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4 妬けてしまうよ

「この、ぎゅおんッてした後、こっちの足がトンッって出るときにこっちの腕がぐいんっってなるのがよくわからなくて……」

「…………そうなの、ええ。ちょっと整理させてくださいね」


 困った。

 神様、擬音語でしゃべるタイプの子の質問はどうやって理解したら良いんですか。


 早速始まったゲームのヒロイン、アリス・アスタルテとのダンスレッスン。

 放課後に練習室を借りて、練習を始めたものの――初日で私は心が折れかけていた。

 彼女との仲介をしてくれた先生の遠い目はこういうことだったのかとすぐに悟ったわ。

 ……いいえ、諦めてはいけないわユディト・エルミニア。

 諦めたらそこで世界終了だよ……って安西先生は言ってないけど、そう、漫画とかの登場キャラだったらそういうタイプは野性的な勘に優れているタイプのはず!

 ゲーム中でアリスが一度聴いただけの歌を唄いこなすというシーンがあった。

 聴覚や視覚に訴えかける方法ならいけるのではないだろうか。


「もしかして、アリスさんは言葉で説明するよりも目で見たほうがうまくできるタイプですか?」

「あっ、はい。そうかもしれません……。授業だと説明が多くてこんがらがってしまって……」


 よぉし、YES。

 ならば課題曲一曲を目と耳で覚えてもらいましょう。


「では、私がテンポを落としてやってみます。よく見て、真似してみてください。動きを覚えたら曲に合わせて通常のテンポに慣らしていきましょう」

「はいっ!」

「ではまず前半から……」


 そこから、私が踊って見せて、アリスが真似する……ということを繰り返す。

 アリスがわからないところは言葉ではなくてお互い動きを見せあって理解を図ることにした。

 このやりかたは大正解で、元々熱心で素直な生徒であるアリスは三回目の練習のときには一通りの動きを完璧にこなせるようになっていた。

 ありがとう安西先生。

 ありがとう前世の漫画たち。


***


「では、ここから曲に合わせて本来のテンポでやっていきますね。本来の速さがどの程度のものなのか、また私がやってみるのでまずは一度見てみてください」

「お願いします!」


 曲をかけよう、と、廊下側の音響装置の方へ向かう。

 そして廊下側のドアのガラスがはめられた向こう側に、たまたま王子様が通りがかったところだった。

 金色のさらりとした髪に深い青の瞳。

 まさに王子様な整った優しい顔立ち。

 ……何度見てもため息が出るほど美しい。


「……」


 やべぇ、目があった。

 いや、目があったのは仕方ない。問題は彼が何故か微笑んで「お邪魔してもいいかい?」と手と口の動きで合図してきていることだ。

 全然、全く、良くない。

 ――いやいやいや? まてよ? アリスとのラブチャンスに持っていけるかもしれないぞ?

 殿下、この子と踊ってみてくださいって。

 ……いやだめだろ。まだまともに曲で合わせたこともないのにいきなり一国の王子と踊らせるとか鬼か。

 やっぱり全然全く良くない。


「……どうぞ、アレクト殿下」


 ああああ、我々貴族は押し並べて王族の臣下なのよぉ。

 王子様が入りたいって言ってんのにダメー! とか言えるわけ無いでしょうがぁぁ。

 内心の大嵐を完璧に隠しきった笑顔で私はアレクト殿下を招き入れる。

 殿下の姿を見たアリスは一瞬ポカン、とした後「おっ王子殿下っ!?」と裏返った声を上げ、背筋をシャキンと伸ばした。

 だよね、そういうリアクションになるよね。踊るとか無理だよね。


「殿下はお一人……ですか? お付きの方々はいらっしゃらないのですか?」


 アリスは目がぐるぐると回ってパニック寸前だ。少し冷静になる時間を稼いであげないといけない。

 私は何気ない感じを装ってアレクト殿下に話しかける。


「ふふ、ちょっと羽根を伸ばしたくてね。撒いてきたんだ。……だからそんなにかしこまらないで? アカデミアの中では身分は不問なはずだろう?」


 そう言ってアレクト殿下はいたずらっぽくウィンクをしてみせた。

 推しの……ウィンク……


 まって。心臓が。

 きゅんっ通り越してギュンッてしたわ。そして軽く止まったわ。

 殺す気かこの野郎。

 アリスも真っ赤な顔で口を小さくパクパクさせている。


「でも、ここではダンスの練習をしているだけですよ。羽根を伸ばすのに面白い場所ではないのでは?」

「何日か前からここで練習しているよね? 頑張っているなと思って見ていたんだよ……今から曲をかけてやるの?」

「ご覧になってたんですか……ええ、曲をかけて私が踊るところを彼女に見てもらおうと思って」

「――それなら、相手役がいたほうが感覚をつかみやすいんじゃないかな。見たところ、彼女は目で覚えるタイプだろう?」


 ええと、なんて……?

