表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/43

9 ちょっと撃ち抜かれて

 私は乗馬服を身に着け、鍛え抜かれたアルカイックスマイルを顔に張り付けてここに立っていた。

 『ここ』というのは王宮の一角。近衛騎士隊の馬術練習場。

 近衛騎士隊というと王族の警護にあたる花形部署。

 警護のほかにも式典での馬術披露なんかもあるので、その訓練のために設けられた、普通は入れない特別な場所がこの馬術練習場だ。


 お手伝いするとは……言ったけれども!


 私の横では、紙のように白い顔色のアリスがスマホのバイブモード並みに小刻みにカタカタ震えている。

 わかる。気持ちはわかる。

 近衛騎士隊なんて普通生きていて接する機会なんて皆無の雲の上の方々だ。

 いや、そういえば王子だってそうだな? むしろ王子の方が雲の上だった。

 なーんだ、そんなに緊張することないじゃない……とか思えませんって!!

 

「急にこんな仰々しい場所に連れてこられたら、緊張してしまいますよね。ですが、今は訓練の時間ではないですから気軽にしてください」


 そう言って物腰柔らかに微笑むのは、近衛騎士隊副隊長様。

 お顔が……ご尊顔がきらびやかッ……。

 王族警護で式典に同行する近衛騎士隊の選出基準には見目の良さも含まれている。

 彼らは全員が『強く、賢く、美しく』の三拍子を揃えた美男美女の集団なのだ。

 副隊長様が、今は訓練の時間ではないとおっしゃったとおり、馬術練習をしている隊員はいないのだけど、休憩中の隊員の皆様が柵に寄りかかってこちらを眺めたりしているのよ。

 お美しく優秀な騎士の方々が、ただの学生の乗馬練習を、談笑しながら見ようとしているの。ヒエッってなるわ。


「……すまない二人とも。周りの目を気にせず、安全に馬に乗れる場所がここしかなくてね」


 アレクト殿下がそう言って申し訳なさそうに笑う。そうね、アレクト殿下とロベルト殿下……我が国の王子様が二人揃っているわけだし、万が一なにかがあっては大変だもの。

 他の場所……例えばアカデミアの練習場は警備面でちょっと不安。

 一般の人たちが出入りする町の牧場や馬場などもちろん使えない。ここよりは出入りが容易な王立騎士団の練習場は常に訓練で使われていて貸し切りになどできない。

 つまり、ここが一番安心して練習できる場所ってことになるわね。


「すすすすみません……、わ……わわわたしが……馬に嫌われるばかりに……」


 うん、アリスの情緒が決壊寸前だわ。

 ここまですごい状態の人が隣にいてくれると私がしっかりしなきゃって思える。ありがとう、アリス嬢。

 私はそっとアリスの手を握り、にっこり微笑んで見せる。


「噂に名高い近衛騎士隊の皆さまが普段練習している場所で練習できるなんて、きっとアカデミアでは私たちだけですよ。ふふっ、ラッキー! ですね」

「ラッキー……」


 ラッキーなんて言い方、普通貴族はしない。町中でたまに聞く庶民の喋り方だ。

 アリスは目を丸くして私を見つめると、まだちょっと固いものの、それでもふにゃっと表情を緩めて「……そうですね」と笑顔を見せてくれた。



***



「アスタルテが側に寄ると、馬が怯えるんだ。嫌っているとか怒っている感じではないと思うのだが……副隊長の意見を聞きたい」


 ロベルト殿下がそう言うと副隊長は軽く頷き、「馬を連れてきてくれ」と声をかけた。

 すぐに騎士たちが柵の傍に控えていた三頭の馬を引いてくる。

 みんな毛並みがつやつやしていて、姿勢も美しい馬ばかり。さすが近衛騎士隊の馬たちだわ。


「さすが近衛の所有する馬だね。どの子たちも美しい」


 びっくりした。うっかり声に出したかと思ったわ。

 私が思ったのと同じことをアレクト殿下が口にしたのだ。

 やっぱりそう思いますよね。だって思わず見とれちゃいそうなくらいきれいなんだもん。

 副隊長はその言葉に「殿下にお褒めいただき光栄です」と嬉しそうに微笑んだ。


「我が隊の所有する中でも比較的物怖じしない性格の馬たちです。まずは彼らに接して馬に慣れてみましょう」

「アスタルテ。こちらへ」


 ロベルト殿下が左端にいた一頭の首をなでながらアリスに目を向ける。

 

「はっ、はい……!」


 呼ばれたアリスはキッと眉を吊り上げる。気合を入れたんだろうけど……。

 私はアリスのこわばった両肩に手を置いて語りかける。


「アリスさん。気合は必要だけど、少し肩の力を抜きましょう。人が緊張していると馬も緊張してしまいます。親しくなりたい人に初めての挨拶するときと同じように、仲良くなってくださいと微笑みかけるような気持ちでいきましょう」

「は……はいぃ……」


 こんな風に、と微笑んで見せるとアリスは、

 ――なおさら肩をこわばらせ、顔を両手で覆ってしまった。指の隙間から見える肌は真っ赤になっている。


 あれ? 逆に激しく緊張させてしまった?

 ハッ……もしや、こんな状況で肩の力なんて抜けるわけ無いだろって怒ってる?

