42 本当の本当は
ユディト視点に戻ります。
「私がここから出たあと、クロリスは今度こそ眠るのですか?」
「そうだな。眠りにつき、次に目覚めるのは次の役目を果たすときだ」
ということは数百年。こんなさみしい真っ暗な場所で。
「……眠っているときは意識がないからな。目を閉じて、開いたら次の生だ。お前が気にするようなことではない」
「そういえば私の考えが読めるのでしたね……。私が出ていってもさみしくないならいいんです」
「そんなことを気にするなど、お前は本当に変わった人間だな」
「そうでしょうか」
「やはり前世が人間ではなく……」
「馬じゃないですから!!!」
全くもう! 全力で突っ込んじゃったじゃない。このイケメン(馬)め。
――………!
あれ、なにか聞こえた?
「クロリス、なにか……」
「ああ、迎えが来たな」
迎え? でもなにも見えないし、一度だけ聞こえた声ももう聞こえない。
戸惑う私の背を、クロリスがやんわりと押した。
「行きなさい。向かいたいと思う方向へ歩けばたどり着く」
「クロリス、あなたは……いえ。――そばにいてくれて、ありがとう」
「まあ、たまには騒がしいのも悪くないな。……達者で」
背を押す手が離れて、私は一歩踏み出した。
首を巡らせ後ろを見たけれど、そこにはもうだれの姿も見えなかった。
「……戻らなきゃ」
前を見て、引き寄せられる方へ足を運ぶ。
まだ私の考えが聞こえるのかしら。
――どうか、あなたの次の生が幸福であるように願っています。
***
世界樹の枝の下に立ったアリスが手を振ると、再び光を放つ剣が現れた。
そして彼女は、一瞬もためらうことなくその剣を高く振り上げる。
――そこからの光景は、見る者全てが息を呑むほどに美しかった。
空を切るように走った刃は光の軌跡を残し、まるで舞踊のような彼女の動きによって一つの模様を空中に描き出していく。
それが彼女の手の甲に浮かび上がった聖剣の徴と同じものだと気付いたのはフロディンだけだったが、それでも見ていた者は皆、その模様が神聖な意味を持っていることを理解できた。
やがて空を切る動きが終わり、アリスが剣の切っ先を地面に向けた。
「さあ、後は聖女の仕事だ」
ドッ、っと勢い良く地面に突き立てられた剣は光の粒に変わり、はじけるように消えた。それと同時に、聖堂全体にキラキラと光が降り注ぎ始めた。
「――わが刃も役目を果たしたな。さあ、戻ってこい、二人とも」
アリスが空に向かって手を差し伸べる。
その手のひらの先に光が集まっていき――そして、光の中に人影が現れた。
***
何となく、そうした方がいいような気がして、手を伸ばした。
その手を掴まれて、ぐいっと引き寄せられる。
真っ暗な空間にいたというのに、突然真っ白な光に包まれ、びっくりして反射的に目を閉じた。そして――全身を襲う浮遊感。
「っきゃあ!!!」
どさっと地面に落下して、一瞬息が詰まる。
ちょっと! なんで空中に出るのよ!!
地面が柔らかかったからまだいいけど……待って、この地面、なんだか人肌な感じに温かくない?
「……アリスさん!」
私の手を掴んで、そして私の下敷きになって倒れているのはアリスだった。そりゃあ柔らかいわ。女の子を下敷きにしたんだもん!
私は慌てて起き上がって、アリスの体を引っ張って起こした。
「アリスさん、大丈夫?」
アリスはなにも言わずに、私の顔をじっと見つめている。どうしよう、頭を打って意識がもうろうとしているの?
やがて、アリスの大きな瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ち始める。
「……ユディト、さま……っ」
そう言って、アリスが私に抱きついてきた。
そうか、私の手を引っ張ってくれたのはアリスなのね。
私はあの王城の庭から突然姿を消して、それからどれくらいの時間が経っているか分からないけど、アリスは世界樹の枝の元まで私を迎えに来てくれたのよね。
「アリスさん、迎えに来てくれてありがとうございます」
しがみついてしゃくり上げるアリスを、そっと抱きしめ返す。でもアリスはふるふると頭を振った。
「いえ、いいえ、ごめんなさい、私はあのときユディト様を助けることができませんでした。だけど、無事で、よかったです……」
「アリスさんのせいではありません。あれは、だれも、どうしようもなかったんですから。……向こう側にいても、アリスさんが来てくれるって信じていたから安心していられたんです。だから、ありがとう」
「うう……ユディト様ぁ……」
泣きじゃくるアリスの背をポンポンと軽く叩いてなだめていると、不意に頭の中に声が響いた。
(さて、聖女よ。お前が仕事をする番だ)
えっ、なにこれ。仕事ってなに?
