28 聖剣の徴
長くなってしまったので分割しました。その関係で少し短めです。
アリスが、聖剣の徴について知っている。
驚きすぎて、さすがにぽかんとした顔でまじまじとアリスを見つめてしまった。
だけど考えてみたらご本人なんだから、何かしらの天啓のようなものを受けていた可能性はある。クロリスは聖剣や聖女と言葉を交わしたことがないと言っていたけれど、彼はあくまでも女神の使い。
徴を授けられた聖剣本人の前に女神が降臨して、聖剣の役割についてのチュートリアル的なことをしていてもおかしくない。
「……アリスさんは、徴を持っているのね」
私の言葉に、アリスは一瞬躊躇い、そして頷いた。
「はい。夢の中で聖剣の徴を授けたと言われました。夢だと思っていたのですが、今日の出来事で……あれは本当のことだったんだと、気付きました」
「夢の中でアリスさんにその話をされた方はどんな方だったのか覚えていますか?」
どんな……とアリスは眉根を寄せて考え込んだ。パッと言葉が出てこないということは、少なくとも馬ではなさそうね。
「輪郭がぼんやりとしていて……でもなんとなく、『ああこの人は女神様だ』と感じたことは覚えています」
「女神様ですか……。聖剣の果たすべき役割などについての説明はありましたか?」
「聖剣は光をもって闇を払う存在だと。そして聖女を探し出し、守る盾となりなさいと言われました」
「なるほど……」
Alice taleのゲーム後半――この世界で言うとあと一年くらい後――アリスは攻略対象者に誘われて神殿に足を運ぶことになる。そこでアリスは不思議な声を耳にする。その声に導かれ、祀られている世界樹の枝に辿り着くと、体が光に包まれ――みたいな感じで聖女だと発覚する。
でもこの世界ではAlice taleには出てこなかった『闇』が現れ、人を襲った。
きっと一年後では色々と手遅れなのだ。主人公のユディトがアリスより一年先に卒業しちゃうから展開を変えたっていうメタ的なお話は、まあ置いておきましょう。
闇が人を襲う。しかも殺意をもって剣を向けてくるのだから、放置してしまえばきっと命を落とす人が出てくる。きっとそれは生命を循環させる世界樹にとっては好ましくない展開だ。
だから世界樹は神馬を介して聖剣を探し出し、徴を与えた。そしてその聖剣に聖女を探せと言った。
うーん、世界樹自身は聖女を探し出すことができないのかも。
Alice taleだって攻略対象者に誘われて神殿に行くのだ。神殿内に入って、やっと聖女に声が届いたのだろう。
やっぱりこのゲームにおける『攻略対象者』は世界樹に代わり聖女を見つける役目を負っていると考えてよさそう。Alice taleとJudith tale、二つの状況の違いは『闇』という危険な存在の有無にある。
整理すると、
Judith taleの構造は「女神≒神馬→聖剣(攻略対象者)→聖女(ヒロイン)」。
Alice taleでは「女神→(攻略対象者)→聖女(ヒロイン)」。
でもきっと、Alice taleは「≒神馬→聖剣」の部分が省略されているのだ。省略されている理由は、『闇』と戦う必要がないから。
うわぁ今までで一番しっくりくる。
ってことは、気になるのは『闇』のこと。神殿には何か記録が残っているのかしら……ああシドニア先生に話したい!
「ええと……ユディト様?」
「はっ……ごめんなさい、ちょっと考え事に没頭してしまって。ええと、アリスさんは女神様から聖女を探せと天啓を受けたのでしたよね。どのようにして聖女を探し出すのかというのは話がありましたか?」
「いえ、ただ『分かるはずだ』とだけ」
丸投げか。
まあ感覚的にびびっとくるという意味なのかな。
ふーむ、と話を聞いていた私を、アリスはじっと見つめてくる。目がぱっちりしてて可愛いなあ。ユディトは美人系で切れ長なのよね。まんまるお目々に憧れはあるんだけど。
おっと思考が脱線したわ。
改めて見つめ返したアリスの大きな瞳は、不安げに揺れているように見えた。
「――ユディト様は、このような話を信じて下さるんですか? 私も世界樹の聖女の伝承は知っていますが、聖剣なんて言葉は聞いたことがありませんでした。だから、おかしな夢を見たのだと、ずっとそう思っていたんです……」
確かに。
ゲームの知識がある私だって、聖剣とは何ぞ? ってなったんだからね。
いきなり女神っぽい何かに「君に徴あげたから今日から聖剣ね。聖女探してね」なんて言われたら普通は誰でも困る。
それに、「私、女神さまに聖剣だって言われたんですけど、どうしたらいいですか」とか誰かに相談出来ないし、聖女を見つけても「私、聖剣なんですけど、あなた聖女だと思います」とか言えるわけがない。
夢だと思っていたとはいえ、今までずっと不安だっただろう。
「私は世界樹の伝承に興味があって、過去の記録の中で聖剣の徴という言葉が出てきているのを知っていますから。でも、アリスさんは一人で不安だったでしょう? きっとエルダに話すのも勇気が必要でしたよね」
「ランク様はお話が上手なので……気が付いたらお話ししていました」
あー、エルダってば話術と文章を書くスキルに能力値を全振りしているタイプだからね……味方だと心強いけど敵に回したらヤバい人物ナンバーワンよ。
そのヤバい人物ナンバーワンは、アリスには見えない位置で自慢げに胸を張って反り返っていた。公爵令嬢の行動じゃないわね。
「それで、アリスさん。どなたが聖女様なのかはもう分かっているのでしょう?」
そう言いながらアリスの肩を叩いたエルダは一瞬で優雅な公爵令嬢の顔に戻っていた。だけど目が面白いものを見つけてキラキラしているのを隠しきれていない。
「はい……っ、えっと、あの……」
アリスは躊躇い、目をきょどきょどと彷徨わせ、頬を赤くした。
かーわーいーい。
奇跡のような可愛さね。でもその続きの言葉は聞きたくないわ。
「ユディト様、だと、おもいます……」
顔を少しうつむけたアリスは上目で私を見ながら、掻き消えそうな声で言った。
はいはいはいはい、知ってた! 聞きたくなかった!! っていう気持ちと、
何その上目遣いは私をときめきで殺す気なの!? けしからん。この光景を動画で保存させて!! っていう、かなりアレな感情が入り乱れて一瞬思考停止してしまう。
だめよ、アリスが勇気を出して話してくれたんだからちゃんと向き合わなきゃ。
「――上目遣いがかわいい」
やべえ、脳内がバグって心の声が出た。




