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43 この世界で生きている私の

 そして迎えた、豊穣を願う春の祭り『セレアリア』の前夜祭。

 本来主役の『春の乙女』を務めるはずだったエイダは、現在せっせと自作小説のゲラチェックをしているはず。

 と、いうわけで代理の春の乙女を務めるのは私。


 去年収穫された麦の束をアレクト殿下が扮する『春の神』に渡して、豊穣を願う短い祈りの言葉を唱えて、春の神から祝福の言葉をもらって退場。

 それだけよ。観客の数がすごいけど、やることはそれだけ。

 盛大なお祭りだからこの国だけじゃなくて近隣諸国からも観光客が来ている。

 つまり、すごい人数。ちょっと見回すとプレッシャーで吐きそうになるけれど。大丈夫、ファイトよ、ユディト。

 しかしエルダは毎年こんなことをやっていたのね……さすがだわ……。


「こちらが小麦です、よろしくお願いします」

「はい」


 深呼吸して、係の人から渡された小麦の束を抱えて、壇上に上がる。

 壇上にはすでにアレクト殿下が待っている。うわ、春の神の衣装が似合いすぎて眩しいわ。白い衣装に殿下の金の髪が栄えること。

 私の姿を見て、殿下が柔らかな笑顔を浮かべる。すごい。笑顔一つで会場から黄色い声が響いてくるわ。


 さあ私もお仕事をしなくちゃね。

 アレクト殿下の前に歩み寄り、片膝をついて小麦の束を捧げ持つ。

 その束を儀式の流れ通りアレクト殿下が受け取ってくれる。次は祈りの言葉ね。胸の前で手を組み、息を吸い込む。


「新たな春を迎える我らに、変わらぬ恵みをお与えください」


 約束しよう、と春の神が答えて、それで頭を下げておしまい……なのに、あれ、答えてくれない?

 代わりに、すっとアレクト殿下の手が伸びてきて、私の手を取る。


「え?」


 そのまま引っ張られて、私は立ち上がる。え? こんなの予定にないよね?


「変わらぬ祝福を約束しよう」


 予定通りの台詞を言って、アレクト殿下は私の手の甲にキスをした。

 きゃああああ、と、会場から黄色い悲鳴が上がる。


「で……でんかっ……」

「人知れず世界を救った聖女に、最大級の敬意を――本当は頬にしたかったけれど、さすがに色々な人に怒られてしまうからね」


 固まった私に、アレクト殿下は小さな声でそう言ったあと、いたずらっぽく笑ってみせた。


「さあ、続きをどうぞ?」


 つ……続き。そう、続きね。

 まだ会場は盛り上がっているけれど、なんとか表情を繕ってお辞儀をして、壇上から去った。

 そして実行本部の控え室に戻って、スタッフに若干キスのことをからかわれつつ着替えた。無事春の乙女の儀式が終わったことに全員から感謝されたわ。エルダの突然のキャンセルで皆苦労したのね……。


 そして、本部の建物を出たところで、へなへなと座り込んだ。


 殿下の笑顔の破壊力……いや、そこじゃない。手の甲だけど、キスを……!


「あらあらアレクったら。なにか吹っ切れたのかしらね」


 軽いパニック状態の私の頭上から、よく知った、でも聞こえてくるはずのない声が降ってきた。


「って、エルダ!? 忙しいんじゃなかったの!?」

「うふふ、予定より早く終わったから会場で見ようと思って。だっていつも壇上だから下から見たらどう見えるのか見てみたかったんだもの」

「……そう……」


 色々言いたいことはあるけれど、どうせ煙に巻かれるのはわかりきっているのでぐっと飲み込む。それを知ってか知らでか、エルダはニヤニヤといやらしく笑った。


「いいもの見たわ。しばらく各方面賑わいそうね」

「各方面って……いいわ、聞きたくない」

「また新作のタペストリーが売れそう」

「やーめーてー! もう、神様、どうかエルダに天罰を!」


 そうやって騒いでいるところに、クスクスと笑い声が聞こえてきた。


「ユディト様、エルダ様」

「あら、アリスさん、エリフィアさん」


 そこにいたのはアリスと、フロディンに想いを寄せる小動物系少女のエリフィアだった。多分二人で前夜祭を回っていたんでしょうね。露店で買ったのか、二人でおそろいの髪飾りをしているのがかわいらしい。


