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5 正々堂々と後ろ向き

「予想外です。アレクト殿下が私の動きに気づいていたなんて……」


 私は本の積み上げられた長机に肘をつき、両手で顔を覆って嘆いた。


「そうか。で、君はなぜここに来ているんだ」

「避けてないって言った手前、避けてない感じにしないといけないんです。ここなら質問をしに来たように見えますもの。アレクト殿下はシドニア先生の授業をとっていないのでここには来ないですよね」

「私の研究室を避難場所に使わないでいただきたいのだが」


 シドニア先生はそんな私を冷たい目で一瞥し、淹れたばかりのコーヒーのカップに口をつけた。

 私が来てから淹れ始めたくせに、私の分はない。

 勝手に来たのはこちらだし別にコーヒーが欲しかったわけではないけれど、一言くらい飲むかと聞いてくれても良い気がする。

 乙女ゲーのキャラとはいえ、ヒロイン以外には塩対応らしい。


「先生は困っている生徒を見捨てるのですか……?」

「困っていると言ってもな。……お目にとどまるのを防ぎたいと言っていたが、もう手遅れじゃないのか」

「……視界には入っていたみたいですね」


 アレクト殿下の言った『妬ける』がどういう意味だったのかはわからない。

 立派であろうとする殿下自身よりも私が立派な人間に見えたのか、私がアリスを独り占めにしていたからなのか、はたまた私がアリスばかり構うことなのか……。


「しかし、それほど王太子妃が嫌なのか? 君は侯爵家の娘だし、そうあれかしと育てられてきたのだろう?」


 どうやらシドニア先生は私が王太子妃の座を望んでいないことが納得できないらしい。

 まあそうですね。両親は一発逆転玉の輿くらい思ってるでしょうよ。

 私だって小さい頃は、おうじさまのおよめさんになるんだわくらい思ってた時期もあります。

 でも、でもね。


「私、園遊会のテーブルクロスの下でピンヒールで足を蹴り合うような世界で生きていける自信がありません」

「……いくらなんでもそんなことはしないだろ」

「忘れもしません、あれは私が八歳の時……園遊会で躓いて転んでしまった私は、偶然風でめくれたクロスの隙間から、王太后殿下と王妃殿下が蹴り合っているのを見てしまったんです。それ以降ロイヤルファミリーに対してあこがれを抱けませんの」


 穏やかで優しい性格として知られる王太后殿下と、人格者でいつも微笑みを絶やさない王妃殿下のお二人が実は強烈にいがみ合っていると知った衝撃は今でも忘れられない。

 それだけではなく、陛下の元カノが割と重要なポストについてて裏で王妃をいびってるとか、王太后の○○と○○が△△で……みたいな話がゴロゴロ転がってるのが現在の王族だ。

 そこで生まれ育ってああも正しく成長したアレクト殿下は奇跡の人だわ。弟のロベルト殿下は子供っぽい俺様タイプなんだけど。


 そんな噂の一部を話しただけでシドニア先生がドン引きした顔をしている。


「あら、ご存じなかったんですかシドニア先生」

「……聞きたくなかった……」

「汚れた現実と向き合うのは歴史研究で重要な第一歩ですわよ」

「向き合いたくないから人間とは関係のない歴史の研究をしてるんだよ」

「まぁ。正々堂々と後ろ向きですわね」


 私が頬杖をついて見上げると、シドニア先生はふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 あらあら拗ねちゃって。