 つまり、アリスが目で覚えるタイプだということが分かる程度には見ていた、と。

 でもまだアリスは相手役をつけて踊るには早いし……。

 と、思ったのに。

 何でアレクト殿下は笑顔で私に手を差し伸べてるんですかね?


「踊っていただけますか? レディ」

「ええと……アリスさん、相手役がいるとわかりにくかったりしませんか」


 一縷の希望をかけてアリスに視線ですがってみるが、アリスはキラキラと目を輝かせて「素敵です……お二人が踊るところ見てみたいです!」と力強く言い切った。


「だ、そうだよ?」

「……分かりました。よろしくおねがいいたします」


 私はにこり、と微笑んでアレクト殿下の手をとった。



 音楽に合わせて滑り出すように踊り始める。

 一年生の前期の課題曲なので単純なステップで、その分動きのきれいさが目立つ。私はなるべく指先まできれいに見えるように注意を払う。

 アレクト殿下も心得たもので、基本に忠実に動いてくれているのでとても踊りやすい。

 アリスは……とちらりと見ると、表情はうっとりとしているが、目はきちんと私の動きを追っている。よしよし、優秀。


「ねえエルミニア? 君は私を避けていないか?」


 アリスを確認して油断していた耳元で囁かれたその言葉に、ドクン、と心臓が脈打つ。


「私が、殿下を? そんな事はありませんけれど……」

「そうかな。二年に進級してから君の姿を見かけなくなった気がするよ。今も逃げたがっているよね?……私はなにか、君の気に障ることでもしてしまったかな」


 アレクト第一王子は正統派のヒーローだ。

 品行方正、爽やかイケメン。文武両道で完璧。

 だけど乙女ゲーの攻略対象なので完璧なだけじゃない。

 そういうタイプに多いのは本性は腹黒……ってやつだったりするけど、Alice taleでは腹黒は別キャラの担当である。

 アレクト殿下の担当は、優秀で完璧であり続けるために常に己を厳しく律しており、人に敬愛されつつも気を許すことのできる相手がいない孤独を抱えている……というタイプ。

 優秀でなければいけない。完璧でなければ愛されない――と苦しむ彼の孤独を理解し、優しく寄り添うのがヒロインのアリスの役目なのだ。


 その、殿下が。

 私に寂しそうな笑顔を向けている。

 私が避けて回っていたせいで彼は傷ついていた、と……?

 あれぇ? ゲームで『アレクト王子』ってそんなに『ユディト』と親しかった記憶はないんだけど。

 最終的に婚約する理由だって家柄とか品格的な釣り合いだったはずだし……。

 それに、これまで十六年間この世界で生きてきて、私はそこまでアレクト殿下と仲良くしてた覚えもない。そりゃあ顔を合わせれば挨拶くらいはしてたけど……。

 つまり、ここしばらく避けていたせいで逆に彼の興味を引いてしまった、ってこと……?

 うむ、これはまずい。

 我が国の王子殿下を臣下が避けてるとか、非常にまずい。なにか『避けてるように見えたかもだけど避けてないよ?』という上手い説明をせねば。


「アリスさんについて色々な噂が飛び交っていますでしょう? その中で、彼女がお家の都合で学習に遅れがあると聞いて……。同じ学生であっても、学習の機会が平等ではないことを、私は本当の意味で理解してなかったのだと思い知ったんですの」


 ここはシドニア先生に話したのと同じ筋書きにしておくべきだろう。

 色々変えると後で齟齬が出て墓穴を掘るかもしれないからね!


「それでここのところ、とにかく何かお力になれないかしらとそればかり考えていたので……アリスさんを目で追うあまり、周りを蔑ろにしてしまっていたのかもしれません。殿下を避けていたわけではないのです」


 自分の世間知らずを恥じ、アリスの力になりたいと思っていること、アレクト殿下を避ける意図はなかったことを強調する。

 と、アレクト殿下は少しだけ表情を和らげた。


「そう、か。……確かに、身分は不問と言っても悔しいことに埋められない溝は存在するからね。君は立派だな――すこし、妬けてしまうよ」


 そこで曲が終わる。

 私はアレクト殿下と離れて、優雅に礼をした。

 きっと殿下からもアリスからもわからなかっただろうけど、私の頭の中は一つのことでいっぱいだった。


 妬けるって…………どういう意味で、誰に????

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