 これだから貴族は! みたいな。


「なるほど……これがアカデミアの聖女……」


 どうしよう、どうやってご機嫌を取れば……と心のなかであたふたしていると、ボソリとしたつぶやきが聞こえた。……って、今の声、副隊長様よね?

 待って、まさがアカデミアの外……しかも近衛騎士にまでそんな噂が届いてるの!?

 副隊長様の方をちらっと見ると、彼はちょっとおもしろがるような顔をしてアレクト殿下と小声でポツポツ話をしていた。

 対する殿下は憮然とした表情を浮かべている。


『世間知らずのアカデミアの聖女(笑)が女学生キレさせてますよ殿下』

『やめてくれ、あの噂はアカデミアの恥だ』


 みたいな話ししてる!?

 ……いけない。自分が想像した陰口で泣きたくなってきたわ。


「アリスさん……ごめんなさい、余計緊張させてしまった……?」

「……いえっ! 違います……違います! ちょっと撃ち抜かれてしまって……」


 しょんぼりしながら恐る恐るアリスの様子をうかがうと、アリスはまだ赤みの残る顔をバッと上げ、勢いよく否定した。

 ……撃ち抜かれたって何?


「大丈夫です……仲良く、初めてのご挨拶ですよね……」


 アリスは自分に言い聞かせるように口の中でつぶやいてから深呼吸をすると、よし、と頷いた。


「よろしくお願いいたします」


 さっきよりも余裕のある表情で、アリスはロベルト殿下の待つ馬の方へ歩いていった。

 うん、自然な感じだし大丈夫そう。

 むしろ馬が怯えるって、今まではどんな態度をとっていたのだろう。

 そんな風に考えながら見守っていると、突然、馬が落ち着きなく足踏みをはじめた。

 耳もぎゅっと絞られている。


「……大丈夫だ、ディド。落ち着け」


 ロベルト殿下が首を撫でてなだめているが、ディドと呼ばれた馬はアリスから離れたがる素振りをやめない。それを見たアリスは悲しげな表情で歩みを止めた。


「……やっぱり、アカデミアの子たちと同じような反応ですね……」

「確かにこれは何かに怯えていますね……ですが、一体何に……?」


 副隊長様もディドをポンポンと撫でながら眉根を寄せた。

 アレクト殿下も、他の近衛騎士の皆さんも首をひねっている。


「わからないが、どの馬もこのような反応を見せるんだ。臆病なヤツだと走って逃げてしまう」


 ロベルト殿下は悲しそうな表情でディドの顔に自分の顔を寄せた。

 馬の気持ちがわかってあげられないのが悲しいのかもしれない。

 副隊長様は他の二頭の方へ視線を動かし、そして困ったように眉を下げる。


「他の二頭で……と言っても、こちらも落ち着かない様子ですね」


 他の人達同様に、私も首を傾げてしまう。

 アリスはものすごく可愛らしい……というのは馬には関係ないかもしれないけれど、少なくとも凶暴な生き物には見えないはず。

 騎士が『物怖じしない』と評価するくらいだし、オオカミなんかにも怯えたりしないのだろうに……こんな小さなご令嬢になんでここまで怯えるのかしら。


「……?」


 ん? 気のせいかしら……?

 ふとどこかから視線を感じたような。

 周囲を見回し、別の柵の中にいる一頭の白馬が何かを訴えかけるようにじっとこちらを見つめているのを見つけた。

 その白馬は私と目が合うと、ぶるる……と短くいなないた。


『おい、そこの娘。私をそちらへ連れて行け』


 あれ……? なんか馬のいななきが言葉に聞こえたわ。空耳ってやつね。

 あのよく愛犬家や愛猫家が「うちの子しゃべるのよ!」って言うみたいなやつ。


『そこの娘、聞こえているのだろう』


 再びのいななきとともに頭の中に言葉が響く。

 ……疲れてるのかしら、私。


『無視をするつもりか。聞こえているならば返事は不要だ。聞こえていないのならば聞こえないと返事をするがいい』


 えっと聞こえてないから「聞こえない」って返事を……。いや、返事しちゃ駄目じゃん。で、返事をしなかったら聞こえてるってことね。

 ……結局どっちに転んでも聞こえてるってことになっちゃうじゃない。

 どういうこと? 今まで生きてきて動物の声なんか聞こえたことないんだけど。

 ゲームでもユディトが馬と話すシーンなんてなかったし……。

 普通に考えてライバルキャラが馬とお話しする恋愛ゲームなんて、意味がわからない。

 でも白馬は諦めていないらしく『おいこら小娘』と鼻息を荒くしている。

 うーん、頭の中にめちゃくちゃ響いてうるさい。

 私は観念して、落ち込むアリスとロベルト殿下を励まそうと色々話しかけている副隊長様に声をかけた。


「……あの、あちらの柵の白馬ではどうでしょうか……随分堂々とした子に見えますが」

「白馬……ああ、クロリスですね。確かに彼は勇敢ですが、気難しく乗り手を選ぶのです。隊所有の馬の中ではリーダー格なので、彼が認めてくれれば他の馬も落ち着くかもしれませんけれど……」

「暴れだして人に怪我をさせるような子でないのであれば、アリス様と引き合わせてみては頂けませんか?……相性が良いように見えるのです……」


 相性がいいって。我ながら苦しいわ。

 でも白馬……クロリスは満足そうに耳を動かした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