「春の乙女の儀式、初めて見たのですけど、すごく素敵でした! それに歓声がすごくてびっくりしました。殿下もユディト様も、お二人とも美しいので人気がすごいですね」

「み、見ていたんですね……ありがとうございます」


 興奮気味に感想を伝えてくれるアリスに、あれは一部予定外の、殿下のいたずらが混じっています――とは言いにくくて曖昧に笑う。


「ユディ、もうこのあとは予定がないんでしょう? 前夜祭見て回りましょ。アリスさんたちも一緒に」

「……そうね。二人がよければ、ですけど」

「もちろんです!」

「大歓迎です!」


 アリスとエリフィアは目を輝かせて、二人で手を繋いでぴょんぴょんと跳ねる。え、なにこの子達、かわいい……。


「ユディ、後輩がかわいいからってよだれを垂らしたらだめよ」

「垂らしてません。――そういえばアリスさん、もしかしてセレアリアは初めてなんですか?」

「はい。一昨年までは王都にいませんでしたし、昨年は勉強が大変で、お祭りを回る余裕がなくて……」


 そっか。去年の今頃はアカデミアに入ったばかりで勉強についていけなくて大変だった頃だもんね。今はエリフィアと仲がいいけど、あの頃は友人もいなかったみたいだし。

 そういえば、私がアリスにちょっかいをかけ始めてからちょうど一年くらいなのか。なんだか内容が濃すぎてもう何年も経っているような気がしていたわ。


 結局、世界樹の浄化に関するあれこれは神殿と王家の両方の力で秘匿され、私もアリスも特に注目されることなく普通に生活を送れている。

 過去の記録によれば、歴代の世界樹の聖女は、役目を果たしたあとは特に特殊能力が開花するということもなく、普通の人として生涯を送っていたらしい。多分聖剣も一緒なのだろう。

 よかったわ……今後神殿や王家の監視がつきます、なんてことがなくて……。

 だから私は今年も、普通にアカデミアの学生として学校に通える。


 もしこれがAlice taleだったら、お話はあと二年続くのよね。でも、Judith taleの場合はどこが最終地点なのかしら。

 多分、この間の神殿での浄化でおしまいだと思うけど……。


「でも、初めて見て回るのが皆さんと一緒でうれしいです!」


 ニコッと微笑むアリスの声で考え事から引き戻される。アリスの笑顔、安定の天使だわ。

 そうよ、ゲームが終わっていても続いていても、そしてこれがゲームの一コマの光景だったとしても、私は私の意思で自分の人生を生きるだけだしね。


「じゃあ、今日はたくさん楽しまないといけませんね」

「はい!」



***



 アカデミアの研究棟の二階、シドニア先生の研究室。

 私はいつものテーブルに、自分で持ち込んだ紅茶のセットとお菓子を広げる。

 先生はその向かいで本を読んでいる。神殿に伝手ができたので、最近は資料を借りたりしているらしい。


「アリスさんに聞いたんですけど、先生はずいぶん女生徒に人気だそうですね」

「……人気は知らんが、去年より女生徒の履修者は増えたな」


 去年、というと私の学年。女生徒にはどちらかといえば将来役に立つ経済とか家政とかが人気だし、シドニア先生が新任だったっていうのもあって歴史の授業は男女共にそれほど履修者が多くなかったのよ。

 でも、今年のアリスさんの学年は履修者が倍。増えたのはほぼ女生徒。


「髪の毛を切ったから……呪いが解けて先生のかっこよさが世間に知れ渡ってしまったんですよ……」

「私の髪はついに呪いに昇格したのか。生徒たちから長い方がよかっただの眼鏡を外してみせろだの、好き勝手言われて迷惑しているんだが」

「眼鏡!? 外したんですか」


 なんですって!?

