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32 息がかかった者(謎)

 というわけで作戦会議会場よ。別名、私とエイダの寮室。

 会議の参加メンバーは私とエイダとアリス。

 何とアリスさんが差し入れを持ってきてくれました。手作りマフィンという女子力の高さ。さすがヒロイン。この世界はお前がヒロインだろっていう反論は聞かないわ。乙女ゲーにおいては手作りのお菓子を差し入れてくれる子が絶対的ヒロインなのよ。

 もちろん私は前世のころから食べる専門です。


「なるほど、継承戦争ね。――別に秘密にされているわけじゃないけど、アカデミアの建てられている土地の過去についてはなんとなく触れちゃいけない空気ってのがあるのよね。そこに普通に触れて、そのうえ簒奪って言い切っちゃうなんてさすがシドニア先生ね。例によって研究室のドアは閉めてあったわけじゃないんでしょう?」

「開いていたわ。さすがに昨日の今日だし……」

「真面目な人が通りかかっていたら卒倒していたわね」


 それをマフィン片手に笑いながら言うエイダも『さすが』だけどね……。

 そこでアリスが困ったような顔をした。


「あの……勉強不足で申し訳ありません。シドニア先生のおっしゃったことは、倒れるほどのことなのですか? ええと、ちょっと過激だなというのは分かるのですが」

「そうねえ……貴族社会にどっぷり浸かって生きている人にとって、王家っていうのは絶対的な支配者なの。実際は違うのよ? でもまあ支配階級なのは事実なわけだし、普通に生きていたらそんな風に思えてきちゃうって意味ね」

「ええ。今エイダが言った『実際は違う』の一言もちょっと問題になってしまうわね」


 エイダの場合本人が公爵家の人間だから眉をひそめられるくらいでしょうけど、悲しいかな、その他の人が言ったとしたら危険な思想を持っているんじゃないかって問題視されてしまうのが現実ね。

 私の補足に、エイダは「バカみたいだけどそのとおりなのよ」と皮肉っぽく笑った。


「それなのにシドニア先生は、『現在の王家は正当な血筋の王から王位を簒奪した』ってはっきり言ってしまっているわけ。それに加えて、怨霊となった正当な王の支持者たちから、今の王家が狙われているんじゃないか、とね」

「た、確かに……それはちょっと怖い発言ですね」

「『民意や正当性があったとは言っても結局のところ簒奪』とも言っていたしね……シドニア先生は別に他意なく、歴史的な事実だけ話しているつもりなんでしょうけど」

「もともとあまり権力に対して媚びるタイプじゃないからね。それにしてもさすが王子殿下の想い人をかっさらう男ってところよね」

「……ゲホッ」


 喉に、気管にマフィンのかけらがっ……!


「ユディト様、大丈夫ですか!? お茶をどうぞ!」

「あ……ありがとうございます、アリスさん……」


 むせる私に、アリスが駆け寄ってきてお茶をわたしてくれる。しかも背中も擦ってくれるなんて本当に天使かな。


「あらどうしたのユディ、大丈夫?」

「……大丈夫よ――どこまで知ってるの」


 白々しい口調で声をかけてきたエルダをギッと睨みつける。

 情報早すぎるんだけど! 先生と話をしたのは今日の午後よ!? もしや一連の会話を覗いていたの!? ウワァ死にたい!!


「わあ怖い顔。知っているのはユディのエスコート役を先生が引き受けたってことだけよ。エルミニア家から王城に連絡が入ったからね」

「連絡は入ったでしょうけど、なぜアカデミアにいたエルダが知っているの? 今日は外出してないでしょう?」

「それはもちろん、王城には私の息のかかった者が随所に潜んでいて、連絡をくれるからね」

「息のかかった者」


 王家の主催のパーティーとなると、身分の不確かな人を入れられないから、同行者はきちんと事前に申請しないといけない。既に開催日まで一週間を切っている今、当然連絡は急がないといけないから、先生からの返事を受けた我が家は即日王城に申請して――そしてその情報をエルダの息がかかった者(謎)がキャッチして、彼女に速報してきた、と。

 いや、怖すぎるでしょ!


「あの、王子殿下の想い人っていうことは、ユディト様ですか……?」

「!?」


 突然のアリスの指摘に、エルダの情報網に気を取られていた私は驚きのあまりお茶をこぼした。……お茶がぬるかったのはせめてもの救いね。


「あっ、すみません!! 大丈夫ですか?」


 ごめんねアリス、大丈夫じゃないかも。

 エルダは慌ててテーブルを拭く私とアリスをニヤニヤ見ながら口を開いた。


「そうよ、アリスさん。アレクト殿下がユディのこと好きなのなんて近くで見ていれば誰だって分かるのにね。ユディ本人は殿下の想い人がアリスさんだと思っていたのよ」

「わっ……私ですか!? ないです!! そんなことはありえません!!! ――だって、アレクト殿下があんなに幸せそうな笑顔を見せるのはユディト様とお話をしているときだけですよ?」

「……」


 うっ、胸が痛い。

 周りから分かるくらい好いてくれていたというのに一切気付かず、アリスとの仲を応援するなんて言っちゃった挙げ句振った――正式には別に振ったわけじゃないけど――そんな女が私です。


「うう……生きててごめんなさい……」

「え!? いえどうしてユディト様が謝られるんですか!?」

「そうよ。勝手に惚れてきた相手に応えられないからってユディが悪いわけじゃないでしょ。むしろ、アレクはもうちょっと自分から動く努力をするべきだったの。いつまでも自分に選ぶ権利はないなんて言っているから駄目なのよ」


