貴族の子弟は王都の別邸からの通いなので、入浴時間に出くわすことはない。

 その為に研究所に勤める庶民な連中が、限られた入浴時間に集中してしまうので混雑してしまうのだ。


 研究所に勤める庶民の中には、給金の半分を実家に仕送りしている者も多く居た。

 彼らにとって生活費節約は大事なことだった。

 入浴などに研究所の施設を使うことは、生活費節約では当然の事だったのだろう。


 一方の俺は、研究所の給金は全て自分に使うことが出来た。

 むしろ足りなくなれば、フェリスに頼んで仕送りを願える程だった。

 いわば、俺は貴族のボンボンと庶民の中間に位置する感じだったのだ。


 イルデパンとの出会いは、そんな王都での研究所に勤めていた頃だ。


 研究所時代の俺は『魔法円の改革者』などと言う、恥ずかしい渾名あだなを付けられていた。

 入所して直ぐに研究所のお偉いさんに渡した、ガス灯開発の成功に繋がった『魔法円』が原因だ。


 あの当時、イルデパンは研究所の警護騎士団の古参騎士で、俺の王都での風呂屋通いを知っている一人なのだ。


 今夜のような満月の夜。

 風呂屋とエールを楽しんだ俺が研究所の寮に戻ると、イルデパンが待ち構えたように声を掛けてきた。

 俺の渾名あだなを聞き付け、騎士団の詰所で使う生活系の『湯出しの魔法円』を願ってきたのだ。

 風呂屋とエールで上機嫌な俺は、手持ちの『湯出しの魔法円』を渡すことにした。


「ちょっと、癖があるけど使えますか?」

「通常の『魔法円』とは違うのですか?」


「この『魔法円』は、意図して『魔素』を流せないと使えないんですよ」

「イチノス殿、ご安心ください。ご存じのとおりに、警護騎士の全員が『魔素』を使えますよ(笑」


 正直に言って、イルデパンの言葉には驚かされた。

 後で所の連中に聞いたら、騎士学校での課題の一つと学んだのを覚えている。


 通りの角、ガス灯の下に簡易装備の人影が見えてきた。


 昨夜にイルデパンと若い街兵士まちへいしと出会った場所だ。

 今夜も街兵士まちへいしが二人で立っていた。


「イチノスさ⋯ すいません。イチノス殿、今夜もお一人ですか?」


 二人の側に寄ると、若い方の街兵士まちへいしが声をかけてきた。

 顔を見れば、昨日、イルデパンに諭されていた若い街兵士まちへいしだ。


「おう、ご苦労様。生憎と一人だよ(笑」

「ご、護衛も付けずにと思い⋯ どうかご容赦ください」


 そう言って若い街兵士まちへいしが頭を下げてきた。


「よろしければ、ご自宅まで護衛しましょうか?」

「いや、大丈夫だよ。君らのような精鋭の街兵士まちへいしがいれば、この街も安全だからね」


「なんと! ありがたき御言葉!」

「ありがとうございます」


 もう一人の若い街兵士まちへいしも声を挙げ、二人で深々と頭を下げてきた。


「じゃあ、頑張ってね」

「「ありがとうございます」」


 二人の声を背に受けながら、大衆食堂へと向かう。

 どうやら、あの通りのガス灯下は、街兵士まちへいしの立ち位置として決められているのだろう。


 それにしても、あの若い街兵士まちへいしの手の平を返したような応対は面白い。

 相手の素性がわかると、人はあんなにも応対が変わるものかと思えるほどだ。


 今日の昼のワイアットもそうだった。

 だが、ワイアットぐらいの冒険者だからか、ワイアットの性分だからか、応対の変え方もワイアットらしかったな(笑


 ワイアットと言えば娘のサノスはどうなのだろうか?

 サノスは夕方に俺の話を聞き、例の目付きで俺を見てきた。

 俺が本当に貴族の出で、母親であるフェリスが近い将来に街の領主であるウィリアム叔父さんに嫁ぐと知ったら、どう変わるのだろうか?(笑

 そして、サノスの母親のオリビアはどう変わるのだろうか?(笑


 そうしたことを考えながら、俺は大衆食堂の扉を開けた。



「おや、イチノス。昨日も今朝も今夜も来るとは、よっぽどこの店が好きなんだね」

「婆さん、金の続く限り通うよ(笑」


「嬉しいねぇ~。金が無くなったら来なくていいからね(笑」

「今日は空いてるな。どの席でも良いかな?」


「好きなところに座りな」


 給仕頭の婆さんから声を掛けられ、軽い冗談を交わして空いている席に座る。

 すると、先程の給仕頭の婆さん自ら注文を取りに来た。


「何にするんだい?」

「まずはエールと串肉を頼む」


「エールと串肉だね。銅貨2枚だよ」


 そう言って出してきた手に、財布から銅貨を取り出して渡すと、例の木札を渡してきた。


 厨房に俺の注文を伝えに行く婆さんを眺めながら店内を見渡す。

 不思議なことに、冒険者らしき雰囲気の連中が一人も見当たらない。


 この時間ならば、一人や二人は呑んだくれていてもおかしくないのだが⋯


 座っているのは商人らしき連中だけだ。

 何かあるのだろうか?


 そう考えていると、婆さんがエールを持ってきてくれた。


「ほい! まずはエールだね。串肉は焼き始めたから時間が掛かるよ」

「すまん。もう一杯頼めるか? 串肉と一緒に持ってきてくれ」


「銅貨1枚」

「婆さん、今日は連中は誰も来てないのか?」


 銅貨を渡し、木札を受け取りながら冒険者の連中が居ないことを聞いてみる。


「早い時間に引いたね。明日の朝から何かあるみたいだよ」

「全員がか?」


「ああ、全員だね。選考とか言ってたね」

「へぇ~選考か⋯」


 冒険者にとっての選考とは、大きな商隊の護衛任務の選考の事だ。


 王都や辺境領へ大きな商隊が移動する際に、複数名の冒険者や複数の冒険者集団を雇う事がある。

 その際に、どの冒険者を雇うか、どの冒険者集団を雇うかを商人が選考するのだ。


 いつもならこの大衆食堂で呑んだくれている連中が、早目に引き上げるとは、かなり条件の良い護衛依頼なのだろう。


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