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37 愛称呼び

 シドニア先生の手を借りて馬車から降りた私を待っていたのは、無数の好奇の視線だった。

 ええ、分かっているわ。王子様を袖にしたってことだもんね!

 しかも相手がアカデミアの先生だし、そりゃあみんな気になるでしょう。

 ある程度地位のある人たちの集まりだから、招待客からは露骨にじろじろ見られるわけじゃないんだけど――まだ会場に入る前なので馬丁さんとか、侍女さんとか、使用人の方々がたくさんいる。

 お屋敷に戻ったら噂話の種にされるんでしょうね……なんて、ちょっとげんなりしちゃったけど、でも先生の手を取ったときから分かっていたことなんだから胸を張らないとね。


「さあ行きましょう、リュカ兄様。私たちの戦いはここからです」


 会場では先生って呼ぶのはやめてくれと言われたので愛称呼びよ。

 招待客の中にアカデミア時代の知人なんかもいるからあんまり先生って呼ばれているところは見られたくないらしい。まあ、こういう席では教師であっても○○先生じゃなくて、爵位に準じて接するのが普通だからそれはいいんだけど。

 他人じゃなくてパートナーの場合は名前や愛称で呼び合うことが多い。だから私が『リュカ様』って呼んだのに、「微妙に丁寧な感じが何か企んでいそうで怖い」っていう理由で却下されて、結局愛称呼びになったのは若干解せないわ。

 全く、こんなに純真無垢なユディトちゃんが何を企むっていうのかしら。


「エイダ・ランク嬢を探すんだったな」

「はい。エイダにアリスさんの場所を教えてもらわないといけないので」


 ツタの絡んだアーチをくぐり抜け、会場となる庭園へと入る。

 まだ時間が早めなので会場にいる招待客は半分くらいといったところ。花も見事だけど、立食形式の軽食もバラのようにまとめたハムとかカラフルなゼリーとかが並んでいて色鮮やか。スマホがあったら写真を撮ってSNSに上げたくなる光景ね。


「いたぞ」


 私が軽食に釘付けになっている間にも会場を見回していた先生が、早速エイダを発見してくれた。会場入りして二分も経っていないんですけど。


「見つけるの早いですね」

「婚約者が一緒だったからな」

「ああ、アスタ卿ですね。格好良いですよね」

「……ほう?」


 エイダの婚約者のフィデリオ・アスタ伯爵は私たちの十一歳年上の二十七歳。

 アスタ伯爵家は東方の国から流入してきて、貿易で大成功を収めて爵位を賜ったおうちで、『由緒正しい』貴族ではない。

 あまり歴史は長くないし、貴族としての名誉よりも商売! って感じだったり、没落貴族を娶っていたりで由緒正しい方々からはあんまりいい目で見られていないのが実情。だけど、私は全く悪い印象を持っていない。

 だって、この国じゃ珍しい黒髪黒目で……どことなく日本人顔なのよ。

 

「ご機嫌よう、エイダ、アスタ卿」

「エルミニア侯爵嬢、それにシドニア卿。ご機嫌麗しゅう。お二人は今日の話題の中心ですね」


 私が声をかけるとアスタ卿が振り返ってにこりと微笑む。ああ、いいわあこの黒髪と東洋人っぽい切れ長の目。落ち着く。

 そのアスタ卿を押しのけ、エイダが先生の顔……というか、髪をガン見してぽかんと口を開けた。その気持ち、分かるわー。


「えっ、先生髪切ったんですか? ええ……別人……」

「お久しぶりですアスタ卿。それとランク公爵嬢、口を開けっぱなしにするのはどうかと思いますが」

「あ、ちゃんと先生だった。別人と入れ替わったのかと驚きましたわ」

「むしろその奇怪な発想に驚きますが」


 先生はエイダにあきれた目を向けているけれど、でも実際別人レベルで印象違うからね。それは、さすがにエイダは悪くないわ。

 って、突っ込もうとしたのだけれど、その前にアスタ卿がエイダの腰に腕を回して軽く引き寄せた。


「エイダの自由な発想は魅力の一つですからね」

「ええ、私の発想はお金を生みますから」


 ふふんと不敵に笑うエイダに、アスタ卿は「ええ、期待しています」と相づちを打つ。

 年の差、身分差があるこの二人。いかにもラブラブです、みたいに振る舞っているけれど、実は半分以上何かの計算によって行われているパフォーマンスだったりするので怖い。

 情報収集と発想力のエイダ、そしてやり手商売人のアスタ卿という、この国で一番敵に回したらいけない二人なのよ。ちなみにエイダの趣味の執筆活動もアスタ卿の支援があって大成功を収めている。その関係で、ちょいちょいモデルにされている私は、アスタ卿から変に感謝されているのよね。