っていうかそういえばここ世界樹の枝の下か! 初めて見たけどすごいな、これ。これで枝なんでしょう? 本体どうなってんのよ。
(思考で脱線するな。聖女の仕事といえば浄化しかないだろう)
思考に対して突っ込みが入ったわ。すごいクロリスっぽい。
……っていうことはこれが女神様? ゲームでは突っ込みはしていなかったけど、本物よね?
(……お前は歌うべき歌を知っているはずだ。結界が効果を保っている間に浄化を完了させなさい)
うーん、歌うべき歌って、多分あれよね。ゲーム中でアリスが歌っていたヤツ。
歌というか、ゲームのエンディングで流れる主題歌をラララで置き換えたヤツ。何周もクリアして何度も聞いたから覚えているわ。
アカペラかぁ……。まあいいわ。世界と、王家の平穏を守らなきゃね。
「ラ ララ――……」
顔を上げて歌い始める。
そこで初めて頭上を見て、ドーム状になっている聖堂の中にキラキラと光が降り注いでいることに気がついた。
きれい。これは女神様の力?
私の声に合わせて、光が少しずつ強まっていく。
この光が、あのさみしい暗闇の中でさまよっている魂を浄化して、本来の流れの中に導いてくれるのね。
それなら、暗闇の全てを明るく照らしてあげて。
クロリスの眠る場所にも、光が届くように。
……まぶしいって怒るかもしれないけどね。
「――ラ……」
最期の一音を歌い上げたその瞬間、聖堂に満ちていた光が私の頭上に収束し、そして世界樹に吸い込まれて消えた。
「……上手くいったの?」
数拍おいても何の変化もなくて、私は戸惑って同じく戸惑いの表情を浮かべたアリスと顔を見合わせた。
(よくやったな、聖女、そしてわが刃。お前達は無事役目を果たした。――世界樹を見てみなさい)
頭に響いたその言葉に、視線を世界樹の枝に向けると、枯れた色が混じっていた葉がどんどんと緑色に変わっていくところだった。
枝自体がほんのりと光を帯び、まるで早送りのように新しい葉が茂り始める。
「よかった……」
ほっとつぶやいた、それと同時に後ろの方からワッと声が響いて私はビクッとしてしまう。え、なに? 他に人がいたの?
首を巡らせて振り返ると、聖堂の入り口のあたりに神官が何人も立っているのが見えた。それと、盛り上がっている神官達に交じって、アレクト殿下とフロディンと、先生。
そっと肩を叩かれ、アリスの方を見る。彼女は私を見てうれしそうに笑った。
「ユディト様、行きましょう。シドニア先生、すごく心配してましたよ」
「……ええ」
頷いて、みんなが待っている方へと歩き出す。
近づいていくと、殿下もフロディンも明るい顔をしているのが見えた。先生はいつも通りの落ち着いた表情。
歩いて縮まる、その距離がもどかしい。
だから、私は走り出した。
ひらひらしたドレスが足にまとわりつく。
パーティー用のヒールのある靴だから走りにくい。
皆、驚いた顔をしている。
――けど、そんなのはもうどうでもいい。
「リュカ兄様!!」
「ユディ!?」
飛び込むように抱きついた私を、リュカ兄様は驚きながらも抱きとめてくれる。
アリスが迎えに来てくれると信じていたのは本当。
クロリスがそばにいてくれたから安心できたのも本当。
だけど、本当の本当は、リュカ兄様に二度と会えなかったらどうしようってずっと不安だったの。
「っ、そうだ、リュカ兄様、怪我はしていない?」
「……君はこんなときでも俺の心配をするんだな」
抱きついたまま見上げる私に、リュカ兄様は呆れたように、でも優しく笑った。
「だって……あのとき一番そばにいたのはリュカ兄様だったでしょう?」
「大丈夫だ。俺も、他のだれも怪我なんかしていない」
「よかった……」
ホッと息をはいて、もう一度ぎゅっと抱きつく。
そこに、ゴホンと咳払いが聞こえた。
「……ええと、エルミニア嬢……大変申し訳ないのだが、もう少し落ち着いたところに場所を変えてはどうだろうか」
フロディンの言葉に、ざっと血の気が引く。
そうだった。そうだった!
さっきはどうでもいいって思ったけど、公衆の面前でした!!!
ガバッと体を離して、周りを見ると、気まずそうなフロディンの横でアリスは手で口元を覆って真っ赤な顔をしているし、アレクト殿下は困ったような顔で笑っている。さらに神官の皆様は温かい視線で見守ってくれていた。
「し……失礼しました……」
うわーーん!!
穴があったら入りたい!!!
両手で顔を覆った私の頭に、リュカ兄様がぽんと手を置いた。
「さあ、帰ろうか。君を心配している人間は他にもいるからな」
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次回最終回の予定です。
小ネタ:
アスタ卿の商会で売り出された花の妖精タペストリーは神官達にも好評で一時入荷待ちに。




