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40 一時的な措置

フロディン・メルボルト氏視点です

 あのいつも落ち着いていて大きな声を出すイメージなんか全くないシドニア先生が、慌てたような大声を出したことにびっくりしてそちらを見ると、まさにエルミニアが闇に飲まれるところだった。

 上手く説明できないが、文字通り人が闇に飲まれたのだ。

 彼女の足元から煙のように闇が立ちのぼり、あっという間に彼女の華奢な体を覆い隠してしまった。


 シドニア先生はエルミニアの方へ手を伸ばしていたが、闇に触れる寸前で舌打ちとともに手を引き、後ろへ下がった。うん、正しい判断だ。こんな状況でもシドニア先生は冷静だな。

 逆に、エイダとアスタルテはショック状態。駆け寄ろうとしたアスタルテを、ロベルトが抑えている。

 アレクは……顔色は悪いが状況をつかもうとはしているから大丈夫だろう。


 で、問題のエルミニアの方だが……さっきまで確かに彼女がいたあたりの闇が薄れて――代わりに真っ黒な甲冑が立っていた。

 さすが聖女。早着替えまでできるのか……なんて冗談は言えない雰囲気だ。

 でかいし、圧がすごい。

 剣を抜いてアレクをかばう位置に立ってみたものの、正直逃げ出したい。


「アレク、俺が足止めするから全員連れて退避しろ。騎士団を呼んでくれたら助かる」

「わかっ……!?」


 アレクの返事にかぶって、ドサッという音がした。

 くそ、後ろから新手か……と視線だけを向けると、アスタルテを抑えていたはずのロベルトが頬を押さえて呆然とした顔で地面に座っていた。


「……アスタルテ?」


 ロベルトが呼んでもアスタルテは振り向かず、スタスタと俺の方へと歩いてくる。

 おいおい嘘だろ? 甲冑は剣を構えてるんだぜ?


「おい、アスタルテ! 危険だからこっちへ来るな!!」


 視界の端にこちらへ歩いてくるアスタルテの姿が映っている。でも甲冑から目を離すこともできない。仕方なしに怒鳴りつけても足を止めることなく近づいてくる。

 アレク、なんで連れていかないんだよ! なんで突っ立って見てるんだ!!

 そうこうしている間に、アスタルテは俺のすぐ横まで来てしまった。俺はその彼女の歩みを腕で押しとどめる。こっから先はあの甲冑の間合いだっての!


「どきなさい。お前ではそれは倒せない」

「へ……? いや、なにを言って……」

「どきなさい」


 いやいや!? なんかキャラ変わってねえか? いつもほわほわしてる感じのアリスちゃんはどこ行ったんだよ。

 声も目つきも鋭くて、これじゃあ完全に別人だ。


「メルボルト! アスタルテの言うとおりにしろ!」


 戸惑っているところに、シドニア先生の声が飛んでくる。

 まさか先生までご乱心……って感じじゃあねえな。なんか理由があるんだろうが……でも……。


「どきなさい。あまり時間はない」

「あー!! もう分かったよ! でも危なかったら容赦なく突き飛ばすからな!!」


 俺はやけっぱちで彼女を押しとどめていた腕をどかした。


「心配は無用だ」


 一言だけ言い置いて、アスタルテは軽い足取りで甲冑の目の前まで移動していく。そして手を一振り。その手の甲にはなにか紋章のようなものが浮かび上がっているのが見えた。


 次の瞬間、彼女の手には淡く光を放つ剣が握られていた。


 その剣が現れたのと同時に甲冑が剣を振る。ブンと重たい音が響くその一太刀を、アスタルテはひらりと避けてしまった。まじかよ。


「世界に戻れない哀れな魂。せめてもの慈悲を与えよう」


 アスタルテは歌い上げるようにそう言いながら、光る剣を振るった。その刃が触れた場所から、甲冑はまるで光に分解されるように消えていった。


「な……」

「だから心配は無用だと言っただろう」


 あんぐりと開けた口が塞がらない俺を見て、アスタルテは特に表情を変えることなく声をかけてきた。彼女が再び手を振ると、握っていた剣が霧散する。


「まあ私の前で動ける胆力は褒めてやろう。……さて、とはいえこれは一時的な措置だ。闇の浄化は聖女にしかできないからな」

「聖女……って、世界樹の聖女か?」


 いやもう、突然同級生が真っ黒い甲冑に置き換わってて、女の子の手から光る剣が出てきたんだから世界樹の聖女だっていてもおかしくない……おかしくないよな?