「それはそれは……ところでエイダ、アリスさんのことだけど」

「ええ、バッチリよ。――あの奥のテーブルの周囲に控えるように配置してもらったの。すぐそばのガゼボの向こうが少し広くなっていて、奥に行くと人目につきにくいのよ」


 エイダは扇で口元を隠し、抑えた声と視線で場所を説明してくれる。


「いつも通りならパーティーが進めば王太后殿下の持ち物自慢とおべっかタイムに入るでしょう? みんな気を遣ってそっちを見ているからその間に王子どもを攫って物陰にしけ込みましょ」

「言い方!!」


 エイダもやはりターゲットは攻略対象者だと考えているようで、人目の少ないところでイベントを起こそうとしているのだ。

 確かに、それならばアリスが注目されることもない。対象者の王子二人とフロディンはアリスが不利になるような発言はしないだろうしね。

 まあそれはそれとして。


「……だれかに聞かれたら大問題……っていうのもだけど、その言い方だとエイダもついてくるつもりなの?」

「私から取材のチャンスを奪うつもりなの? それなら全力で邪魔をするけれど」

「やめて……分かったわ。でも、アスタ卿は――」


 ちらりとアスタ卿の方を窺うと、彼はにこりと人好きのする笑顔を浮かべた。


「面白そうなので協力します。客の視線誘導は得意ですからね」


 やっぱりエイダの婚約者ね、この人。


「先生はどうするの? 会場放置?」

「リュカ兄様にはついてきてもらうわ。相手の見た目で得られる情報もあるかもしれないでしょう?」


 持つべきは歴史学者の協力者。

 服装や装飾品、武器とか動きとか……とにかくそういう物で時代を特定できるかもしれない。それと先生が「君は目を離すと敵に突っ込んでいきそうだ」って言って譲らなかったのもあるけど。


 先生の方をチラリと見て、視線をエイダに戻すと――彼女はものすごく嫌な感じにニヤニヤしていた。


「な……何?」

「『リュカ兄様』、ね。もう、ラブラブですわね」

「だ、だって、リュカ様って呼ぶの嫌だって言うし……」

「あらあら、シドニア卿も恋人には甘えるのね」

「こっ……甘えるとか、そういうのでは……」


 平静を装おうとすればするほどボロが出る気がする。

 というか、エルダに会って、しかも日本人顔の人がいて、ものすごく油断していたところだったのでその分動揺が態度に出てしまったのよ。落ち着け私。大丈夫、私はやればできる子よ。


「こほん、今の立場上仲が良いアピールもしておかないといけないの」

「でも仲良しアピールなら別に『様』でいいじゃない」

「それは……」


 だって、先生が。

 と思って、また先生の方を見る。……うん? そういえば、先生ってばやたらと落ち着いていない? 正直、私も『様』で良いと思っていたのに愛称呼びにこだわったのは先生の方だ。でも、先生がこんな場面で甘えるとはとてもじゃないけれど思えない。


「リュカ兄様……もしかして、この事態を想定してわざと……」


 いや、まさかね。ははっ。

 でも、先生はにやりと笑った。


「君がいつも人をからかうから、報いを受けさせようと思って」

「……っっ!!!」


 この野郎!! と叫びたいけれど叫べないので代わりに扇を握りしめる。私の力がもうちょっと強かったらこの扇はミシミシ音を立てて砕けていたところよ!

 まあ結局私が先生をからかってばかりいたせいだから自業自得だけどね!!!


「ああ、呼び方はどうでもいいぞ、もう」

「ええ分かりましたわリュカ兄様!!」


 それなら愛称で呼べってせがまれたって言いふらしてやる!!

 でもそれ私も恥ずかしいー!!

 ぐぐと歯をかみしめ、せめてもの腹いせにご機嫌の先生を扇でペシペシと叩く。


「結局ラブラブだね、あの二人」

「そうねぇ。……ところで花の妖精と美青年モチーフでタペストリーなんかを作ったら売れると思わない?」

「なるほど、早速帰ったら着手して、今日の参加者に売り込もう、それ」


 エイダとアスタ卿の間でそんな会話が行われ、本当に売り出されたタペストリーが売れ行き好調だと報告されてユディトが悲鳴を上げるのはそれからしばらく後の話である。

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