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8 馬に乗れない子

 そして始まった後期。

 アリスとは今でもすれ違えば挨拶をしたり、たまに他愛もない立ち話をしたりと良好な関係を保っている。

 アレクト第一王子殿下とは、アリスとの放課後レッスンがなくなったので接触機会はがくんと減った。

 それを契機になるべくナチュラルに見えるように距離を置いている。

 このまま一気に関係性をフェードアウトしていきたいけれど、焦ると逆に興味を持たれてしまうというのは前期で学習済みだ。

 ここは慎重に、じわっとにじむように消えていこうと思う。


「エルミニア」

「……殿下、どうされましたか?」


 Oh, boy.

 向こうから来ちゃいましたよ。

 でも笑顔キープよ、ユディト。書き割りの人物のごとくありふれた笑顔で対応するのよ。

 アレクト殿下はいつものようにフロディンと一緒だ。

 微かに微笑みを浮かべてはいるが、その声には若干申し訳なさそうな雰囲気をにじませていた。

 うん、面倒ごとの気配がしますね?


「貴女に相談するのが適切かどうか迷ったんだけど、他に適した人を思いつかなくて……」


 と、切り出した内容は……予想通り面倒ごとだった。


 ここしばらく第二王子のロベルト殿下が日に日に元気を失っていく。

 気になったアレクト殿下が話を聞こうとしても、始めは彼は口を閉ざして話してくれなかった……のだが、昨日やっと相談をしてくれたのという。


「何でも、乗馬の授業で上手く馬に乗れない子がいたから教えてやろうとしたらしいんだが、どうやってもうまくいかないと。二人乗りで走らせてみようとしたら馬が暴れて、危うくその子に怪我をさせるところだったらしい。……ロベルトは自信家でプライドが高いからね、まして得意としている乗馬で上手くかなかったのが相当ショックだったみたいで落ち込んでしまって」

「まあ……」


 ロベルト・アタナシア、第二王子で俺様甘えんぼな十五歳の一年生。アリスと同級生だ。

 兄であるアレクト殿下はプラチナブロンドのさらりとした髪に深い青の瞳の優しく整った顔立ちだが、弟のロベルト殿下は、少し赤みがかった癖のある金髪で空色の瞳の、ちょっと気が強そうな顔立ちの美少年である。

 彼は、正統派のツンデレだ。

 最初は偉そうにツンツンしている。

 正直若干嫌な奴で、心優しく穏やかなヒロインですら怒って文句を言うくらい。

 だが、一度気に入られてデレると、もうそこからはデレッデレの甘々モードに突入する。

 彼の甘々モードに、ゲームをプレイしていた私は何回悲鳴を上げて顔を覆ったことか……。

 しかもゲーム開始時は十五歳の美少年なのだが、ゲーム終了時は十七歳に成長し、絶妙に大人の色香を纏い始めているので破壊力がすごいのだ。


 ……と、しまった。甘々セリフとスチルを思い出して意識が飛んでたわ。

 今はアレクト殿下とのお話し中でした。

 ところで嫌な予感がしますが、馬に乗れない子ってもしかして。


「その、怪我をしそうになった子がアリス・アスタルテ嬢なんだよ」


 やーっぱりぃぃ。


「ロベルトは前期のダンスの時に興味を持ったらしくてね。始めは上手く踊れなかったのに、あれほどうまくなったのがエルミニアのレッスンのおかげだと知って、ならば自分は乗馬を教えてやろうと。――言ってしまえば対抗心だね。それで教え始めたらしいんだけど、全くうまくいかなかったみたいでね」


 そういってアレクト殿下は苦笑する。

 ああ、苦笑いも素敵ですね。そしてロベルト殿下の対抗心もかわいらしくてキュンとします。

 ――でもそんなことを言っている場合ではないのだ。

 乗馬! この世界の長距離移動手段はもっぱら馬! 平民であれば徒歩が主流だけど、貴族となると乗馬、馬車移動が主。

 女性は服装のこともあって、どちらかというと馬車に乗る方が多いのだけど、現在は緊急時に備えて男女問わず乗馬できるようにしましょうという風潮が強い。

 それもあって、アカデミアで乗馬の授業は必修。後期の実技試験の科目なのである。


「その、上手く乗れないというのはどういう状況なのでしょうか……ロベルト殿下は非常に優れた騎手ですよね。指導にも優れた才能をお持ちだと伺ったことがあるのですけれど……」

「なんでも、馬が怯えて逃げてしまうのだそうだよ」


 馬に怯えられるヒロイン……?