 もう何でも来いという心境の俺の横に、だれかがやってきた。

 シドニア先生か。先生は人を殺しそうなくらいの剣呑な雰囲気を纏って、アスタルテを睨み付けた。


「……ユディはどこに行ったんだ」

「聖女は闇に引き込まれた。自力で出るすべはない」

「っ……浄化のためには彼女が必要なんだろう? あなた自身、彼女を失ったら困るはずだ。呼び戻す方法はないのか」


 浄化? っていうか、ユディってエルミニアのことだよな。エルミニアが聖女なのか? そんでアスタルテの中にいるヤツはだれなんだ。

 先生はどうもエルミニアが聖女だったってことも、アスタルテの中にいる人物の正体も分かっているみたいだが……。


「そう焦るな、人の子。だれもあの子を見捨てるとは言っていない。――聖剣を伴い世界樹の元に向かいなさい。聖女と聖剣は引き合うものだ。私の力が及ぶ場所ならば引き戻すことも可能だろう」

「世界樹の――それは」

「ああ、これが限界か……」


 シドニア先生がなにか言いかけた途中で、アスタルテの中の人物は苦しそうに一言つぶやいた。そして、次の瞬間糸が切れたようにアスタルテの体から力が抜けて、くたりとくずおれてしまった。


「チッ」


 シドニア先生が彼女の体を支え、また舌打ちをする。この人お坊ちゃんぽい雰囲気のくせに、実はあんまり育ちが良くないな。


「フロディン、シドニア先生!」

「アレク……」

「すまない、フロディン。アスタルテが動き始めてから急に体が動かなくなってしまって……」


 駆け寄ってきたアレクが、悔しそうな声で言う。

 そういえばアスタルテ(?)が『私の前で動ける胆力は褒めてやろう』とか言ってたな。ということは、他のメンツは今まで動けなかったっていうことか。

 それで言うと、シドニア先生がアレクよりも早くに動けていたのは……まあ王族の婚約者候補かっさらうような人だしな。


「アスタルテは……」

「――眠っているだけです。アレクト殿下、至急、ハルモニア神殿への訪問許可をとっていただきたい」


 なんの説明もなしに、シドニア先生はいきなり無茶な要求を突きつけた。

 神殿っていったら、基本王族にも塩対応で有名だ。それもハルモニアって確か一番部外者を入れたがらないところのはず。


「ハルモニア? と、いうと世界樹の枝を祀っている神殿ですね。……あの神殿は王家であろうともたやすく門を開いてはくれません。交渉するならばそれなりの理由が必要ですが……先生は、アスタルテがあのような行動をした理由も、エルミニアが消えた理由もご存じのようだ。詳しい事情を話していただけますか」


 さっきの会話の内容が聞こえていたらしい。アレクは突き刺すような視線をシドニア先生に向けた。

 アレクからしてみれば、王宮の敷地内で不審な甲冑が現れて、その理由を知っている人物がいるなら、王族として追求せざるを得ないからな。エルミニアが消えたことによるアレク本人の動揺も大きいんだろうけど。

 が、そのアレクの襟首を掴んで引っ張る人物がいた。まあそんな事するのは国中探してもエルダくらいしかいないな。


「アレク、ストップ。私が説明するわ。シドニア先生はひとまずアリスさんをベンチで休ませてあげて」

「……分かった、頼む」


 シドニア先生がアスタルテの体を抱え、ベンチの方へと向かった。その背を見送ったアレクが、先生に向けていた厳しい視線をそのままエルダに向ける。


「エルダ……そういえば私達をここに連れてきたのは君だったな」

「ええ。事情は把握しているわ。でもなにもできなかったのよ。悔しいから説明くらいはさせて頂戴……それに、今一番こたえているのはシドニア先生だわ。少し落ち着く時間をあげて」