 ガタッと椅子から立ち上がった私に、先生は呆れきった視線を向けてきた。


「そんなに勢いよく食いつく話題か? ……あまりにもうるさいから外したが」

「私が頼んでも外してくれなかったのに! リュカ兄様の浮気者!!」

「なんだ、それは……そういえば私も聞いたな。セレアリアでアレクト殿下が春の乙女にキスをしたと。――今年の春の乙女は君じゃなかったか?」


 ……ま、そりゃあ噂になるわよね。

 でも私に後ろめたいことはないもの。椅子に座り直し、すました表情を作る。


「……お祭りの演出です。手の甲へのキスなんて挨拶ですよ」

「そうか。私は眼鏡を外しただけで浮気者呼ばわりされたが、なにか意見は?」

「先生は今後仮面をかぶって授業をするべきですね」

「……傍若無人という言葉を知っているか」

「先生のかっこよさは私だけが知っていればいいんです」

「……」


 あっ、照れた。

 そしてそれを隠すためにため息をついた先生は、私がテーブルに広げていたお菓子の中から勝手にクッキーを一枚取って食べた。


「そうそう、そのクッキー、媚薬が入っています」

「ゴホッ……は!?」

「冗談です。人気のお店で売っている普通のお菓子ですよ。先生が今召し上がったのは、特に人気で一枚しか残っていなかったので、私が食べるのをとても楽しみにしていたクッキーです」

「……それは悪かったな」


 しまった、というのと、釈然としないという感情が入り交じったような表情で先生が謝った。うふふ、そうでしょうね。わざと先生の手元に近いところに置いたんだもの。

 私はいかにも悲しげな表情を作って首を振った。


「仕方がありません。そのお店、カフェを併設していてそちらでも食べられるんです。今度のお休みの日に先生が付き合ってくださるなら許してあげます」

「……わざとか……」

「かわいらしいいたずらですよ。私とのデートは嫌ですか?」


 にこりと微笑んで首をかしげる。

 先生はそんな私をじっとりと睨みながら、紅茶のカップを取ろうとした私の手を捕まえて、自分の方に引き寄せた。あら? なんか若干目が据わってませんか?


「別にこんな回りくどいやり方でなくとも、かわいい恋人の頼みなら聞くさ」


 そう言って、捕まえた手の甲にキスをした。

 一度じゃなくて、何度も。


「せっ……先生!」

「別に、こんなのは挨拶なんだろう?」

「挨拶をしすぎです!」

「媚薬を盛られたから仕方がないな」

「盛ってません!」


 あわわ……と慌てる私を、先生は手を握ったままご機嫌な様子で眺めている。

 くっ、最近先生がやり返してくるようになってきたわ。


「……次は……次は完全にやり込めてみせます……」

「なんだ、そのろくでもない決意表明は。――まあ、君が俺に敵うと思うならやってみればいいさ」

「くっ、言わせておけば……リュカ兄様のくせに!」


 あれ? 変だな、恋人同士ってこういうのだったっけ。

 まあでも、きっと恋愛ゲームの結末にはないだろうこういう関係が、ゲームのユディトじゃなくて、この世界で生きている私の選択の結果っていうことよね。


 さあ、じゃあひとまず、カフェで先生をやり込める方法を考えましょうか。


これにてユディトさんのお話は完結となります。

そしてアレクト殿下はなんだかんだで最終的にアリスちゃんとくっつけばいいと思います。

最後までお付き合い頂きありがとうございました!


このお話で興味を持って頂けましたら、他作品も読んで頂けたらうれしいです。

■ 完結済み:水森さんはエルフに転生しましたが、

  https://ncode.syosetu.com/n5983gz/

■ 連載中:ステラは精霊術が使えない

  https://ncode.syosetu.com/n3363hm/

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