6 耳コピの敗北
「私が勝手にやっていることだし、迷惑だとは思っていないよ。むしろ聖女様の授業に興味があるっていうほうがメインだしね」
「殿下にそう言われてしまうと信じてしまう方もいるかもしれませんね……でも、残念ながら私は聖女ではありませんわ」
私はアレクト殿下にうふふ、と笑いながら小さく首を傾げる。
王族がそんな冗談いっちゃ駄目でしょ? って気持ちを濃縮して。
その会話を横で聞いていたアリスが、グッと拳を握って私を見つめる。
「世界樹の聖女様が現れるとしたら間違いなくユディト様だと思います!」
いや、あなただから。
「私もユディト様だと思います!」
目をキラキラさせて私を見つめるアリスとエリフィアは可愛らしいのだが、手を合わせて拝まないで欲しい。なんか本格的に宗教っぽく見えるからやめて。
ここはどうにか話をそらそう。
えーと、そう、聖女といえば――。
「聖女様といえば、美しい歌声で世界樹を癒すのですよね。アリスさんの歌声は素晴らしいと聞いていますわ。試験の課題曲の進捗はいかがですか」
「うぐ……」
「……アリスさん?」
んー?
なんで不穏な声とともに目をそらすのかなー?
にっこりしたまま見つめていると、「……国語が……」と、アリスはうめくように言葉を絞り出した 。
「国語?」
「歌詞が外国語なんです……私、歌詞の内容が理解できないとちゃんと歌えないんです……」
なんてこと……耳コピの敗北……!
ゲーム中で初めて聞いた歌を唄いこなしていたのは母国語だったからか……!
アリスなら歌なんて楽勝でしょうとか思って油断していたわ……そうよね、意味わかんなかったら気持ちの載せようもないもんね。
「……そうですね、意味を理解しないと本当の意味で歌を唄いこなしているとは言えませんものね。ちょうど課題曲のジュノー語は筆記試験にも入っていますし、意味を読み解いていきましょうか。歌は……意味が大体覚えられてからですね」
「……はい! ありがとうございます!」
西の国ジュノーは、私たちの暮らすセレスと並び立つ大国で、セレスの上流階級であれば大体ジュノーの言葉はかじっている。日本で言ったら英語のような感覚だ。
そしてアリスの苦手教科でもあるのよ。
彼女は耳がいいので言語学習には有利だと思うのだけど、平民として暮らしていたら外国語と触れ合う機会なんてほぼないものね……。
触れ合う機会をつくっ……試験、間に合うかなぁ……。
「課題曲はなんなんだ?」
ちょっと泣きたくなってきた私に、フロディンが目を向けて聞いて来た。
「『女神に捧ぐ花束』ですわ」
ジュノーのヒットソングで、セレスでもそこそこ有名な恋の歌だ。
曲名を確認したフロディンはアレクト殿下の方に視線を移す。
「だそうですよ、アレクト様。演奏はお手の物でしょう?」
「演奏? まあ出来るが……」
「それと、エリフィアはたしか前に習っていたよな?」
「え!? あ、はい。叔母様のサロンで唄うために練習しましたわ」
「じゃあ、アレクト様が演奏してエリフィアが唄って、エルミニアが意味を教えて――それをアリス嬢が覚える……っていうのはどうでしょう。歌も言葉も全てエルミニアが教えるのではあまりに彼女の負担が大きいでしょうし、アリス嬢も同時進行の方が頭に入りやすいのでは?」
フロディン……!
さすが私の第二の推し! 尊い!!
彼は恋愛面は鈍いのだけど、機転が利きおちゃめな性格で、真面目なアレクト殿下をさりげなくサポートする優秀な騎士(候補生)なのだ。
サポート系イケメン、まったくもって尊い。
目をぱちくりさせるアリス。
ふうん、という顔で頷くアレクト殿下。
そして一瞬のフリーズから一気に顔が真っ青になり、次にカッと真っ赤になり、徐々に白くなっていくという驚きの変色をみせたエリフィアは上ずった悲鳴のような声を上げた。
「は!? え? 王子殿下の演奏で唄うのですか!?」
「なるほど……私は構わないよ」
「ひぉお!?」
エリフィア、気持ちはわかるけどそのリアクションは淑女としてアウトな領域になってきているわ。
「それは素晴らしいですわ。エリフィアさんの練習にもなりますし」
「ああああの……でも……」
「そうだね、私も後輩の手助けができるのはうれしいな。同級生のエルミニアがこんなにがんばっているのだから、私も何かしたいと思ってたんだ」
「あっ尊い!……いやでもですね」
エリフィアが眩しいものから目を守るように手で目を覆う。
……なんだか小動物系の可愛い女子だったはずが、だんだん腐女子のように見えてきたわ。
「アリスさんはいかがですか?」
私が少し前から黙り込んでいるアリスに目を向けると、彼女はその森の色の大きな瞳をうるませて微笑んでいた。
「私……私は、皆さんが私のことをこんなに気にかけてくださるのが嬉しくて言葉になりません……」
はい尊い。
これは落ちるわ。
男ども全落ちだわ。むしろ女も落ちるわ。恋に。
天使のような微笑みを浮かべたアリスは、白から若干血の気が戻ってきたエリフィアに、ニコッと花が開くような眩しい笑顔を向けた。
「それと、王子殿下の演奏とエリフィアの歌、すごく聞いてみたいです!」
「眩しっ……う……アリスがそういうなら……」
恐る恐る目を覆っていた手を下したところにアリスの笑顔を食らったエリフィアは再び目を覆い、しぶしぶといった様子で提案を飲んだ。
アレクト殿下はそんなエリフィアの姿に少し微笑み、「では」と口を開いた。
「期待されてしまったら応えないとね。明日から練習室を借りて練習をしようか」
その翌日から、アレクト殿下が優雅にピアノを弾き、エリフィアがかわいらしい声で歌い上げ、そして私がフレーズごとに歌詞の持つ意味をアリスに教える。歌の合間に他の科目の勉強も挟む……という勉強会が開催された。
数日でエリフィアの歌にアリスも加わり、美麗な王子のピアノと身目麗しい令嬢たちの歌声が同時に楽しめるということで評判が評判を呼び、練習室の前の廊下には連日人だかりができてしまい、フロディンはそれを追い払う役目をすることになってしまった。
このままではフロディンの勉強時間が犠牲になってしまうので、彼の分も要点ノートを作って渡したら「女神……!」と拝まれてしまった。
実は内心焦っていたらしい。
なのに真面目に手伝いするとか……尊いわ……。