 顔をしかめてアレクト殿下への苦言を呈し始めたエルダに、アリスが目を丸くさせた。王子殿下に対してここまでずけずけといえる人は普通いないからね。しかも愛称呼びだし。

 えっと公爵家は……と小さくつぶやいて関係を整理しているアリス、可愛い。


「ええと、エルダ様はアレクト殿下の……ご親戚なのですよね」

「ええ。関係性で言うと()()()ね。フロディンと私とアレクは幼馴染のようなものなの」

「そうなのですか!? フロディンというと、メルボルト様ですね。仲がいいと思っていましたが、幼馴染だったんですね」

「そうなの。どっちも頭が固くって参っちゃうわ。特にアレクは昔っからガチガチで面倒くさいったら」

「エルダ、そのあたりでストップ」


 実はエルダとアレクト殿下はあまり仲がよろしくない。お互い嫌っているわけじゃないんだろうけど……相性が、絶望的に悪い。

 エルダがアレクト殿下の婚約者候補も早々に辞退しているのはそれが理由。

 「こんな頭の固い男の嫁になるのなんて天地がひっくり返っても無理!」と主張したエルダに対して、普段だったら自分の婚姻関係で全く意見を言わないアレクト殿下が『私もエルダとだけはうまくやっていける自信がなかったから断ってくれて助かったよ』と、ホッとした表情を隠しもせずに言った――というなんともスキャンダラスで、同時に誰もが「だろうね……」と納得した顛末は、一部でとても有名な話になっている。

 真面目まっすぐ努力家優等生の殿下と、不真面目湾曲搦め手ドンとこいなエルダじゃあ、そりゃあ合わないでしょうね。――どう考えても愛は生まれなさそうだけど、殿下の弱いところを補うという意味では良い組み合わせだと思うんだけどね。


「はあい」


 募り募った愚痴を序盤で止められたことに不満げな返事をしたエルダを、アリスは困ったように小さく首を傾げた。


「……確かに真面目すぎるかもしれませんが、で、でも、殿下は私のような身分が低い者の意見も聞いてくださいますし、きっととてもいい王様になられると思います!」


 お、殿下を庇った。さっきもちょっと思ったんだけど……アリスは結構アレクト殿下のことを見てるのよね。だって、興味をいだいていない相手の笑顔の違いなんて普通そんなに気づかないでしょう? ……え、気づかないわよね? 私が恐ろしく鈍いだけとかいうわけじゃないわよね?

 もしかして、アリスのアレクト王子ルート、ありなのでは……?


「殿下はユディト様のことを特別に想っておられますし、ユディト様も殿下のことをとても気遣っておられたので、きっとお二人が手を取り合って国を治めるようになったらどんなに素晴らしいだろうと思っていたのですが……」


 あ、違う。このうっとりと語る感じ……これは、自分()推しキャラとどうこうという話ではなくて――自分()推しキャラのカップリングについて語るときの雰囲気……!?

 あれれ~? 前世の私がアレクト王子とアリスのカプを推していたように、アリスはアレクト王子とユディトのカプを推している可能性が急浮上してきたぞ?

 そんなアリスの言葉にエルダが頷いた。


「そうね。アレクは真面目すぎて融通が利かないから、ユディみたいに柔軟な考え方をするタイプが合うとは思うけれど……でも、ユディもシドニア先生もお互いが初恋相手で、残念ながらアレクには初めから勝ち目がなかったのよ」

「……な!?……なんでエルダがそんなことを知って……」

「初恋!? そうなんですかユディト様!」


 待って。アリスがめちゃくちゃ食いついてきてるんだけど待って。

 シドニア先生の初恋相手が私だなんて今初めて知ったんだけど。あと私も、別に先生が初恋の相手だってことはエイダに教えていないはずなんだけど!!

 うろたえる私を、エルダはふふんと勝ち誇った顔で見ながら胸をそらした。


「公爵家の情報収集能力をなめてはいけませんわ」

「公爵家はそんな……人の初恋相手なんて情報まで握ってるの!?」

「あはは、安心して。これは家とは関係のない私個人の情報網よ。まあ半分私の趣味みたいなものだけど……恋愛関係の情報はすごく利用価値が高いのよね。弱み的にも小説の題材的にも」

「っ……あなたのセリフのどこにも、一つも、びっくりするくらいに安心要素がないんですけど……!」


 エルダという邪悪な生き物も問題なのだけど、アリスも問題よね。彼女が私とアレクト殿下を推しカプとして捉えていた場合、そこから外れた、言ってみれば解釈違いの今の私に対してどんな感情を持つのか……攻略失敗だってあるかもしれない。

 ――って思ったんだけど。


「権力に屈せず初恋を貫く……すごく、すごく素敵だと思います!!」


 あれぇ?

 アリスさんのお目々がきらきらしてますよー?


「そうそう。アリスさん、恋愛小説大好きなんですって。昨日ユディが戻ってくる前にちょっと話したんだけど、私の小説も全部読んでくれているそうなのよ」

「……あー、それで取材協力……」


 エルダの本が巷で流行っているのは知っていたけど、まさかこんな身近なところに愛読者がいたとは。

 一応私も読んではいるのだけれど、感動的なシーンもロマンチックなシーンも、脳裏にメモ帳とペンを持ったエルダの姿がちらついて、全然内容に集中できないのよね。


「あ、すみません一人で盛り上がってしまって! ユディト様が小説のヒロインみたいで、私、ずっと憧れていて……」


 私の戸惑いの視線に気がついたアリスは、ボッと顔を真赤に染め上げて両手で顔を覆ってしまった。

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