 エルダは視線をちらりとシドニア先生に向けた。傍若無人の権化みたいなエルダもそういう気遣いができたんだな。

 

「……分かった。説明を頼むよ、エルダ」


 そこからの話は物語みたいだった。

 聖女に聖剣、闇の浄化に女神。――語り手がエルダだってのも物語っぽく聞こえる要因だが。だけど確かにさっきの状況は説明できる。

 エルミニアが聖女で、アスタルテが聖剣。……世界樹伝承で聖剣なんて聞いたことがないが、さっきの光景を見てしまったら信じざるを得ない。

 そして、さっきアスタルテの中にいたのがおそらく女神だということも。


「――では、先程の甲冑は私やロベルトを狙っていたと?」


 話を聞き終わったアレクが唸るようにエルダに確認する。今の話をまとめると、そういうことになるな。

 エルダは「多分……」とやや自信なさげに頷いた。

 その続きを、戻ってきたシドニア先生が引き受ける。


「あの甲冑は継承戦争の時代の形状だったし、胸に刻まれていた紋章は旧王家のものだった。ほぼ間違いなく現王家に恨みを持つ者だろう。……そして、聖剣の力で排除したとはいえ、アスタルテの中にいた人物は一時的な措置だと言っていた。根本的な解決ではない以上、いつまた現れるか分からない状況だ」


 つまり、聖女が浄化をしなければ、今この瞬間にまたあの『闇』とやらが現れるかもしれないということだ。さっきのアスタルテの状況を考えると、次は女神の助力を得られないかもしれない。

 事は急を要する、ってことだな。

 だが、アレクは元々曇っていた顔を更に暗く曇らせる。


「……ですが、こちらが依頼しても神殿側がこの話を信じて応じるかどうかは別問題です。その場合は……」

「『闇の浄化についてご相談があります』とでも伝えればいい。――事情を知っていそうな上層部を脅せばなんとかなるだろう。聖剣も聖女も、神殿にとって必要な駒だしな」


 この人、なんでもないような顔して喋ってるけど、王子様に向かって「神殿の偉い奴を脅せ」って言ってるんだぜ?

 シドニア先生とは今まであまり接点がなかったから、てっきりおとなしい優等生タイプかと思ってたが、これがこの人の素か。

 それはさておき。

 先生は、ここしばらく民間の記録と神殿の記録の照らし合わせをしていたらしい。

 民間の手記などで『闇』らしき出来事の記録が残っていても、神殿の記録ではそのあたりがごっそりと抜け落ちているということがいくつかあったそうだ。そのため、神殿側が『闇』に関する情報を機密扱いにしているのではないかと考えているらしい。

 ……民間の手記からそれっぽい記録を拾い出すってどんな労力だよ……って思うが、学者ってのはそういう労力をいとわないもんなんだろうな。


「世界樹が世界を守っているのだと謳っているのに、その世界樹では対応できない『闇』の存在は神殿としては表に出したくないのだろう。現状でも世界樹ではなく聖女を神として崇めるべきだという勢力があるし、そいつらに勢いを与えたくないという思惑もあるはずだ」

「……エルミニアやアスタルテの今後を考えても、こちらはこの件をあまり表沙汰にしない方がいいでしょうし、それであれば神殿側と利害が一致しますね。――分かりました、早急に打診しましょう」


 どうやら脅すのは決定らしい。

 ま、それでエルミニアが無事戻ってこられるなら、神殿の塩対応の塩分濃度が上がろうが別に構いやしねえからな。

 俺はおとなしくハルモニア神殿までの警護のことでも考えますかね。



民間の手記からそれっぽい記録を拾い出したのはユニオン兄様。一個一個照合したのは先生の知人。

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