 基本乙女ゲーのヒロインと言ったらやたらめったら動物に好かれて小鳥とか手にとめさせちゃってるイメージなんだけど。

 しかも、嫌われるとか怒らせたとかじゃなく、怯えられるってどういうことよ。オオカミか何かか。


「ですが、なぜそのお話を私に? ロベルト殿下ほどの方が上手く教えられないのに、私でお力になれるとは思いませんが……」


 いや、力にはなりたい。落第されちゃ困るから。

 でも、ロベルト殿下はキャラクタープロフィールに『得意なこと:乗馬』って書かれてるくらいだし、まだ子供だというのに騎士たちから一目置かれてるくらい馬の扱いに長けているのだ。

 ゲームでも、馬に慣れていなくて上手く乗れず怖がるアリスへ悪態をつきながらも、自分の馬にアリスを乗せて二人乗りで駆けるシーンがある。

 風を切って走るのはとても気持ちいい、とアリスが言うと、ロベルトはそこで初めて笑顔を見せてくれる。

 ……って、もしや二人乗りしようとしたってことはそのイベントだったのでは?

 まさかの、馬が怯えてイベント失敗?


 …………。

 まじかー。


 ま、まあとにかく、その状況で私ができることと言ったら、乗馬試験を受けなくてすむ方法を考えるくらいだ。

 馬アレルギーで触れないからとか……いけるかなぁ……。

 だめだ、教師に金を握らせるくらいしか思いつかない。それは色々だめだ。


「フロディンが、エルミニアは馬を落ち着かせるのがうまいと言っていてね。それならば、落ち着かせるのを手伝ってもらえないだろうかと思って……ロベルトは技術的なことは完璧だし、馬をやる気にさせるのは得意だけど、穏やかな気持ちにさせるタイプではないからね」

「それに、女性目線だと男では見えない問題点が見えるかもしれない」


 フロディン……お前……。

 彼は騎士候補生だけあって、乗馬の授業ではクラスの指導役に回ることも多かった。

 確かにその時に褒められた記憶はある。

 まあ、でも、知らないうちに試験に落ちて落第されるより、何かしら一枚かんで足掻けるだけマシだ。

 ポジティブに考えよう。

 ……といっても、大きな問題点が一つ。いや、一つどころではないんだけどさ。


「でも、殿下のおっしゃったように、ロベルト殿下が私に対抗心を持って指導を買って出たのであれば、私がお手伝いするのはロベルト殿下の……その、プライドを傷つけてしまうのではないでしょうか」

「それも考えたのだけどね、どうも、今のロベルトは指導がうまくいかないことよりも、自分の乗った馬が人に怪我をさせそうになったことの方が堪えているようなんだ。なので、とにかくアスタルテ嬢が馬に暴れられずに近づけるところまで手伝ってもらえないだろうか。……非常に勝手なお願いだということは承知しているのだけど、今のままではロベルトと馬の信頼関係も壊れてしまうかもしれない。それはあまりに忍びなくてね……」

「……そういうことでしたら、出来る限りお手伝いさせていただきますわ。私も、私の愛馬が人を傷つけてしまったらと考えると恐ろしいですから」


 暴れて人に怪我をさせた馬は、場合によっては殺処分されてしまうことだってありうる。

 ロベルト殿下もそういう事態を招いてしまったことにショックを受けたのだろう。

 それは確かに忍びない。よし、お姉さんに任せとけ。


「ありがとう、エルミニアならそういってくれると思った」


 アレクト殿下が安心したように、いつもの綺麗な微笑ではない、ふにゃりと柔らかい微笑みを浮かべる。

 お兄ちゃんは弟のことが本当に心配だったようだ。


 兄弟愛、尊い。はい死んだ。尊死。今私の心臓は止まりました。下手人は王子。


「さすが女神」

「その呼び方やめてくださいませんか」


 フロディンは前回の試験要点ノートの件から私のことを女神と呼び続けている。本当にやめてほしい。

 もー、と思っているとアレクト殿下がニコッと笑って口を開いた。


「……フロディン、エルミニアが嫌がることをしてはいけないよ」

「……はっ、失礼しました、エルミニア嬢」


 いや、そこまでかしこまることはないんだけど……でも何故かアレクト殿下の笑顔が怖くて何も言えなかった。

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