「それはさておき、君が気にかけていたアスタルテ嬢のダンスは順調なのか」

「ええ。おかげさまで。もうすでに試験クリア程度のレベルに達しています。歌も耳で覚えられそうですし、あとは学科試験の方ですが……」


 と、アリスの学力をチェックしたときのことを思い出して肩を落とす。


「シドニア先生が各教科のテスト問題をリークしてくれれば問題なしです」

「問題しかないだろうが。サラッと不正を要求するな」

「本人は頑張っているんですけどね。ほとんど一から学習するような状態ですし、過去問題を重点的にやってどこまで点数を稼げるかです」


 現状の学習進度では前期試験に関してはヤマを張るしかない。

 それさえ乗り越えてしまえば、努力家の彼女ならば後期はなんとかついて行けるだろう。


「――随分と彼女に手を尽くしているようだが、君自身は大丈夫なのか? 君だって試験はあるだろう」

「アカデミアの範囲は入学前に一通り学び終わっています。後々楽をするための努力は怠らないんです、私」

「すごい……が、すごいと言いたくない努力だな」 


 私は立派な人間ではないですから、と言うと、肩をすくめたシドニア先生が私の分もコーヒーをカップに入れてくれた。


「……冷めてますね」

「文句を言うなら飲まなくていい」

「飲みますよ。猫舌だから丁度いいです」


 私が笑うと、先生はまた面白くなさそうに鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。



**********



「これ……ユディト様がまとめてくださったんですか……!?」

「ええ、去年の内容をまとめたものなので今年も全く同じではないと思いますけど、要点はあまり変わらないと思います」

「ありがとうございます……!!」


 私がまとめたノートを両手で掲げたアリスはふるふると振るえて目を輝かせている。

 いやー、やっぱり可愛いなヒロイン。尽くせるわー。


「さすがエルミニアだね。フロディンも欲しいだろ、要点ノート」

「去年だったら飛びついていましたけどね」


 そして何でこの方たちは普通にここにおられるのでしょうか。

 この方たち、すなわちアレクト第一王子殿下とそのお付きの騎士候補生フロディン・メルボルトのお二人。

 あの練習室の一件以降、何故かアレクト殿下が声をかけてくるようになった。

 フロディンはだいたいセットで動いているので自動的に一緒になる。

 フロディン・メルボルトは赤い髪で赤い瞳。騎士候補生らしくがっしりした体格に、精悍な顔つき――彼も攻略対象キャラの一人。

 

 まあ、これも悪いことばかりではない。

 私とアリスの勉強会にフロディンの親戚であるエリフィア・ブレンデリア嬢が顔を出すようになったのだ。

 彼女はフロディンルートのライバルキャラで、小動物系の可愛い女子でありながらまっすぐとした気性を持った人物だ。

 髪と瞳の色がフロディンと同じ赤で、彼との血縁を伺わせる。

 学年はアリスと同じ一年生。

 幼いころからフロディンに恋心を抱きつつ、なかなか踏み出せない……だけどアリスがフロディンルートに入ると強力なライバルとして立ちはだかる。

 一生懸命にヒロインに向き合う姿が好感を持てると人気のあるキャラだった。


 アレクト殿下にくっついてきたフロディンが何かと彼女にちょっかいをかけるので、始めはなんとなく流れで合流していたのだが、今はアリスと仲良くなったらしく、二人一緒にいることが多い。

 うむ、情報交換的な意味でも同学年の友達は大事だからね。

 そのエリフィアがシュタッと手を上げた。あら可愛い。


「ユディト様、私もノートを見せていただいてもいいですか!?」

「もちろん、そのつもりでした。それに誰かと一緒に勉強するほうがはかどりますしね」

「~! ありがとうございます!! 聖女様!」


 嬉しそうにバンザイしたエリフィアの言葉に、私は首をかしげる。


「……聖女?」

「あ!……すみません、つい……」


 わたわたと手をバタバタさせる姿は可愛いが……つい、とはなんだろう。

 それを見ていたアレクト殿下が小さく笑った。


「元々エルミニアは高嶺の花として有名だったのに、最近アスタルテ嬢に心を砕いている様子を見た人たちがまるで聖女のようだと言い出したんだよ。一部の学生からは崇められているんだよ?」

「……はい?」


 その聖女を落第させないために心を砕いているんですけどー!

 そして。崇められてるって何ー!?

 そこに、フロディンが笑いながらとんでもないことを言い出した。


「エルミニアの絵姿を持ち歩くと試験合格間違いなし、といって絵を売る輩も現れたくらいだからな」

「即刻、やめさせてください!」

「流石にもうやめさせて、犯人は厳重注意を受けてるよ。絵だけで済めばまだいいが、私物を盗んで売るだとかそういうことにも発展しかねないしね」


 怖! なにそれ。

 私の知らないところでそんな事が起こっていたとは……。

 アカデミア内での犯罪行為の取締は王室の管轄になる。貴族が通う学校なので、自動的に犯人も貴族となり騎士団の手にあまるのだ。

 なので、王族であるアレクト殿下は事件の詳細を把握しているのだ。と、言うことは……


「……もしかして、アレクト殿下が私に声をかけてくださるのはそういう者たちへの牽制ですか」

「それもあるね」

「ごっ……ご迷惑をおかけして……申し訳ありません……!」


 ヒエッと背筋が凍りつく。

 なんで声かけてくるんだろうたるいなー、とか思っててマジすみません!!!!

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